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不妊治療、保険適用へ…「治療を受けなければならない」との同調圧力に懸念の声も

文=編集部
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「Getty Images」より

 菅義偉首相が重要政策のひとつに掲げている不妊治療の保険適用。さる9月16日に閣議決定した「基本方針」には「少子化に対処し安心の社会保障を構築」の項に、次のように記載された。

<喫緊の課題である少子化に対処し、誰もが安心できる社会保障制度を構築するため改革に取り組む。そのため、不妊治療への保険適用を実現し、保育サービスの拡充により、待機児童問題を終わらせて、安心して子どもを生み育てられる環境をつくる>

 不妊治療のうち、国費で助成されているのは(1)体外受精、(2)顕微授精(卵子に精子を注射するなどの人工的な受精)、(3)男性に対する治療(顕微鏡下精巣内精子回収法)の「特定不妊治療」のみである。

 1回当たりの費用は、体外受精が約38万円、顕微授精が約43万円。このうち国の「不妊に悩む方への特定治療支援事業」から、所得制限 730万円(夫婦合算の所得ベース)を条件に、治療1回につき15万円(初回は30万円まで)、同様に男性不妊治療も1回につき15万円(初回は30万円まで)が給付されている。厚生労働省は2020年度予算額の151億円に続いて、21年度予算にも151億円と一部事項要求を概算要求額に盛り込んだ。

 10月14日、厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会(部会長=遠藤久夫・学習院大学経済学部教授)で、不妊治療の保険適用のあり方が議論された。この部会で、安藤伸樹委員(全国健康保険協会理事長)は「少子化対策の観点から不妊治療の経済的負担を図ることはたいへん重要だ。疾病の観点からも医療保険の適用は理解できる」と同意。その上で課題を付け加えた。

「実態をしっかりと調査し、エビデンスを踏まえた上で保険給付の範囲や有効性、安全性を明らかにして具体的に議論すればよいと思う。一方、医療保険財源には限りがあるので、薬剤給付の見直しなど医療費の適正化に資する改革も同時に検討していくべきだ」

 藤井隆太委員(日本商工会議所社会保障専門委員会委員)は「不妊治療の保険適用について、もちろん反対はしないが、若年層へのライフプランニング教育や、医療や健康に対する国民のリテラシーの向上をしっかりと進めてほしい」と啓発を求めた。

 他の委員も次々に保険適用に賛同を示したが、一部で不妊治療の保険適用に反対していると報道された日本医師会(以下、日医)はどんな見解を持っているのか。医療保険部会には、松原謙二日医副会長が委員に加わっている。松原委員は他の委員よりも積極的なニュアンスで保険適用に賛同した。

「医療機関としては、不妊治療を保険適用するという総理の言葉を重く受け止め、たいへん素晴らしいことだと理解している。体外受精など不妊治療の保険適用には費用がかかるので、ぜひ保険適用を進めてほしい」

 日医は保険適用に反対しているという報道は一部幹部の意向にすぎなかったのか、あるいは方針を変更したのか。この発言は報道された内容とはまったく対照的である。さらに松原委員はこう付言した。

不妊治療は非常に進んでいる。さまざまな治療方法に適応できる保険適用でないと治療自体が発展しない。中医協(中央社会保険医療協議会=厚労相の諮問機関)で十分に議論して進めてほしい」

幸福追求の権利

 一方、この日の部会では、国が保険適用の目的を少子化対策に位置付けていることに異論も出た。評論家の樋口恵子委員(NPO法人高齢社会をよくする女性の会理事長)が「少子化対策や人口問題も視野に入れなければいけないことはわかる」と政策に理解を示した上で、幸福追求の権利(注・憲法13条)に言及したのだ。

「子どもを持ちたいと若いカップルが望むのは幸福追求の権利だ。不妊治療の保険適用に異存はない。ただ、政府が補助してくれるのだから不妊治療を受けなければいけないという同調圧力が、親戚一同や隣近所、交友関係に広がることを怖れている。不妊治療の保険適用は、生殖年齢にあるカップルの幸福追求のひとつの形として進めてほしい」

 樋口委員は、1994年に国連がエジプト・カイロで開いた国際人口開発会議(ICPD)を取り上げた。この会議で採択された「ICPD行動計画」には「自らの子どもの数と出産間隔を自由に責任を持って決定する権利の行使」が盛り込まれた。さらにICPDでは、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)という概念が提唱されたが、この概念には「いつ何人の子どもを産むか産まないかを選ぶ自由」が含まれる。出産は当事者である女性の自己決定であり、他者から干渉されるものではないという趣旨だ。

 樋口委員が指摘した同調圧力には、医師の立場からも懸念が述べられた。池端幸彦委員(日本慢性期医療協会副会長)が次のように指摘した。

「不妊治療を保険適用すると病気という扱いになる。子どもを望まない方や、不妊治療をしても子どもを産めない方は多いが、そういう方々が『病気を負った』と世間から偏見の目で見られないように、ていねいに国民に発出していかないと難しいことになると危惧している」

 厚労省は、今年8月から来年3月にかけて「不妊治療の実態に関する調査研究」を実施して、実施件数、治療周期あたりの妊婦出産率、不妊治療の費用、妊婦の意識などを分析する。

 確かに出生数が増えなければ、少子化対策が進まないという一面はある。しかし、それ以前に、妊娠は女性の自己決定であることが社会全体に周知徹底されなければならない。

(文=編集部)

BusinessJournal編集部

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