三菱自動車工業は、取締役の報酬総額の上限を従来の3倍の年30億円に引き上げた。12月14日開催の臨時株主総会で正式決定した。
総額年9億6000万円としていた取締役報酬額に、業績に連動させる仕組みを導入するなどして年20億円に倍増。これとは別に年10億円の株価連動報酬を新設する。三菱自動車は「社外や海外も含めた優秀な人材のなかから取締役を任命できるようにするため」と説明しているが、三菱自動車の会長には筆頭株主となった日産自動車のカルロス・ゴーン社長兼CEO(最高経営責任者)が就く。高額役員報酬のチャンピオンとして知られるゴーン氏を迎えるため、役員報酬額を3倍に引き上げたと見られている。
三菱自動車が2016年3月期に社外取締役を含めて14人の取締役に支払った報酬は総額4億7000万円で1億円を超えた取締役はゼロだった。
ユーザーの信頼を大きく傷つけた燃費不正問題に対する株主の批判は強い。17年3月期連結決算は、燃費不正に伴う販売不振の影響で2396億円の最終赤字に転落する見通しだ。報酬を増額できる環境にはない状況での役員報酬総額引き上げ提案には強い異論が出た。
千葉市の幕張メッセで開かれた臨時株主総会は椅子を3000席用意したが、出席者数は、わずか317人。閑散とした雰囲気のなかで議事が進んだ。
取締役会の報酬総額の上限を従来の3倍に引き上げる議案に対し、株主から質問や批判が相次いだ。「まだ業績が黒字になるかどうか道筋が立っていない。(報酬の大幅改定を)考え直してはどうか」との声が上がり、f真っ先に役員報酬制度を改定することに、「再建に真剣に取り組む姿勢ではない、と疑わせることになる」といった辛辣な意見も出た。
議長を務めたのは「本来、辞任すべき人」と社内外から指摘され、針のムシロに座っている益子修社長だ。益子氏は「競争を勝ち抜くには改革と業績改善に責任を持つ仕組みにするのが望ましい。持続的な成長のために(役員報酬の改定は)欠かせないステップだ」と述べ、株主の理解を求めた。
11人の取締役のうち5人が日産出身者
三菱自動車は12月14日の臨時株主総会で承認された新体制が発足した。取締役は11人になった。筆頭株主の日産から5人選任された。ゴーン氏が会長に就くほか、開発技術担当副社長を務めた山下光彦氏はすでに副社長に就任済み。新たに川口均専務執行役員と軽部博常務執行役員に加え、伊佐山建志氏が社外取締役になる。伊佐山氏は特許庁長官を経て日産の副会長を務めた。米投資ファンド、カーライル・グループの日本法人会長や仏ルノーの社外取締役を務めた経験を持つ。
三菱グループからも5人。いずれも、三菱重工業、三菱商事、三菱東京UFJ銀行の“三菱御三家”の人物だ。社長の益子氏と、海外事業、グローバルアフターセールス担当で副社長の白地浩三氏が三菱商事出身。白地氏は次期社長含みで三菱商事から送り込まれてきたが、日産の傘下に入ったことで次期社長の可能性は薄れたとみられている。
財務・経理担当で副社長の池谷光司氏は三菱東京UFJ銀行出身。社外取締役を務めている三菱重工の宮永俊一社長と三菱商事の小林健会長は続投する。
唯一、日産にも三菱グループにも属さないのが、社外取締役の坂本春生氏だ。通商産業省(現経済産業省)キャリアの女性官僚で、現在はファシリティマネジメント協会会長を務めている。ファシリティマネジメントに対する適当な日本語訳はないが、平たくいえば、含み資産より実益を重視する経営への転換を促すもの。土地神話から脱却するための総合的な管理手法だ。
生え抜き組で、国内営業担当の服部俊彦氏と生産担当の安藤剛史氏は退任。三菱自動車生え抜きの取締役は1人もいなくなる。日産と三菱グループで三菱自動車を再建するという構図がはっきり見えてきた。
こうしたなかで、再建の中枢を担うのは日産が11月1日付で三菱自動車の最高執行責任者(COO)に送り込んだトレバー・マン氏だ。同氏は日産のチーフ・パフォーマンス・オフィサー(CPO)として世界6地域を統括してきた。三菱自動車の来年の定時株主総会で取締役に昇格し、益子氏の後任社長に就くとの見方も強い。
高額報酬にルノーの総会で批判
ゴーン氏は、日本企業の経営者として突出した高額役員報酬を得ている。日産からの役員報酬は14年3月期が9億9500万円。15年同期は10億3500万円。16年同期は10億7100万円で前期から3600万円(3.5%)増えた。
日産の社外取締役を除く9人の取締役の役員報酬の総額は16億4300万円。ゴーン氏が総額の65%を一人占めしたことになる。
ゴーン氏の高額報酬には、日本だけではなく日産の親会社、ルノーのお膝元であるフランスでも批判が強い。ゴーン氏のルノーでの15年報酬は725万ユーロ(約8億4000万円)。同社が16年4月29日に開いた株主総会で、ゴーン会長兼CEOの15年の報酬が「高額すぎる」として株主の54%が反対した。
だが、この株主総会決議に拘束力はないため、総会後の取締役会では「ゴーン氏の報酬額を減額しない」ことを決めた。それでも「次から見直す」とした。
現地のメディアは、マクロン経済産業相が議会で、ルノーがゴーン氏への報酬を減額しない場合、報酬を制限するための法制化も辞さないと述べたと報じた。
ゴーン氏は13年6月から16年同月までロシア最大の自動車メーカー、アフトワズの会長だった。日産・ルノー連合はウラジーミル・プーチン露大統領の要請に応じ、7億5000万ドルを投じてアフトワズの経営権を取得。アフトワズでの報酬は明らかになっていないが、三菱自動車から高額報酬を得ることで、アフトワズ分を補おうとしているという、うがった見方も一部にはある。
フランス政府と対立するカルロス・ゴーン
ゴーン氏の最大の経営課題は、フランス政府対策である。ゴーン氏によるルノーの経営に不満を持つフランス政府は15年4月の株主総会直前に、それまで15%保有していたルノー株を19.7%まで買い増した。そして、株主総会でフロランジュ法の適用を承認させた。
フロランジュ法とは、政府の国内産業への関与強化を意図した法律で、2年以上保有する株主に2倍の議決権を与えるというものだ。フランス政府のルノー議決権は次の株主総会では28%にまで高まる。
フランス政府の意図は明らかだ。ロイター通信は15年11月4日、「フランスのマクロン経済産業相が、政府の影響力を強く残すかたちでルノーと日産の合併を画策しており、これをカルロス・ゴーン氏が拒否している」と伝えた。
経営危機に陥った日産は1999年、ルノーの支援を受けたが、現在では日産がルノーを支えるまでに力関係が逆転している。日産からの配当金がなければルノーの経営は回わらないとさえいわれている。激しい攻防の末、15年12月、フランス政府は日産の経営に介入しないことでルノーと合意した。
ゴーン氏はフランス政府の日産への経営介入を拒否したものの、ルノーと日産の合併には含みを残している。ゴーン氏がいち早く三菱自動車を日産の傘下に収める決断をした理由は何か。フランス政府の影響下にあるルノーが、もし日産と合併するとなった場合、日産グループの力でフランス政府を圧倒して、主導権を確保することを意図した可能性がある。
(文=編集部)