4月2日、鴻海によるシャープの買収契約が締結された。総額3888億円という鴻海の出資金額が注目を集めたが、総投資額の大きさだけをみても意味がない。ここでは、「誰の財布の話なのか」、誰を向いて交渉をするべきかという「客を間違えるな」というビジネスの基本に関する点が重要となってくる。
総投資額の大きさだけをみても意味がない理由は、たとえば新親会社にとって100%買収した会社に何千億円追加で投資しようとも、それは自社の財布のなかでお金が移動したにすぎず、痛くも痒くもないからだ。たとえば、一般論として次のような場合を想定してみよう。
・ケースA:H社がS社を1000億円で100%買収した後、3000億円追加投資した場合
・ケースB:H社がS社を3000億円で100%買収した後、1000億円追加投資した場合
両ケースとも、総投資額は4000億円だが、まったく意味が違う。ここでの「追加投資分」は、実はH社の財布のなかで移動したにすぎない。
ケースAの場合、H社がS社の株式の100%を持っているなら、S社にある追加投資分の3000億円の設備とお金は、100%H社のものという意味だ。ケースAの場合、S社に残っているのは1000億円だけだ。
一方で、「100%買収に使った投資額」は、S社にはいかずS社の旧株主にいくことになる。それは即ち会社の値段であり、ケースAでは1000億円、ケースBでは3000億円とみていることになる。S社の旧株主は、それぞれこの額を受け取ることになる。つまり、旧株主はケースAの場合、ケースBの3分の1の値段で自分の持っている株をH社に売ってしまうことになる。
S社社員は新株主H社と利害が一致
ここで、それぞれの関係者にとっての損得をみてみよう。
H社にとっては、ケースAのほうがいい。追加投資額は自分の財布のなかだから関係ないとすれば、買収に要する投資額が少ないほうがいい。S社の旧株主にとっては、ケースBのほうがいい。自分の持っている株がケースAの3倍で売れるからだ。
S社社員にとっては、実はケースAのほうがいい。より多くの追加投資を受けられて、会社が成長したり安定したりするのは、残ってがんばろうとしている社員にとっては、ありがたい。
ここで、興味深いのは、S社社員は新株主H社と利害が一致しており、S社旧株主と利害が反しているということだ。