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倒産寸前の「日本一小さな航空会社」を救うため、新社長が就任直後にまず手をつけたこと

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※画像:『天草エアラインの奇跡。赤字企業を5年連続の黒字にさせた変革力!』(鳥海高太朗著、集英社刊)

 東京商工リサーチが行った調査によると、2015年の全国企業倒産件数は、25年ぶりに9000件を下回った。だが、倒産した企業の内訳を見てみると、負債1億円未満の構成比が71.7%を占め、小規模倒産が大半であるという、従来の傾向に変わりはない。

 所有する航空機の数は1機、社員数は57名という「日本一小さな航空会社」、天草エアラインも、かつては倒産の危機にあった。2008年度には累積赤字が5億円弱にまで膨らんでいたのだ。

 そんななか社長となった奥島透氏は、就任して間もなく成果を次々とあげ、2009年度から5期連続で単年度黒字を達成した。

 奥島氏はどのようにして、沈滞していた社内の空気を変え、業績を伸ばしていったのだろうか。

■着任直後の指示は「社長室の壁を取っ払え!

 まずは奥島氏のプロフィールを紹介しよう。1974年、整備士として日本航空に入社。その後、JALウェイズでは業務部長、企画部長、営業部長として実績をあげ、さらにはJAL熊本支店長も務めたという。天草エアラインの社長に就任したのは2009年のことだった。

 『天草エアラインの奇跡。赤字企業を5年連続の黒字にさせた変革力!』(鳥海高太朗著、集英社刊)のなかで、まず目を引くのは、彼が社長に就任して一週間後、社員に下したある指示だ。それは「社長室の壁を取っ払って下さい!」というもの。

 同社は第三セクターということもあり、2000年に天草エアラインが運航してからしばらくは、社長は県から送り込まれた人物であった。非常勤であったり、常勤でも一日のほとんどを「社長室にこもりっぱなし」で過ごすことが多かったという。結果、社員にしてみれば「社長は何をしているのか分からな」くなり、社長と社員との距離は広がる一方だった。

 そんな状況こそが業績低迷の一因だと感じ取った奥島氏は真っ先に社長室に手をつけたのだ。

 何年間もそこにあった社長室の壁は思いのほか頑丈で、本来であれば専門業者を呼ぶほどの作業だった。ところが、奥島氏の呼びかけに男性社員3人が応じ、翌朝から半日をかけて壁を取り壊したという。

 社長のそんな呼びかけに、社員が「今回の社長は、これまでとは少し違うかも」と期待を膨らませたのは言うまでもない。

 だがそれ以上に、「私の考えに賛同してくれる社員がいる」と奥島氏が初めて手ごたえを感じた瞬間という意味では、この「社長室の取り壊し」が再建のスタートだった。

■社長自ら機内清掃

 もう一つ、奥島氏が社長就任直後、社員に「これまでの社長とは違うぞ」と強く印象づけることに成功したエピソードがある。

 ある日、福岡から戻って天草空港に駐機していたときのこと。おもむろに機内に乗り込んできた奥島氏は自ら機内清掃を手伝い始めた。それだけではない。到着した飛行機の預け手荷物の積み降ろし、保安検査場の検査(同社では保安検査も業者に委託せず、自社で行っている)までも手伝ったというのだ。

 奥島氏はこのときのことを「少ない人数で、かつ限られた折り返しの短時間の中で手が空いている人が手伝うのは当たり前だった」と、事もなげに振り返っている。しかしこれは、彼がJALで長年にわたって現場業務を経験していたからこそなせる業だったと言えるのではないか。

 かつて「会社は頭から腐る」と言い放った経営コンサルタントがいたが、会社が息を吹き返せるかどうかもトップ次第なのだと痛感させられる一冊だ。
(新刊JP編集部)

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※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。