川崎市議会議長経営の介護施設、退職強要で元職員が提訴〜度重なる法令違反に改善命令も

川崎市の市議会場が所在する川崎市役所(「Wikipedia」より/秋月知絵沙)
 今年6月、自民党川崎市会議員の浅野文直氏が、川崎市議会議長に就任した。浅野氏は1971年生まれ。国学院大学卒業後、衆議院議員秘書などを経て、99年に川崎市会議員に当選した。現在4期目である。

 浅野氏は議員としては躍進したが、一方でやっかいな問題を抱えている。自ら経営していた介護施設の職員解雇をめぐって、解雇された職員とパートタイマーから訴えられているのだ。

 浅野氏は議員の傍ら、デイサービス(通所介護)を提供する株式会社リ・ケア多摩の代表取締役を務めていた。だが、実質的に権限を行使していたのは「リ・ケアグループ代表」の肩書を持つ小嶋喜芳氏だったという。小嶋氏は川崎市議に立候補(落選)した経験もある。

 事の発端は、ひとりの職員の解雇をめぐる問題だった。この職員は山口和寿氏(40)。
山口氏は2008年3月にリ・ケア多摩に入職したが、入職してみたら、何よりも次のような労務上の問題が目立ったという。

・前職よりも高い報酬を支払うとの約束だったが、前職の年俸410万円をはるかに下回る328万円を提示してきた。山口氏はこれを拒否し、393万円に決定した。
・給与支給日に給与明細を本人に渡さず、各人のロッカーの扉に表面を上にして貼り付けていた。
・パートタイマーに有給休暇の取得が許されていない。
・休日出勤と深夜業務が無報酬である。

 これらの問題以上に山口氏が懸念したのは、上司である管理者の飲酒運転である。管理者は仕事が終わってから、たびたび事務所内で酒を飲み、リ・ケア多摩と書かれた送迎用の車を運転して帰宅していた。山口氏は「何度も注意をしたが、改まらなかった」という。

 そして10年3月、山口氏は社長の浅野氏にメールを送り、話し合いを求めた。だが、放置されたままだったと山口氏は次のように話す。

「もう1週間待ってほしいと返信があって以降、なんも連絡がないので、再度メールして法令違反の存在を伝えたら、FAXでまとめて送ってほしいと伝えてきた。そこで、有給休暇、超過勤務手当、飲酒運転について指摘したら『調べるから待ってほしい』と返事があった。5月になっても返事がないので、再度メールしたら『1週間後に返事をする』と返信されたが、返事はなかった」

 その直後、いきなり上司の管理者から「山口がいるとやりづらいから辞めてほしい」と言われ、山口氏は退職の意思を固めたものの、退職日については保留した。6月に入って山口氏は、退職日を同年11月10日付とした退職届を提出。しかし、会社側は受け付けず、山口氏はグループ代表の小嶋氏や管理者から「早く辞めろ。相談員としてできていない。要らない」と迫られたが、応じなかった。

 この間、山口氏は川崎北労働基準監督署にも相談に訪れたが、担当官は「本人と会社が話し合うしかない」の一点張り。そこで知人の社会保険労務士に相談したところ、神奈川シティユニオンを紹介され、加入した。一方、会社からは浅野社長名義で他の運営施設への異動が命じられていたが、山口氏は拒否した。

“通せんぼ事件”で警察沙汰も

 そして6月下旬の朝、パートタイマーたちの前で“通せんぼ事件”が勃発する。

 山口氏が出勤して事務所に入ろうとするのを、管理者が身を盾にして拒んだのだ。管理者は「山口の配属先は向こうだから」と言って、山口氏が右に移動して入ろうとすると、管理者はカニ歩きして右に、左に移動すると管理者は左にカニ歩きして、通せんぼをして入室を拒むというシーンが演じられた。

 山口氏はパートタイマーが入室するときに、入り口と管理者との間に生じた空間から瞬時に入室した。通せんぼはこの日だけで終わらず、数日後に再び行われた。今度は別の施設の管理者U氏(仮名)が来て、通せんぼをしたが、そのシーンが山口氏に携帯電話で録画されている。

 録画された映像を見ると、U氏は両手を自分の顔の位置まで上げ、体を左右に移動させながら、山口氏の入室を拒んでいる。そして突然、山口氏が転倒した。「手で突かれて倒された」(山口氏)という。その直後、U氏は「部外者が侵入しようとしている」として、山口氏は「暴行を受けた」として、それぞれが110番通報をした。駆けつけた多摩警察署のパトカーに分乗して、2人は警察署に向かうという事態にまで発展した。

 翌日、山口氏が出勤すると、管理者が泣きながら詫びてきたというが、その翌日、この管理者はまたしても山口氏を通せんぼした。近所に住むパートタイマーは「通せんぼが始まったという連絡が入ったので見に行ったら、本当に通せんぼをしていた」と苦笑い。この通せんぼは、別のパートタイマーが管理者に「みっともないからやめなさいよ」と注意して終了した。

 それでも翌日に、管理者によって4回目の通せんぼが行われたのだった。山口氏は管理者の家族と顔見知りだったので「あなたのお母さんに、このことを話すよ」と言ったら、通せんぼを中止したという。

