今年2月に注目の裁判の判決が出る予定だ。音楽教室からも著作権料の徴収を求める日本音楽著作権協会(JASRAC)を、2017年6月に全国の音楽教室が訴えた。著作権関連の裁判では百戦錬磨のJASRACだが、今回ばかりは微妙だという。
『音楽はどこへ消えたか? 2019改正著作権法で見えたJASRACと音楽教室問題』(みらいパブリッシング)の著者で米国弁護士の城所岩生氏は、こう語る。
「これまで、JASRACは主にカラオケ店やダンス教室を相手に裁判をしてきました。今回は音楽教室が相手ですが、これまでと違っているのは、JASRACの使用料徴収方針発表直後にヤマハ音楽振興会や河合楽器製作所など7つの企業、団体が発起人となって『音楽教育を守る会』を結成、参加した音楽教室事業者250社が同時に争っている点です」(城所氏)
今回の裁判の争点は、音楽教室の演奏が著作権法第22条の「演奏権」に該当するかどうかだ。演奏権とは「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的」に演奏する権利で、作曲家らが持つ。それ以外の人がコンサートや劇などで音楽を使う場合には、演奏者は著作権料を支払わなければならない。
「JASRACは音楽教室での演奏にも『演奏権』が及ぶ、つまり音楽教室のレッスンが『公衆』に『聞かせる目的』に演奏していると主張しています。音楽教室側は、個人レッスンや講師1名に対し3~5名程度の生徒で行われるレッスンが『公衆』に対する演奏にあたらないと反論しています。
また、『聞かせる目的』に関しても、音楽教室側は著作権物の価値は人に感動を与えるところにあるが、音楽教室での教師の演奏、生徒の演奏はいずれも楽器の練習のためで、聴き手に官能的な感動を与えることを目的としていないと訴えています」(同)
一般的な感覚からすれば、音楽教室の生徒が「公衆」にあたり、生徒のレッスンが「聞かせる目的」とは思えないだろう。しかし、過去の判例から推測すると、裁判はJASRAC有利になるという。
「1988年の『クラブキャッツアイ判決』で最高裁は、使用料を支払わずにカラオケ店を運営していた店主の著作権侵害を認めました。カラオケ店主は客に場所を提供しているだけで演奏しているわけではありませんが、客の演奏によって売り上げをあげているために、著作権を侵害しているものとみなされました。これが有名な『カラオケ法理』で、その後、裁判所がサービスを(利用しているユーザーではなく)提供している事業者に侵害責任を認める根拠になりました。
2004年の『社交ダンス教室事件』の名古屋高裁判決では、ダンス教室のレッスンで音楽を再生するのは、誰でも受講者になれるため、1人の受講者のみを対象にした音楽再生でも『公衆』にあたると、名古屋高裁は判断を下しました。
また、08年の『ビッグエコー事件』判決では、1人カラオケでも『聞かせる目的』と東京地裁は判決を出しています。理由は、来店する顧客は不特定多数なので、たとえ1人カラオケでもカラオケ装置による音楽の再生や映像の上映は公衆に直接聞かせることを目的とする、というわけです」(同)
なかなか腑に落ちない判決ではあるが、こうした権利者寄りの解釈を判例で積み上げてきたJASRACは、今回の対音楽教室でも強気の構えを崩さないようだ。
坂本龍一や宇多田ヒカルからも疑問の声
ただし、今回はJASRACへの逆風も強く吹いている。
「これまでのカラオケ、ダンス教室やカルチャースクールからの徴収の対象は大人で、娯楽の要素もありました。しかし、今回は子ども相手。音楽の未来を担う子どもへのレッスンから著作権料を徴収することには、心象的な反発も強い。坂本龍一や宇多田ヒカルなどの権利者からも疑問の声が上がっており、ツイッターでは60万もの批判ツイートが寄せられています」(同)
日本の音楽教育を支えてきたのは、少人数のレッスンを提供している音楽教室だ。著作権法は保護と利用のバランスを図るものだが、保護が行き過ぎれば利用者が先細りしてしまう事態になると、城所氏は危惧する。
「はやりの曲やアニメの主題歌が弾けなくなれば、子どもたちは音楽への興味を失ってしまうかもしれません。それに、音楽教室で楽器を練習するためには楽譜やCDを買うでしょう。すでに、権利者への還元はある程度されているのではないでしょうか」(同)
また、19年1月から施行された著作権法改正も裁判のゆくえに影響を与える可能性がある。
「今回の著作権法改正で『柔軟な権利制限規定』が新設され、『著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用』(第30条の4)では、必要と認められる限度において著作物を利用できるようになりました。音楽教室での演奏がこの規定に当てはまるのかが、議論されています」(同)
この改正の背景には、強すぎる日本の著作権法がIT産業などのイノベーションを妨げてきたことへの反省もあるという。
「日本の著作権法は、許可がなくても利用できる範囲に具体的な事例を挙げて細かく制限しています。対して、アメリカなどはフェアユース規定を採用し、利用目的が公正であれば著作者の許可がなくても著作物を利用できる。検索サービスの技術は日米ともに1994年に誕生したのですが、日本はフェアユース規定がないために、一つひとつのホームページを検索サービスに掲載してもいいのかという許可を事前に取る必要があり、大きな弊害となりました。高い技術力を持ちながらも、日本からグーグルやユーチューブなどの世界的なIT企業が生まれなかった背景には、著作権法の問題もあるのです」(同)
09年の著作権法改正で、日本も検索サービスで個々に許可を取る必要がなくなった。しかし、時すでに遅し。城所氏は「グローバル化やデジタル化に対応できていない厳しい著作権法と、それをさらに厳格に解釈する裁判所によって、イノベーションの芽が摘まれてしまった」と指摘する。
音楽文化をどう守り、どう育てていくか。さらに、改正された著作権法はどう解釈されるのか。さまざまな分野との関連性が高い著作権の問題であるため、判決には音楽業界以外からも大きな注目が集まっている。
(文=奥田壮/清談社)
●取材協力/城所岩生(きどころ・いわお)
国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)客員教授、米国弁護士(ニューヨーク州・ワシントンDC)。NTTアメリカ上席副社長、成蹊大学法学部教授を経て、2009年より現職。近著に『音楽を取りもどせ! コミック版 ユーザー vs JASRAC』(みらいパブリッシング)、「音楽はどこへ消えたか? 2019改正著作権法で見えたJASRACと音楽教室問題」(同)など。