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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

リストラに怯える日本の半導体技術者を、海外企業は年収数億円出しても欲しがっている

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
リストラに怯える日本の半導体技術者を、海外企業は年収数億円出しても欲しがっているの画像1東芝・巨額損失問題 米原発子会社の破産申請(AP/アフロ)

人気がない電機や半導体産業

 日本では電機や半導体産業は人気がなく、そこに就職を希望する学生が少ない。その理由は明らかだ。

 2012年頃、薄型テレビが壊滅的となり、ソニー、パナソニック、シャープが合計約1.8兆円の赤字を計上し、社長が交代。各社とも1万人規模のリストラ(という名の人減らし)を行った。

 半導体はもっとひどい。日立製作所、三菱電機、NECは半導体部門を切り出してエルピーダメモリを設立し、非メモリのシステムLSIを切り出してルネサス エレクトロニクスを設立した。しかし、エルピーダは2012年に倒産し、米マイクロン・テクノロジーに買収されてしまった。

 ルネサスも同年倒産しかかったため、産業革新機構等に買収され、オムロンからやってきた作田久男会長が鬼のようなリストラを断行し、工場を半分以下にした上に、最大4.8万人いた社員を半分以下の2.1万人に減らしてしまった。

 NANDフラッシュメモリを発明し、世界シェア2位と健闘していた東芝が最後の期待の星だったが、2年前に会社ぐるみで粉飾会計を行っていたことが明るみとなり、歴代3社長が更迭された。少し落ち着いたかと思えば、昨年末に米原子力事業で大赤字を計上することになり、その債務超過を回避するために、営業利益の70%以上を稼いでいたNAND事業を分社化して売却されようとしている。

 売られるNANDの半導体技術者も気の毒だが、残るほうの東芝の技術者はもっと気の毒だ。というのは、NANDを売却した東芝にはもはや稼げる事業は何もなく、原子力のように赤字体質の事業がゴマンとあるからだ。東芝の若手社員の多くが転職活動をしていると漏れ聞こえてくるが、当然のことだと思う。沈む泥船から、ネズミは一斉に逃げ出そうとしている。1年後に東芝は、もぬけの殻になっているかもしれない。

 こんな体たらくの電機や半導体産業に就職しようなどという奇特な学生は、今時いないのである。自分がもし今学生だったとしても、やはり近寄らないだろう。

 しかし、何の因果か道を間違えてしまって、すでに半導体や電機メーカーに就職してしまい、現在にっちもさっちも行かなくなって困っている技術者も多いであろう。本稿では、そうした技術者たちが海外に眼を向ければ打開策があるかもしれないことを示したい。

電機や半導体事業の給料とは

 日本の大学生が電機や半導体産業に行きたくない理由がもう一つある。それは、この業種は概して給料が高くないということである。古い話で恐縮だが、私が修士課程を卒業して日立に入社した1987年は、バブル経済の始まりの頃だった。私の記憶では、最初にもらったボーナスが30万円くらいだった。全額を銀行に預金しに行ったら、窓口の女性から、「今度の冬のボーナスは、半分じゃなくて全部持ってきてくださいね」と言われてショックを受けたことを覚えている。

 その後、バブルが到来するのだが、給料はほとんど上がらず、バブルを享受できたという実感はまるでない。当時の電機メーカーは入社5年目くらいまでは給料がほとんど上がらないシステムだったからだ。もし今も電機メーカーが入社して5年くらいは給料があまり上がらないシステムが継続されているとしたら、2年連続不祥事を起こし、経営幹部を信用できなくなった東芝の若手社員は、「こんな会社に入ったのは間違いだった」と見切りをつけて、可及的速やかに転職していくのではないか。

外資系企業では

「電機や半導体産業の給料は低い」というのは、実は日本だけのことだと思い知る出来事があった。

 私は、2002年に日立を退職し、同志社大学の経営学の教員となるとともに、長岡技術科学大学工学部の客員教授にもなった。同志社大学では、半導体産業の経営学研究を行ったが、長岡技大では修士や博士の学生の指導を行った。

 あるとき、長岡技大に外資系半導体製造装置メーカーのリクルーターがやってきた。学生に会社案内のプレゼンをしたいというので、学部4年生、修士課程、博士課程などの学生を数十人集めた。その外資系企業のリクルーターは、「博士課程のエース級の人材をマーケッターとして採用したい」と切り出した。普通、理工学部の修士や博士課程卒は研究職や技術職を希望するので、「マーケッター」ということに学生たちも私も驚いた。

 そしてその待遇は、「博士課程卒の27~28歳の場合、入社初年度の年俸は900万円。仕事はシリコンバレーでのマーケティング。幹部候補生として育成する予定で、順調にいけば32歳頃には年俸は2倍になっている」と説明された。このプレゼンを受けた学生は、「マーケッター」という今まで考えたこともない職種にも驚いたが、その待遇にも驚いていた。恐らく日本の企業の年俸の2倍以上だったからだ。

 質疑応答の際、このプレゼンを企画した客員教授の私自ら「僕が行きたい」と志願したが、「湯之上先生は歳を食いすぎているからダメだ」と却下された。まったく残念だ。また結果的には、私の教え子で、この企業に応募したものはいなかった。

半導体分野で世界一高年俸の台湾TSMC

 しかし、もっと驚いたのは、台湾TSMCの年俸である。TSMCは、半導体の設計は行わず、製造だけに特化したファンドリーといわれる形態の半導体メーカーである。TSMCは、現在世界のファンドリーのシェアの約60%を占め、圧倒的な存在感を示している。また、売上高は右肩上がりに成長しており、営業利益率は毎年35~40%を叩き出している。ちなみに日本の電機や半導体メーカーの営業利益は数%、良くてもせいぜい10%程度である。

