
「これまで積み上げてきたものを崩すわけにはいかない。あとはすべて勝つ」
東京五輪代表へカド番、崖っぷちだった若侍、阿部一二三(22/日本体育大学)が渾身の試合で息を吹き返した。
大阪市中央体育館(港区)で11月24日に閉幕した柔道グランドスラム大会初日の22日。男子66キロ級の阿部は、ほんの少し前まで「東京五輪にもっとも近い男」だった。第一人者の丸山城志郎(26/ミキハウス)が怪我などで不在だった間に、神戸市の神港学園高校の生徒だった阿部が急速に台頭してきた。
2015年11月の講道館杯での最初の対戦こそ丸山が巴投げで仕留めたが、その後、阿部が2連勝し、17年、18年の世界選手権も連覇していた。だが、飛ぶ鳥を落とす勢いだった阿部を昨年のグランドスラム大阪大会で丸山が破ってから逆転。阿部は丸山に勝てなくなり、8月の世界選手権まで3連敗し、五輪へ赤信号が灯るどころか絶体絶命のピンチだった。一方の丸山はこの日、オリンピック代表内定へ王手で臨んだ。今年の世界選手権とこの大会の優勝者は東京五輪に内定と、全日本柔道連盟が内規を決めていたからだ。
2人は外国人相手に順当に勝ち上がり、準決勝はともに日本人相手。丸山は巴投げの技ありで、阿部は得意の釣り込み腰の一本勝ちでそれぞれ相手を下して決勝へ進んだ。丸山は切れ味鋭い内またや捨身技の巴投げを仕掛けてくる。阿部は体落としや袖釣り込み腰にいこうとする。拮抗したままゴールデンスコア(サッカーでいうゴールデンゴール)の延長戦に入った。1分過ぎ、丸山は2つ目の指導を取られた。あと1つ指導を取られれば丸山は負けとなるが、両者ともにそんなことは関係がないとばかり攻めあう。
間合いもとらずクリンチもなしに激しく打ち合うボクシングのような壮絶な戦いが続く。勢い余って場外に2人が出たため、外国の女性審判が「待て」と制するが、そんなものは耳に入らないのか、2人は場外でも投げ合いを続けていた。
延長戦も4分近くなった時、丸山が左の内またに入った瞬間、丸山は肩から畳に落ちた。決まり技は「支え釣り込み足」。しかし阿部がこの技をかけたというよりも跳ね返されたという印象だった。阿部が相手の体を捻ったタイミングが合ってしまい丸山は飛んでしまった。それだけ阿部の体に反発力がみなぎっていた。場内の時計は期せずして阿部が8月の世界選手権で丸山の巴投げを食らって涙した時と同じく、延長3分27秒を指していた。
上気した顔で丸山と握手した阿部は左手をスタンドへ向かって突き上げ、久しぶりに笑顔を見せた。そこには、世界選手権で敗れた時、共に泣いてくれた父・浩二さんがいた。五輪への「首の皮」がつながった。