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高橋篤史「経済禁忌録」

シャネルに2600万円支払いも…「さいたま記念病院」運営元の乱脈経営、刑事事件に発展

文=高橋篤史/ジャーナリスト
シャネルに2600万円支払いも…「さいたま記念病院」運営元の乱脈経営、刑事事件に発展の画像1
「さいたま記念病院 HP」より

 昨年来燻り続けていた医療法人「一成会」(さいたま市)をめぐる資金流出疑惑が、ついに刑事事件へと発展した。警視庁により11月10日に逮捕されたのは同会の遠藤容子元理事ら3人。遠藤元理事は系列の医療法人「冠心会」(東京都品川区)の理事長夫人で、夫を凌ぐワンマンぶりや派手な生活が以前から囁かれてきた女傑だ。ただ、複雑な資金の流れを伴う今回の事件では、不振病院を手玉にとる闇のネットワークがそんな女傑の背後で蠢いていたことも、またひとつの側面である。

さいたま記念病院」(199床)を運営する一成会は1965年の設立以来、たびたびオーナーがかわってきた。直近は4年前の春。それまでのオーナーはかつて大証ヘラクレス市場に上場していた不動産会社、三光ソフランホールディングスの創業者。そこから経営権と土地建物を合計32億円で譲り受けたのは出版大手の小学館と集英社の傘下にあるビル賃貸会社「オービービー」だった。

 この時、オービービーに対し買収を働きかけていたのが冠心会を仕切っていた遠藤元常務理事だ。経営権交代後、遠藤元常務理事は夫の真弘理事長とともに一成会の理事も兼務。冠心会から職員も派遣して経営を取り仕切るようになる。もっとも当時、遠藤元理事はオービービーより上の立場にあったわけでもない。オービービーは冠心会が運営する「東京ハートセンター」(88床)の土地建物を所有していたから、平たく言えば大家と店子の関係だ。冠心会は長らく経営不振で、一成会買収は起死回生を狙った店子が大家をたぶらかして実現させたような出来事ともいえた。

 そもそも冠心会が不振に陥った原因は、病院建設の過大投資にある。同会の設立は1994年。理事長の遠藤真弘氏は日本大学医学部を卒業して東京女子医科大学で心臓外科医を務めていた。1957年生まれで15歳年下の容子元理事は、上智大学卒業後に日本航空に入社しCAをしていた経歴を持つ。夫妻が経営する冠心会が心臓病専門病院の東京ハートセンターを建設したのは2005年のことだった。

 当初、そんな冠心会をバックアップしていたのは東証1部上場の医薬品開発支援会社アイロムグループだ。同社の子会社は東京ハートセンターの完成後、極度額合計37億円の根抵当権を設定していた。ただ、冠心会は借り入れ負担に耐えられなくなったのか、07年11月に病院の土地建物を債権者であるアイロム子会社に売却し、そこから借りる形に切り替えた。

 ところが、両者の関係はやがてぎくしゃくし始める。08年3月、アイロム子会社はそれまで約900万円だった月額家賃を2100万円に引き上げ、支援姿勢を後退させた。両者が描いたM&A構想に関与していた人物が10年1月に旅館売買をめぐる詐欺事件で逮捕されたことも、その後、両者の関係に影響したようだ。著名なプロ野球選手の元義兄でもあるその人物は病院業界の裏側で暗躍していたらしい。07年には「北青山病院」の建物売買に介在してまんまと10億円超を手にしていたが、後に税務調査で多額の申告漏れを指摘されていた。

 冠心会とアイロムグループの関係が最終的に切れたのは12年7月。この時、東京ハートセンターの土地建物を22億円あまりで買い取ったのが前出のオービービーだ。冠心会は月に約1700万円の家賃を払うこととなった。そして、冠心会の働きかけによりオービービーは一成会を買収することとなる。経営権交代を正式に決める一成会の臨時社員総会が東京都内のオービービー親会社で開かれたのは16年3月下旬のことだった。

