2000年代に入り、秋葉原のイメージを「電気の街」から「オタクの街」へと決定的に変えた、一つの文化が誕生した。
ーーメイドカフェだ。
制服のかわいらしさやメイドが接客するという特殊なサービスがうけ、一時は秋葉原のみならず、東京の新宿や大阪の日本橋などさまざまな地域に店が生まれ、隆盛を極めた。メイドたちはアイドル化し、CDをリリースしたり、テレビ番組にさえ出演したりするなど華やかな展開までも見せた。
しかしその後、ブームに便乗しただけの、サービスの質の悪い店が乱立していく。中には風営法上の問題を引き起こしたり、ボッタクリ店が現れたりするなどもし、業界に対するイメージの劣化を招いてしまった。このような背景から長続きする店舗は多くなく、そのほとんどが一部の地域を除いて姿を消していった。
そんな中、オタク文化の中心地である秋葉原で、人気、知名度ともに頂点を極め、ファンに愛され続けている店がある。
それが@ほぉ~むカフェである。メイドカフェに行ったことがないという人も、名前くらいは聞いたことがあるかもしれない。同店は秋葉原にオープンして今年で8年半となるまさに老舗で、メイドカフェの象徴ともいえる地位を築いている。その超人気店でトップメイドとして君臨していたのが、“ひとみん”ことメイドのhitomi氏だ。
昨年の11月、そのhitomi氏が、@ほぉ~むカフェを運営するインフィニア株式会社の社長に就任することが発表された。
人気メイドが社長に就任する?
老舗メイドカフェに、いったい何が?
事の真相を確かめるべく、新社長のhitomi氏に直撃インタビューを敢行した。
ーーまずは、hitomiさんが社長に就任された経緯を教えてください。
hitomi 私は今年でメイド歴丸8年になるんですが、@ほぉ~むカフェが開店して8年半なので、お店の歴史とほぼ同じ月日を歩んできたわけです。これまでずっと@ほぉ~むの親会社の社長にお世話になっていて、その方から仕事への取り組み方、考え方を教えてもらいながら私自身成長してきました。その間、通り魔事件や震災があったりしてバタついていた時期もあったのですが、最近秋葉原という街自体がちょっと落ち着いてきました。
それで今後お店をより良くしていくにはどうすればいいか、と話し合いが会社で持たれたとき、@ほぉ~むカフェの世界観とお客さまを楽しませるということを一番よく分かってお給仕し続けているのが私だと社長に判断していただいて、インフィニアの社長に任命されたのがきっかけです。
ーー一介のメイドから社長にというのは、かなり大胆な転身だと思うのですが、悩んだりはしなかったのですか?
hitomi 少し考えましたけど、結局は誰にも相談せず、引き受けちゃいました。親にすら相談してません(笑)。今回社長になろうと決めたのは、タイミングも良かったのかもしれません。前は私自身が「こうなりたい」「ああなりたい」っていう目標を持ってお給仕していたんですが、気づいたら「もっとお店をこうしていきたい」だとか、「こうすればもっと良くなるんじゃないか」とか、お店中心の考えに変わってきていたんです。
ーー社長になったことで、変化したことはありますか?
hitomi どうすればお店がより良くなるか、どうすればご主人さま、お嬢さま(※編注:ご主人さまが男性客、お嬢さまが女性客を意味するメイドカフェ業界独特の表現)にもっと楽しんでもらえるか、メイド業界をどう盛り上げていくか、この気持ちに対しての責任はかなり増しました。
ーートップメイドとして現場を一番理解していて、上からの信頼も絶大だからということでの抜擢かと思うのですが、メイドと社長では会社の利益や営業戦略などに対する姿勢や責任が全然違ってきます。そういったところは大丈夫なんですか?