 このTSMCの部長クラスに、日本の半導体メーカーの課長だった友人がスカウトされた。同志社大学の教員だった頃(つまり今から10年ほど前に)、この友人を訪ねてTSMCに何度か聞き取り調査に行った。

 そのとき、単刀直入に「年俸はどのくらいになったのか?」と聞いてみた。それが、一番関心があることだったからだ。日本の半導体メーカーの課長なら、せいぜい年俸1000万円といったところだろう。その知人は、「約3倍になった」と答えた。私は、「おおー! すごい、3000万円か!」と驚いたのだが、当の本人は「いや、こんなものはどうってことはない」という。

 意味がわからず「なぜ?」と問うと、この友人は以下の説明を行った。

「TSMCでは、年末に営業利益の8%をキャッシュで社員に還元する。TSMCには10段階の職制があり、当然上位の職制者がたくさんもらう」

 この友人は上から数えると、社長、副社長、事業部長、部長と4番目の職制である。その4番目の職制の部長として、「いくら年末のボーナスをもらったのか?」と聞くと、なんと「年俸の5倍だ」という。年俸を3000万円とすると、その5倍は1.5億円になる。つまり、この友人は、年俸+年末ボーナス合計で1.8億円をもらっていることになる。TSMCは、間違いなく半導体メーカーのなかでは世界一給料の高い企業である。

台湾が警戒する中国半導体企業

 台湾の半導体メーカーのなかで、TSMCは飛び抜けて高年俸の企業であるが、台湾の他の半導体や電機メーカーも総じて年俸は高い。その台湾が現在警戒しているのは、中国企業が台湾の半導体技術者をヘッドハンティングしようとしていることである。

 中国は現在、半導体工場の建設ラッシュである。たとえば、最大手の紫光集団は以下の3つの巨大半導体工場を建設中、または計画している。

(1)武漢のXMCに240億ドルを投じて、月産30万枚の3次元NAND工場を建設。この工場は、2030年までに月産100万枚に拡張すると発表している。

(2)南京に300億ドルを投じて、月産30万枚のDRAMまたは3次元NAND工場を建設する。

(3)成都に280億ドルを投じて、月産50万枚のファンドリーを建設する

 これらを合計すると、紫光集団だけで2020年までに820億ドルを投じて、月産110万枚の半導体工場を建設するということになる。これら3つの巨大工場には、数万人規模の半導体技術者が必要である。そこで、中国は台湾をはじめ世界中から半導体技術者を募集しようとしている。

 たとえば、淮安德科碼半導體有限公司という半導体メーカーの募集要項には、さまざまな職種の条件や待遇が書かれているが、その一例を以下に示す。

・TF/CVD PE Section(恐らくCVDという成膜技術のプロセスエンジニア)
 条件:擔任CVD工藝工作10年以上(CVDに関する技術の経験10年以上)
 待遇:月薪 90,000元 至 112,500元(144万円~180万円)

 経験年数10年というと、学卒なら32歳、修士卒なら34歳に相当する。その月給が144万円~180万円ということであるが、これにはボーナスが含まれていない。恐らくボーナスは6カ月くらい出ると思われるので、それを加算すると年俸にして2,592~3,240万円となる。

 これを日本の半導体メーカーの技術者と比較してみよう。32~34歳というと、せいぜい主任で、課長の一歩手前である。その年俸は500~600万円くらいではないだろうか。つまり、この中国の半導体メーカーは、日本企業の5~6倍もの高給で技術者を募集しているのである。

 しかも、この淮安德科碼半導體有限公司は、ほとんど無名の半導体メーカーである。中国の最大手のSMICやXMCは、いったいどのくらいの年俸で技術者を採用しているのだろうか。

紫光集団傘下のXMCの凄まじいヘッドハンティング

 XMCのヘッドハンティングについて、すさまじい話を聞いた。ある日本の半導体関係者がXMCの幹部に会ったとき、いきなり「うちに来ませんか」と誘われたという。その場で条件提示を受け、契約書にサインしてくれたら、支度金の小切手をこの場で切ると言ったそうだ。その額とは「●●億円」(怖くて具体的金額は書けない)。そして、「年俸は●●億円で●●年契約」でいかがですかと言われたらしい(この金額も怖くて書けない)。

 XMCに接触したジャーナリストによく聞く話なのだが、「昨年いきなり3次元NANDフラッシュメモリをつくると発表したけれど、その技術はあるのか?」と質問を投げかけると、XMC関係者は「俺たちにはカネがある」と答えるのだそうだ。技術などはカネで買えばいいということなのだろう。

 XMCは、東芝メモリの買収に2.4兆円を用意した。日本政府が外為法を持ち出したために、XMCは東芝メモリの買収を断念した。しかし、XMCはこのカネを使ってヘッドハンティングをしているかもしれない。たとえば、契約金1億円で日台韓欧米の半導体技術者を集めるとしたら、2万4,000人集めることができる。契約金10億円としても2,400人集められる。とびっきり優秀な技術者が2,400人集まったら、恐らく簡単に最先端の3次元NANDはできてしまうだろう。

目を世界に向けよう

   日本の半導体や電機メーカーで、冷や飯を食わされ、つらい思いをしている諸君、その眼を日本国内ではなく、海外に向けよう。そこには、君たちを今の年俸の数倍~10倍で処遇してくれる企業がある。一度限りの自分の人生である。海外に飛び出して、思いっきり稼ぐのも、一つの生き方だと思う。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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