高齢者の就労問題が叫ばれる現代の日本に、85歳にして年商5億円を稼ぎだす“スーパーおばあちゃん”がいることをご存じだろうか。その名も、和田京子不動産代表取締役社長の和田京子氏だ。
79歳で宅地建物取引主任者(現・宅地建物取引士)の資格を取得し、女性最高齢の合格者として話題になった和田氏は、80歳で「世界一親切な不動産会社」を目指して孫の和田昌俊氏とともに同社を設立。今や、その年商は5億円を超えている。
それだけでも驚きだが、和田氏は起業するまでの60年間、一度も社会に出たことのない専業主婦だったという過去の持ち主なのだ。その半生や宅建の勉強時代、年商5億円に至るまでの経緯を綴った著書『85歳、おばあちゃんでも年商5億円』(WAVE出版)も注目を集めている。
JR小岩駅から少し離れた場所に位置し、応接室は和田家の畳間……これまでの不動産会社とは一味も二味も違う和田京子不動産の和田氏に、ビジネスの極意を聞いた。
主婦だからできた「24時間・年中無休」
同社の特徴は、「24時間営業」「年中無休」「買主への仲介手数料無料」の3つだ。これらのサービスを掲げる不動産会社は非常に少ないため、差別化を図ることができているが、和田氏いわく「働いたことがないから始められたサービス」だという。
和田京子氏(以下、和田) 今では「なんてバカなことを始めたんだろう」って思っているんです。「世の中に寝るほど楽はなかりけり 浮世の馬鹿は起きて働く」という言葉があるように、眠ることは気持ちもいいし体も休まる、最高の娯楽なんだと、今の生活になって初めて気がつきました。
朝、勤めに出て帰ってきて……という生活をした経験があれば、こんな無茶なことは考えなかったと思うのですが、専業主婦が長いので、プライベートと仕事の区切りなく働くことに抵抗がなかったんです。
お客様も「私が家を買うまでは24時間営業にしてくれ」とおっしゃる方が多いので、私が死ぬまではこのサービスを続けるつもりです(笑)。主婦のクセがまったく抜けず、今もお客様へのメールの内容を考えながらご飯を炊いたり、床掃除をしたり……。“ながら族”なんです。
–「主婦」が抜けないことのメリットは、何かありますか?
和田 不動産をお買いになるお客様は、ご夫妻でお越しになることが多いんです。共働きの奥様も、もちろん「主婦」の部分をお持ちなので、女同士で家庭的な話ができるのはありがたいですね。
女性は台所の不具合やお手洗い、お風呂場の使い勝手がまず気になるのですが、男性の場合は玄関の構えや人を招くリビングなどの見栄えのよさを気にするので、意見が分かれますが、最終的には家にいる時間が比較的長い奥様の意見が優先されることが多いです。そのため、奥様の目線に立って物件をおすすめできる点は、かなりの強みです。
嘘や不払い…不動産業界の闇を見た過去
主婦歴60年のワザを駆使して、休みなく働く和田氏。しかし、開業当時は客に物件を紹介することすら難しい状況だったという。
和田 会社を始めたばかりの頃は同業者にまったく相手にされず、コネもなくて業者に物件情報を教えてもらえなかったんです。仕方ないので、施工中の建売物件の看板に記載された施主や建設業者を書き写して、お客様にお知らせしていた時期がありました。
「お客様と物件の内覧に行こう」と業者に連絡しても「その物件は売れました」と断られることがほとんど。お客さまが怪しいとおっしゃって、その場でお客さまから業者に電話をかけていただくと、「今すぐに内覧できます!」と言われることもよくありました。結局、弊社を通しては、売っていただけないことが、よくあったんです。
和田昌俊氏(以下、昌俊) 祖母の武器でもある“主婦らしさ”が裏目に出ることもあるんです。以前、シェアハウスを探しているお客様に物件を紹介して賃貸契約まで交わしたのですが、業者側が「仲介手数料を払わない」と言い出しました。うちはお客様からの手数料をいただかないので、業者から仲介手数料をもらうしかないのに「我々もお金に困っているから払えない」と言われたら、祖母は「はい」と答えてしまうんです。
主婦の性なのか、男の人に強い口調で主張されると受け入れてしまうようなんです。しかし、祖母が一度うなずいてしまうと、たとえ代表取締役の私が話し合いに行っても「社長は手数料はいらないと言った」の一点張り。
ある時は、手数料回収のために業者に出向いていったら、奥の部屋から怖いお兄さんが5~6人出てきたこともありました。そういう場面では私が交渉するのですが、よく今まで命があったものだと思いますよ(※現在、賃貸紹介は行っていない)。
和田 一度業者からの手数料を無料にしてしまったら、ほかの業者も同じ条件を要求してくることになりかねない。「それを続けていたらなんの儲けにもならず、いずれはつぶれる」と孫に叱られました。不動産業界は、いかに敵を出し抜くかという本当に怖いところだと思います。メディアに出させていただくようになって「和田さんのように不動産業界で仕事がしたい」と相談されるようになりましたが、私の場合は、業界のことを何も知らないから始められたようなもので、ほかの人におすすめはできないです。
創業から2年は嫌がらせで収入ほぼゼロ
祖母と孫の二人三脚で経営している和田京子不動産。実は、彼女に「おばあちゃんが好きなことを勉強しようよ」と提案した人物が孫の昌俊氏だったという。その提案をした頃、今のように宅建試験に合格して休みなく働く祖母の姿を想像していたのだろうか?
昌俊 確かに“働く祖母”を見るのは初めてでしたが、毎日祖父の着替えをアイロンがけして、往復4時間かけて病院に見舞いに行く献身的な姿を知っていたので、それほど驚いてはいないんです。これまで祖父に向いていた愛情が、今はすべて仕事に向いているんだと思います。
和田 夫には本当にお世話になったので、恩返しのつもりで介護していたのです。夫が亡くなった時は、もちろん悲しかったのですが、介護に関してはある種の達成感がありました。ただ、その後はやるべきことがなくなり、燃え尽き症候群に陥ってしまい、家族を心配させてしまったのです。そんな時に孫の誘いがあり、「せっかくなら本気でやろう」と思いました。
–なぜ、宅建の勉強をしようと考えたのですか?
和田 これまで何度か住宅を購入したのですが、そのほとんどが欠陥住宅だったんです。過去の失敗から、もともと住宅に強い興味があったので、勉強がとても楽しかったです。
せっかく資格を取ったので働いてみたいと思っても、80歳のおばあちゃんを雇う会社なんてないので、働くためには会社を興すしか方法がありませんでした。創業して2年間は業者からの嫌がらせが続いて収入がほとんどありませんでしたが、口コミや紹介によってお客様が少しずつ増えていき、今では忙しく働かせていただいています。
–着実に業績を伸ばし、創業5年目にして年商5億円となった和田京子不動産ですが、向上心を支えるものはなんでしょうか?
和田 生まれてからは親に養われ、結婚してからは夫に養われ、老いては子に従え、という生活を送ってきましたが、この歳になって初めて自活できました。自立して何かを得られるというのは最高の気分です。ただ、今もさまざまな不動産会社が誕生してはつぶれていく厳しい世界なので、年商5億といっても気が抜けず、落ち込んでいる暇もありません。家族の存在と「誰にも負けられない」という競争心が仕事の支えになっていますね。
(文・構成=谷口京子/清談社)