hitomi 正直なところ、会社経営については分からないこともたくさんあります(苦笑)。でも、お給仕の合間であっても経営会議には全部参加して、議題に出たことは全てメモを取って、後で細かく確認して……と、勉強の毎日です。今はお店のシステム改善やグッズの企画制作、メニューの立案なんかに積極的に取り組んでいます。
ーー近年の秋葉原は、歩行者天国での過激な路上パフォーマンスが社会問題となり禁止になったり、凄惨な通り魔事件が起きたりと、悪い意味で注目を浴びる場所でした。その影響で、歩行者天国は一時期中断されました。その一方で駅周辺が洗練され、観光地化が進み、外国人も多く訪れるような場所となりましたが、実際に変化などを肌で感じることはありますか?
hitomi 『電車男』のブームをピークに、通り魔事件や震災などもあって、秋葉原に対する国内での注目度は下がっていたかなと感じます。ご帰宅(=来店)されるご主人さまの人数にも、影響は出ていました。でもご帰宅される人数は徐々に回復傾向にあります。それは、秋葉原独特の文化が広く認知されてきて、アニメなどのサブカルが見直されたこともあって、秋葉原の文化が一つのファッションみたいになってきたからじゃないかって思います。
また、メイド自体が、すごく一般化したんだと思います。というのも、前はメイド服を着てアキバを移動するだけでも人だかりができたんですが、今はそんなこともありません。メイドになりたいという子たちの考え方も、前とはずいぶん違うと思います。前はコスプレ好きだったり、アニメや漫画好きのオタク気質のある子だったり、ちょっと変わった子が多かったんですよ。もちろん今もその傾向はあるんですが、今はアイドルや、メイドの制服を着ることに憧れて応募してきてくれる子がすごく増えました。私たちそのものに憧れて応募してきてくれる子もいるんです。
ただ、応募してくる子に限らず、秋葉原に女の子の姿がとても多くなりましたね。これはAKB48なんかのアイドルブームの影響も大きいんじゃないでしょうか。秋葉原がアイドル好きな子たち、アイドルに憧れる子たちが訪れる街にもなったんだなって思うんです。ご帰宅されるご主人さまとお嬢さまの比率も、今じゃ6:4くらいで、お嬢さまが増えてきているんです。
ーーhitomiさんも、アニメとかオタク文化が好きなんですか?
hitomi メイドになりたての頃は、あんまり詳しくなかったですね。でも応募する際に好きなアニメとか履歴書に書いた方がいいのかなって思ったので、『サザエさん』って書いて提出したんです。今じゃネタです(笑)
テーマパークとしての、@ほぉ~むカフェ
ーー一時期のブームに乗じて、たくさんのメイド関連の店が生まれましたが、その多くが姿を消していきました。@ほぉ~むカフェが生き残ることができた要因は、なんだと思いますか?
hitomi 確かにメイドカフェは一時期よりも減りましたが、秋葉原には今でも「メイド」という言葉がつくお店が100店舗くらいあるみたいで、そのうちメイドカフェは60店舗もあるそうです。そんな中で、@ほぉ~むがやってこられたのは、ブランド力が大きいんじゃないかと思います。
私たちは@ほぉ~むカフェを、メイドカフェである以上に、一つのテーマパークと考えているんですよ。ディズニーランドが夢と魔法の国なように、@ほぉ~むも特別な空間なんです。例えば、あるご主人さまが初めてのご帰宅をされたとします。初ご帰宅なら、私たちはもちろん初対面です。でも私たちはご主人さまに仕えるメイドである以上、ご主人さまのことはなんでも知っているような仲でなくてはいけませんよね? だから私たちはそのようにお迎えするんです。ご帰宅された以上、ここはテーマパークなので「仕事が大変だぁー」とか、三次元的なこと(※編注:現実に戻るようなこと)も言いません。こういった設定を提供するのがとても大切で、普段ではできないこと、体験しないことを@ほぉ~むカフェで楽しんでもらいたいんです。
お茶を飲むだけだったり、普通に女の子とおしゃべりがしたいだけなら、@ほぉ~むである必要はありません。私たちは、お金と時間を費やしてご帰宅していただけるご主人さまに対して、最高の時間をプレゼントするためのお給仕をしているんです。
ーー「愛込め」(※編注:注文メニューを給仕する際、メニューに対して愛情の魔法をかけるという独特のパフォーマンス)も、最高の時間をプレゼントする一つの方法なのですか?
