ご挨拶
ここ「Business Journal」で月1回程度、ビジネスパーソンのために、AI(Artificial Intelligence:人工知能)まわりの話題、論点を解説させていただくことになりました。メタデータ株式会社の野村直之と申します。ビジネス全般に通じ、さまざまな学問・芸術分野に興味をもつAI技術者として、AIを過大評価も過小評価もせず、道具としてのAIの正しい姿をわかりやすくお伝えしたいと思います。そして、近未来の仕事のあるべき姿を描きたいと思います。そして、AIを活用して人々が幸福になるためには、どう働き方を変え、学び方を変えていくべきかを考え、AI時代に人間が取り組むべきことについて書いてまいります。
取り上げるテーマ、参考リンク、書籍
すでに拙著『人工知能が変える仕事の未来』(日本経済新聞出版社)、『実践フェーズに突入 最強のAI活用術』(日経BP)、『AIに勝つ!』(日本経済新聞出版社)に、AIやAI活用の本質、AI時代に活躍する人間の資質について詳述しています。ここでは、最新動向を押さえつつ速報的に補筆したものを整理したり、重要なポイントを、新しい角度から眺め、平易にとらえ直したりできればと思います。AIの中身、中核部分の話から、AI活用、ロボットやIoT、5G等の周辺テクノロジー、AI時代に新しく誕生する仕事、働き方改革、(人間の)学習・教育、音楽・美術、お笑い、仮面ライダーの話まで硬軟取り混ぜてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。
今日(こんにち)のAIの中核部分を理解
「敵を知り己を知れば百戦危うからずや」。『AIに勝つ!』のプロローグ 「いよいよ始まり! A I を便利に使って、楽しく働く」のまとめで、こう書きました。
<…(描きたいのは))AIの本質を踏まえ、AIにできない事柄、領域について人間が能力を伸ばすための処方箋です。それが人間らしく、のびのびと幸福に、日々手ごたえを感じてこなせる内容であれば、AI時代にこそ人間は幸福になれることになります。
いくつかの選択肢の中からそのような処方箋を描くことが、AI応用に携わる者の義務ではないかとさえ考えます。インサイダーとしてAIの最前線が見えているからこそ、AIがモデルとする人間の凄さに圧倒され、感動すら覚えることがあります。自然科学より先回りして人間の本質を探究する文学、心理学、社会学などの人文・社会科学にも深い敬愛の念を抱きます。…中略…
本業を通じてそれらに貢献するだけでなく、記事や書籍、他のメディアを通じてAIの実態や見通し、人間の役割を世に問う必要を感じます。少し乱暴にまとめると、やはり
「敵を知り、己を知れば百戦危うからずや」(孫子)
となりましょうか。AIは決して敵ではなく、道具です。道具を知り抜いた人が人生に勝利、もとい、満足度、幸福度の高い人生を送れるということは納得できるのではないでしょうか>
というわけで、まず「AIの中身、中核部分」を早速、次の「図1 深層学習で猫の特徴が自動的に抽出される仕組み」で理解してしまいましょう!