ファクタリング取引

 その年11月、遠藤元理事ら冠心会側が取り仕切ることとなった一成会はおかしな行動に出始める。診察料などの診療報酬債権をC社なる都内の会社に次々と譲渡するようになったのだ。「ファクタリング取引」と呼ばれるものである。

 一般にファクタリング取引は金融機関から借りられなくなったような不振病院が最後に行き着く資金調達手段。病院は自己負担分の窓口料金を除く診療報酬を国民健康保険団体連合会などに請求して受け取っているが、それには約2カ月かかる。そこで診療報酬債権を割引価額で買い取ってもらい即座に現金化するのがファクタリング取引だ。実態としては診療報酬債権を担保に資金を借りるのと似た面があるが、金利相当に換算した場合、銀行と比べ高いと考えられる。

 一成会とC社との間で17年9月頃に作成された書面によると、1カ月分の債権800万円の譲渡に伴う割引料は1ヶ月あたり7万2千円で、さらに事務手数料が約104万円かかった。差し引きの譲渡代金は3024万円だ。

 おまけに、C社の登記簿を見ると、目的欄には呉服販売や書画・骨董類販売などが並んでおり、一見、金融関連事業を行っているとは思えない謎めいた会社である。さらに18年2月以降、同社は買い取った診療報酬債権をD社なる都内の会社に再譲渡、さらに同年7月にはE社なる都内の会社に三度譲渡と、不可解な動きを見せることとなる。

 そんな禁断のファクタリング取引で捻出された資金はあろうことか、ことごとく一成会の外部へと流出した。最も多くが流出した先は冠心会だ。ファクタリング会社から直接送金された分も含め流出額は10億円近かった。遠藤元理事個人にも一成会から名目不明の6500万円が流れていたし、その実妹には勤務実態がないのに給与や社会保険料が支払われていたという。

 さらに呆れるのは高級ブランド品の支払いにも充てられていた事実だ。17年6月12日、一成会の銀行口座からリシュモン・ジャパンに1468万円が支払われている。「カルティエ」などで知られる高級ブランド企業の日本法人だ。さらに同月30日にはシャネルに2600万円が支払われていた。それら大半の送金元となっていた一成会名義の口座は、遠藤元理事が理事会などに諮ることなく独断でひそかに開設していた簿外口座だった。

 それほどの乱脈ぶりに気づかなかったのも不思議なのだが、オーナーであるはずのオービービーが事態掌握に動き始めたのはようやく19年春になってからだ。17年春頃から冠心会による家賃支払いは滞りがちで、当時はいよいよ医師や看護師に対する給料も遅配が始まっていた。19年4月、一成会の一部理事が東京地裁に準自己破産(後に民事再生手続きに移行)を申し立て、乱脈経営には終止符が打たれた。続く7月、冠心会にも債権者が破産を申し立て(同様に民事再生手続きに移行)、遠藤元理事らはようやく排除されるに至る。そして今回の逮捕劇となった。

食い物にされた一成会と冠心会

 じつは、一成会がファクタリング中毒に陥ったのは経営権交代直後の不透明な支払いによる手元資金の減少が遠因だったとみられる。16年4月中旬、一成会はB社なる都内の会社と仙台市内の医療法人との間でそれぞれ「合意書」を交わしていた。M&Aのアレンジャー報酬を支払うというものだ。売り手や買い手ならともかく、対象法人が支払う筋合いのものでは本来ない。が、一成会は8月1日、B社に3000万円を、仙台の医療法人に1億円をそれぞれ支払った。今回の逮捕理由はこの時の支払いが業務上横領にあたるというものだ。

 逮捕者のうち一人が、このB社関係者・A氏である(のちに不起訴処分)。オービービーに対し一成会買収を働きかけた際、遠藤元理事の隣にいたのもA氏だった。じつはこれまで述べてきたファクタリングも真の取引相手はA氏だったともいえる。C社などにかわり診療報酬債権の管理など実務を行っていたのはB社だったからだ。