hitomi はい! 最初は一緒に「萌え萌え~♪」なんてやるのは恥ずかしいと思われるご主人さまもいらっしゃるんですが、一緒にやってもらいます。チェキ撮影(※編注:お気に入りのメイドとツーショットで写真撮影すること)の際は、ご主人さまに猫耳を着けてもらったりもします。これは着けたらかわいいからっていうのもあるけど、それ以上に、ご主人さまのためを思って勧めてるんです。そうした方が絶対に思い出に残りますし、結果的に楽しんでもらえます。
「愛込め」って、最初はお店になかったんですよ。実はこれ、私が考えたものなんです。大阪に修学旅行に行った際、飲食店のおばちゃんが料理を出してくれる際に「愛情込もってるからね!」って言ってくれたのがとても印象に残ってて、その後メイドを始めて、ご主人さまにどうすればもっと楽しんでもらえるかを考えたとき、大阪でのことを思い出して自分なりの表現にしてお店でやったのが始まりなんです。
今後の経営について
ーー秋葉原だけで60店舗近くメイドカフェがあるとのことですが、ほかの店とのつながりなどはあったりするのですか?
hitomi お店単位で考えると、それほどつながりはありません。@ほぉ~むカフェを、メイドカフェ業界の中だけで完結させたくないんです。
ーー秋葉原では、道端でビラ配りをするメイドさんの姿が名物みたいになっていますよね。@ほぉ~むカフェではやっていないようですが、何か理由はあるのですか?
hitomi メイドの格好をした娘のビラ配りは、確かにアキバの象徴のようにもなっているんですが、@ほぉ~むカフェではオープン以来一度もビラ配りをしたことがないんですよ。これは経営理念でもあるんです。ビラ配りをしてしまうと、どうしてもメイドカフェに対して水商売のキャッチ的なイメージを持たれてしまったり、ビラそのものがすぐに捨てられてゴミになって、街の美化に影響が出てしまったりします。メイドカフェが一般化してきたとはいえ、まだまだ業界に対して悪い印象を持たれている方は多いので、イメージダウンにつながってしまうようなことは行いません。
ーーかつてはテレビなどのメディア出演をしたり、CDをリリースするなどの芸能活動も積極的に行っていましたよね。それでメイドカフェの存在を知った人も多かったと思います。メイドル(※編注:メイドのアイドル)なんて言葉も生まれました。しかし今は、そういった活動があまり目立たなくなった印象を受けるのですが、実際どうですか?
hitomi CDは今でもリリースしていますが、以前のように大きな流通に乗せたりなどはしていません。ショップやイベントでの販売がメインです。今はカフェのサービスの質をさらに高め、それによって業界自体のイメージを変えることも含め、盛り上げたいと思っています。
ーー最近また秋葉原以外にも展開するような店が現れましたが、@ほぉ~むでは考えていないのですか?
hitomi 今のところ予定はありません。秋葉原で凝縮させた方がよいと考えています。でも、海外展開ならあり得るかもしれません。今は海外メディアからの注目度が高くて、毎月3~4本、海外メディアの取材が入るんです。これは日本の観光庁や旅行協会が海外に紹介しても安心なお店として@ほぉ~むカフェに取材や撮影の依頼をしてくれるおかげなんですが、今は外国人のお客さまが、全体の2割を占めるほどになっています。
ーーhitomiさん自身は、今後も社長兼メイドとして店に立ち続けるのですか?
hitomi もちろんです! それが私の強みでもありますから。8年もメイドをやり続けると、いつ卒業するの? とか、やりきったでしょ? みたいなことをよく言われちゃうんです。でも私は一度も卒業しようなんて思ったことありません。お給仕を続けていくことで、もっともっとご主人さまの声を形にしていきたいし、「こうしたらいいな」「ああしたらもっと楽しんでもらえるかな」って頭の中で想像していることを、どんどん実現していきたいんです。
お給仕をしていると、どうしても「社長」とか言われちゃうこともあるんですけど、あくまでもお給仕しているときはメイドのhitomiでいたいです。だからお店では、これからもずっと“ひとみん”と呼んでくださいね。
(文=Leoneko)