 そして6月29日、浅野氏が小嶋氏とU氏を伴って会社に現れ、山口氏に解雇を通告した。異動に応じないこと、110番通報の原因をつくったこと、体当たりをして入室しようとしたこと、鍵を返却しないことを解雇理由に挙げた。このシーンは山口氏が撮影した動画に記録されている。

会社側に1年間の賃金相当額の支払い命令

 その後、神奈川シティユニオンと会社側とで2回の団体交渉が行われたが、決裂したため、山口氏は、業績悪化を理由に解雇された2人のパートタイマーと共に神奈川県労働委員会(神労委)に不当労働行為救済を申し立てた。

 今年1月にパートタイマー2人の主張は、業績悪化が認められず、会社側に1年間の賃金相当額の支払いが命じられたが、山口氏の地位確認は認められず、中央労働委員会に再審を請求している。

 山口氏は、神労委で浅野氏が事実と異なる主張を述べてきたと指摘する。

・神労委第1回審問(12年2月6日)

 浅野氏は、退職強要を認めず、山口氏自ら退職届を提出したといった内容を主張。
 →山口氏の主張:退職強要があり、それに応じて退職届を提出した。

・神労委第2回審問(同4月13日)

 浅野氏は「是正にはすべて従っております」と主張。
 →山口氏の主張:労基法37条1項及び4項(休日及び深夜の割増賃金の支払い義務)はいまだに果たされていない。山口氏は休日出勤も深夜勤務も行っており、すでに請求しているが、いまだに支払われていない。

 浅野氏は「23日から出向、最低限その1週間前には伝えるように指示した」と主張。
 →山口氏の主張:「出向」など一度も言われたことはない。16日は退職強要の最中であり、命令など受けていない。それを裏付けるように指示を受けたであろうY氏(山口氏の上司)の日報(会社が証拠提出)にも「移動」と多く記載されているが、「出向」の文言はない。

突然の廃業、運営法人変更

 山口氏とパート2 人は昨年6月、横浜地方裁判所川崎支部に提訴したが、それ以降、リ・ケア多摩をめぐって不思議な動きが起きている。

 同社は昨年8月10日に川崎市長に廃業届出書を提出。書面には「運営法人変更のため」と記載され、運営法人は元川崎市会議員の佐藤光一氏が代表を務める「さとうの介護合同会社」に変更された。だが、職員の大半は継続して雇用されている。

 この運営法人の変更は、神奈川シティユニオンが「責任回避の計画的な偽装営業譲渡か!?」と書いたビラを配布するなど、今回の件をめぐる焦点のひとつだ。運営法人を変更した理由は何だろうか?

 浅野氏に文書で確認を求めたところ、以下の回答が送られてきた。

「廃止とともにすべての職員の皆様から退職届をいただき退職いただいております。その後、『さとうの介護』の判断により個別に協議の上、退職いただいた従業員との間で新たな雇用契約を締結してもらっております。なお、全従業員と新たな雇用契約を継続したものではないと伺っております」

 また、運営法人変更の理由について質問したのだが、回答は示されなかった。

 一方、リ・ケア多摩は数々の法令違反を重ねていた。11年7月27日に川崎北労働基準監督署より、15項目に及ぶ違反事項が指摘され、是正勧告書が出された。また同日、同署より8項目に及ぶ指導票が出された。さらに同年8月9日には川崎市健康福祉局より「リ・ケア多摩」に対して5項目、「リ・ケア多摩第2」に対して4項目の法令違反が指摘されて、改善指示書が出されている。

 浅野氏は川崎市議会議長という公職に就任しているのだから、これらの事実を情報開示した上で、市民に対して説明責任を果たすという考えはないのだろうか? その点についても書面で浅野氏に問い合わせたところ、以下の回答が寄せられた。

「労働基準監督署からの措置は中小企業が見落としがちな項目であり、即座に改善を行いました。また、健康福祉局においては彼ら(特に山口氏)が自ら怠慢な業務を行った行為を指摘されたものであり法令順守の厳格化を求められたものであり、当然ながら報酬返還等の措置はございません。よって、説明責任云々のものとは解しておりません」

 さらに山口氏の解雇については、こう見解を述べた。

「そもそも我々は利用者と他の職員を守るために退職届を2度に渡り提出しな
がらも犯罪行為を行う山口氏に対して、利用者様らへ迷惑を及ぼさないようにする為、他の施設に出向させようとしたものであります。そのことにつきまして、不当な目的がないこと、現在、中央労働委員会にて審査中でございますが、初審の地方労働委員会においても、不当労働行為は存在しないと認められております」

 去る7月17日、横浜地方裁判所川崎支部で、本件に関する地位確認等請求事件の第10回進行協議が開かれ、原告側3名、被告側のリ・ケア多摩の双方が上申書を提出した。

 浅野氏は、山口氏と元パート2人が裁判所に提出した上申書を「事実と異なる点が多
く」と主張したが、それがなんなのかについては言及しなかったという。

 横浜地裁川崎支部での次回の進行協議は、9月4日に開かれる予定である。
(文=編集部)

BusinessJournal編集部

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