 千葉県木更津市の医療法人「徳友会」(14年5月に破産)が偽造書類をもとに医療機器のリース契約を交わし、東京センチュリーに多額の損害を与えたとの事件もあった。

 千葉県内で約10カ所の整形外科クリニックを運営していた徳友会はもともと大手病院チェーン「IMSグループ」の傘下にあり、同グループの理事長が個人で出資持ち分を保有していた。それが売りに出ていると知るや、「田内貴士」なる偽名も使って複数のルートで接近を試みたブローカーがいた。吉富太可士・元税理士がそれだ。12年春、吉富元税理士は大阪市内の医療法人や医師を前面に立てることで徳友会の買収に成功する。

 そして、この時の譲渡先企業の代表者は前述したC社と同一人物だったのである。一連の取引を完成させた吉富元税理士は、後日その報酬を請求するが、その請求先はやはり前述したB社だった。

 億単位のカネが右から左に無造作に行き交う中、吉富元税理士は徳友会の買収前からリース契約に動き、資金を手に入れようと画策を始める。そうして12年夏、東京センチュリーリースから約9億円の資金を引き出したわけだが、書類は医療機器の購入価格を著しく水増しした真っ赤な偽物だったから詐欺行為である。吉富元税理士は逮捕・起訴され、一審で実刑判決が下り、現在は控訴中だ。

裏のネットワーク

 吉富元税理士が捜査線上に浮上したのは何もその時が初めてではなく、いうなればその道におけるプロだった。11年5月にはジャスダック上場企業、富士バイオメディックス(08年10月に民事再生)を巡る粉飾決算事件で逮捕されていた。吉富元税理士は医療法人などのM&Aをでっち上げて架空売り上げを計上する方法などを経営陣に指南していた。同事件では翌12年に有罪判決が確定しており、罰当たりなことに徳友会事件はその執行猶予期間中に行われたものだった。

 吉富元税理士が属していた裏のネットワークは資金難に陥った病院関係者を次々と引き寄せる魔力があった。徳友会買収を巡り接点を持った中には、埼玉県内で整形外科クリニックを経営していた竹森郁氏なる人物がいた。結局、買収話からは途中で手を引いたが、その後、竹森氏は吉富元税理士の口利きで都内の美容外科の買収に乗り出す。資金の出し手だった会社「MKMホールディングス」の銅子正人代表はその後、「テキシアジャパンホールディングス」なる会社で出鱈目な出資金集めに奔走、逮捕されている。まさに魑魅魍魎が跋扈する世界だ。

 なお、竹森氏はその後、名証セントレックス上場のオプトロムに14年秋から短期間だけ関わり、昨年春あたりには横浜市内で遺伝子検査のクリニックを開業しようと動いていた。そうしたところ今年春になり突如、上場ベンチャーへの関与を始めた。竹森氏が出資する「CENEGENICS JAPAN」なる会社と提携したジャスダック上場のテラは新型コロナ関連の発表を機に株価が急騰したことで、今なおその動向が注目を集め続けている。

 今回逮捕された遠藤元理事の冠心会が吉富元税理士の関係企業と接点を持ったのは、遅くとも11年2月のことだった。資金難の冠心会にスポンサーを紹介するとの話だったようだ。怪しげなネットワークに10年近くも毒された果ての乱脈経営の解明はまだ始まったばかり。ネットワークに絡め取られた不振病院はまだまだほかにもある。捜査機関の介入で生じた変調が伝播し、別の火の手がどこかで上がる可能性もありそうだ。

(文=高橋篤史/ジャーナリスト)

高橋篤史/ジャーナリスト

高橋篤史/ジャーナリスト

1968年生まれ。日刊工業新聞社、東洋経済新報社を経て2009年からフリーランスのジャーナリスト。著書に、新潮ドキュメント賞候補となった『凋落 木村剛と大島健伸』(東洋経済新報社)や『創価学会秘史』(講談社)などがある。

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