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小林敬幸「ビジネスのホント」

鴻海によるシャープ買収、交渉で「間違った」のは誰か?

文=小林敬幸/『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』著者
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 こうしてみると、H社の買収提案の総投資額の大きさだけをみて他の提案と比較するのは、間違いだと気づく。それは、S社にとっても、S社旧株主にとってもだ。総投資額の内訳に、別の財布のものが含まれているからだ。ちなみに、出資比率が100%ではなく66%ならば、3000億円の追加投資分の66%が、H社の財布のなかの分ということになる。

誰の財布の話なのか?

 ここで、投資案件を担当したことがなくても営業の実務にかかわったビジネスパーソンなら重々承知しているビジネスの基本、「誰の財布の話なのか、はっきり意識する」ことの大切さを再認識することになる。

 しかし、長く投資案件を担当している人でも、実務で勘違いして動いてしまうことが多い。得てして買収交渉をしているときに、買収側(H社)が対象会社(S社)とばかり打ち合わせをして、株主(S社旧株主)との交渉が薄くなっていることがある。繰り返すが、株の売買という意味では、交渉相手は対象会社ではなく株主である。

 一方で、新株主候補に対抗して、旧株主が別の買収提案を行う場合、どうしても会社の状態を悪化させた対象会社につらくあたり、旧株主の利害を重くみようとする。しかし、被買収の意思決定に重要な影響を与えるのは、対象会社であることは間違いないのだから、恩を仇で返された悔しさを押し殺し、ニコニコと近づかなければならない。買収側にとっては、対象会社経営陣も「お客様」なのである。「誰が客か」を忘れ、「筋論」を押し立て居丈高に迫るのは「武家の商法」で、失敗につながる。

ちゃぶ台返しを起こさないために

 現実には100%買収ではなく、第三者割当増資などによって旧株主が一部出資比率を落としても、残ることがよくある。その場合、これほど単純ではないので混乱が生じやすい。旧株主は自分の出資比率が下がり希釈化するという意味では、新株主の登場はそもそもうれしくはない。上記例でいうと、自分の株を安く売っているのと同じことになりやすいからだ。
 
 しかし、新株主からの投資資金によって、対象会社が成長して企業価値があがり、自分の所有株の価値があがるのならありがたい。この点では、上記例におけるS社社員と利害を同じくする面がある。

 このように、第三者割当増資のときなどは、旧株主は対象会社に残る者と、従来株主との二面性をもっている。どちらの面がどの程度重いかは、希釈化の程度、H社の買収価格などによって数値化できる。

小林敬幸/『ふしぎな総合商社』著者

小林敬幸/『ふしぎな総合商社』著者

1962年生まれ。1986年東京大学法学部卒業後、2016年までの30年間、三井物産株式会社に勤務。「お台場の観覧車」、ライフネット生命保険の起業、リクルート社との資本業務提携などを担当。著書に『ビジネスをつくる仕事』(講談社現代新書)、『自分の頭で判断する技術』(角川書店)など。現在、日系大手メーカーに勤務しIoT領域における新規事業を担当。

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