出張でアメリカのアトランタを訪れました。皆さんはアトランタと聞いて何を連想するでしょうか。おそらく、多くの人はオリンピックを思い浮かべるのではないでしょうか。
企業に注目すると、CNNやデルタ航空に加え、世界でもっとも有名な企業ともいえるコカ・コーラが本社を構えています。
アトランタの街の中心部には、「ワールド・オブ・コカ・コーラ」というコカ・コーラの博物館があります。失礼な言い方をすれば、「単なるソーダ水が、なぜ世界中で飲まれる飲料にまで成長したのか」と、昔から気になっていたので、迷わず訪問することにしました。
さて、ここで質問です。
「博物館の入場料はいくらでしょうか」
答えは16ドル(約1600円)なのですが、金額以前に入場料をとること自体に驚かれた人も多いのではないでしょうか。日本にも、大手企業を中心に自社の歴史を紹介する施設や工場見学などがありますが、おおむね無料です。つまり、日本では企業も消費者も宣伝を兼ねているのだから当然だという認識ではないでしょうか。
ワールド・オブ・コカ・コーラの正面玄関には、創業者であり薬剤師でもあったジョン・ペンバートンの銅像が建っています。その横には「ジョン・ペンバートンは1886年にコカ・コーラを“発明”した」と記されたプレートが置かれていました。細かいことかもしれませんが、通常の商品なら“発売”と記されるところ、“発明”という言葉を使うことによりコカ・コーラの価値を高めようという心意気を感じました。
博物館に入ると、まず世界中のコカ・コーラの看板やポスターで埋め尽くされたホールに案内されました。まさに世界のコカ・コーラといった印象を受けます。その後、コカ・コーラにかかわる貴重な歴史的資料を見学するコースが続きます。こうした見学コースで一貫していたことは「なぜ、コカ・コーラはおいしいのか?」というテーマです。どのコーナーでも、このコピーが目立つ場所に貼ってあります。こういう命題を掲げられると、自然にその前提となる「コカ・コーラはおいしい」ということを無自覚に受け入れてしまうでしょうから、確かにうまい方法だと思います。
先日、日本のビール工場を訪問した際も、「おいしさの秘密」が何度も連呼されていましたので、洋の東西を問わず効果的であるということでしょう。
正直、筆者には「なぜ、コカ・コーラはおいしいのか?」の解答を見つけることはできませんでしたが、所々に感心する場面がありました。
飲み物からブランドへ
たとえば、コカ・コーラという商品名は経理を担当していたフランク・ロビンソンが命名したそうですが、そうした名前が決定される経緯を説明したポスターのタイトルが「飲み物からブランドへ」となっていました。日本なら単に「名称の由来」で終わってしまいそうですが、こうしたコピーの付け方に、さすがコカ・コーラと大変感心しました。
コカ・コーラ最大の失敗といえば、1985年に実施した味の変更でしょう。当時、ライバルであるペプシコは、消費者にコカ・コーラとペプシコーラを試飲させ、ペプシのほうがおいしいと感じる消費者が多いと、マスメディアなどを活用して大々的にPRしました。
その結果、ペプシは大きくシェアを伸ばしたのです。こうした状況に危機感を抱いたコカ・コーラの幹部は、400万ドルの費用を投じて20万人を対象に試飲テストを行い、コーラの味を変更しました。しかし、コカ・コーラの味の変更に全米中の消費者から抗議が殺到します。
そして、味の変更から79日後に、変更前の味に戻した「コカ・コーラ・クラシック」を発売し、市場から大歓迎を受けます。一方、新しい味のコカ・コーラは翌年には市場から消えました。
そもそも、なぜ大規模な試飲テストを行ったにもかかわらず、失敗に終わってしまったのかについては、いろいろな要因が挙げられています。たとえば、試飲テストは一口飲むだけだったので、実際に1缶飲み干す場合とでは状況が異なります。一口飲む程度なら、多くの消費者はより甘いほうを好むようです。ペプシコの試飲テストでも、ペプシのほうが甘さが強かったため、評価が高かったといわれています。
さらに、コカ・コーラはアメリカの文化・伝統と捉えていた消費者が多く、そうした伝統をなんの前触れもなく変更し、商品を市場から消し去ってしまったことへの抵抗という側面も指摘されています。
一歩間違えば、見学者に対してマイナスのイメージを与えてしまいそうなこのエピソードを、「79DAYS」という大きな見出しをつけ詳細に説明しています。展示物の中には、元の味のコカ・コーラ復活を強く嘆願する消費者からの手紙なども展示され、コカ・コーラがどれほど愛されている商品であるかということがアピールされています。こうした取り組みも、よくできているなと感心させられました。
施設見学は有料がスタンダード?
こうした展示ブースを抜け、次に4Dの映画を見ました。上映時間は短いものの、ハリウッド映画並みのクオリティといった出来栄えでした。
見学の最後には、世界中のコカ・コーラおよびファンタなど、同社の関連商品が飲み放題というコーナーが待っていました。南アフリカやチリのコカ・コーラ関連商品など、なかなか現地に行く機会はないため、必死に飲みました。こうした体験を経て、コカ・コーラがいかに世界で活躍しているかを実感させられました。
コカ・コーラ博物館に限らず、オランダのハイネケンやアイルランドのギネスといったビールメーカー、また世界最大の航空機メーカーであるボーイングなど、筆者が訪問した海外の主だった企業の見学施設や工場見学はほとんどが有料でした。しかも、価格もだいたい1500~2500円ほどで、こうした相場が出来上がっているようにも思えます。
もちろん、日本企業が無料で工場見学などを行っていることは素晴らしいと思います。無料ならば、どのような内容であっても、たいがいの消費者は文句を言わないでしょう。しかし、強いブランド構築を目指した取り組みであるならば、見学者から2000円の料金を徴収しても、なお素晴らしいと思わせる見学施設、工場見学ということに真剣に取り組んでみるのはいかがでしょうか。
(文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授)