上記、拙著の引用箇所の直後に、「深層学習とは何か ―深層学習が実際に機械的に行っていること」という説明ページが続きます。数式を使わずに、CNNというタイプの深層学習の動きのエッセンスを紹介しています。今回は「敵(AI)を知り」(本当は敵じゃないけど)、入力データ(画像など)から特徴を自動的に抽出し、出力データ(写っているモノの名前など)との間の対応関係を次第に高い精度にしていく様子を説明しています。
図1で、左上にある入力画像は猫の写真で、右上の出力はその猫の名前です。アラビアンマウという名の、とても大きな耳の猫について、同種猫の多数の違った画像に共通する特徴、すなわち、およその耳の位置、長さ、形などを残すフィルターの重みを学習時に増していきます。
図では、異なるフィルター群を何回か通って耳の辺りの特徴が残っている縮小画像を赤枠で囲い、目の辺りの特徴が残っている縮小画像を緑枠で囲っています。両方の特徴が残っているのもあれば、どちらも判別できず、青くつぶれている画像もいくつもあります。この「つぶれている」という情報(状態)も機械的に判定し、次のステップに受け渡される(右方向へ出力に近づく)際に捨てられます。これは、多数の画像の間で共通性のみられない無意味な特徴を抽出するフィルターを通ってきたためといえます。学習を繰り返すと、対象の本質を現わさない手がかりを残すフィルターの重みが小さくなっていきます。
これらのフィルターは機械的にはたらきます。フィルターを通った結果、特徴が残っているか否かも機械的に判定されます。いろんな特徴が残ったもの(画素数が大きく間引かれた小さな画像)について、さらにそれらが両立しているかなどが、さらなる特徴(抽象化した特徴)として抽出されていき、最後は6×8=48(「ろくはしじゅうはち」)個のカラーの点の集まりにまで抽象化されます。これが、入力の猫画像の「特徴の塊」となります。複数の猫種ごとに、この「特徴の塊」の小さな、小さな画像があり、そのどれに似ているか、RGBすなわち赤緑青の256段階の明るさの近さを機械的に計算。そして、一番近かった猫種の名前 ――ここではアラビアンマウ――)を出力するのです。
いかがでしょうか? 上記の、重みを増したり減じたりする仕組みのおかげで、自動的に特徴が学習されること。そのためには、何千、何万枚の猫写真に「(正解は)アラビアンマウ」などのラベルを人間が付けて丹念にAI(深層学習)をトレーニングしなければならないこと。そして、出来上がったAIは、猫の種類を当てるだけの専門の道具となることが、上記の説明により、すっきり明確になったと思います。もちろん、この猫種識別という専門能力は優れたもので、67種類もの猫種を95%以上の精度で認識。これほど正確に猫種を言い当てられる人間など1万人に1人いるかというところでしょう。
深層学習、AIは決して万能ではない
今日のAIは全て道具です。道具は専門能力で人間を凌駕しなければ存在意義がゼロです。ですから、生まれながらに人間の能力を超えていて当然なのです。次回以降でとりあげる、正解データを自動生成できるタイプのAIでは、さらに顕著に人間の能力を超えます。
「AIが自ら学ぶ」という言い方など、メディアや、諸方面の専門家の言説には誤解を招く表現が溢れています。AIは「機械的に、自動で特徴を抽出する」というのが実態で、「学習」という言い方すら、一般の人向けには不適切ではないかと感じます。大量の正解データを用いた「トレーニング」と表現すべき。もしくは漢字で書くなら「調教」というあたりが適切な表現になるでしょう。
そして、「AIというからには人間のようになんでも考えて良きにはからってくれるだろう」みたいな大きな誤解は、一刻も早く、解消しなければなりません。そのようなAI(強いAIといいます)は存在しません。つくれる目途もたっていません。今日のAIは特殊な1つの専門業務しかできません。そのようなほとんどのAIを開発するには通常、正解データづくりを中心に大変な手間、コスト(時間とお金)と、AI専業者のノウハウが必要です。
今回、初回のポイントを図解すると、図2「深層学習、AIは万能の打ち出の小槌ではない」とまとめられます。ドラえもんのような一体のAIがいるというのは完全な誤解です。AIという1つの技術があるのではなく、千差万別のさまざまなAIがあります。各々が各々の専門能力で優れた性能を発揮することになります。
しかし、開発にはコストがかかるし、保守、運用にもデリケートなところがあります。このあたり、今後の連載で具体的に取り上げてまいります。他に、AI時代に、なくなる仕事以上にたくさんの新しい仕事が生まれること、人間がクリエイティブな仕事にシフトするにはどうしたら良いか、AI開発・運用に必要な人材育成、自学自習のための人文科学や音楽・美術の効能などの話題も取り上げてまいります。
(文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)