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野村直之「AIなんか怖くない!」

なぜ2.9兆円で買収された「Slack」がDXの中核なのか?デジタルワークプレイス

文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員
なぜ2.9兆円で買収された「Slack」がDXの中核なのか?デジタルワークプレイスの画像1
「slack HP」より

 米国経済はコロナ禍で惨憺たる状況なのに、なぜダウ平均株価がどんどん上がっているのか? これをバブルとみて、連れ高の日本株の暴落に警鐘を鳴らす向きもあります。しかし、米国では、新型コロナ用ワクチンを何十億回分も受注している大手製薬会社や、GAFAはじめ、大手ネット企業がコロナで業績を伸ばしています。これらの企業の業績向上が今後、ますます期待されるということで、正しい株価上昇が実現しているとみなす向きもあります。私もその解釈に賛成です。

 コロナ禍を経て今後の企業価値上昇が確実視されるサービスでは、オンライン会議が一番わかりやすく、目立つと思います。そのNo.1 企業Zoom社が、Microsoft、Facebook、Googleらの追撃をかわせるかは見ものです。しかし、一見地味ながら、コロナ時代の企業情報システム、DXの中核に位置すべき本命と私が考えるのがSlack(スラック)です。

Slackの凄さ ~いちユーザーから見て

 Slack は、Zoomと同じ年、2013年に産声を上げ、先ごろ、米Salesforce(セールスフォース・ドットコム)によって277億ドル(約2兆9000億円)で買収されることが発表されました。オンラインで会議やセミナー、授業ができるZoomはその効能が超わかりやすいですが、Slackがなぜ良いのか、使っていない人にはなかなか理解できないところがあります。そもそも何をするソフトであるか、略称の元をたどってみましょう。“Searchable Log of All Conversation and Knowledge” 「すべての会話と知識の検索可能なログ」といいます。

 Slack社自身によれば、“デジタルワークプレイス”です。リアルの仕事空間をオンライン化し、デジタル化(≒DX)により情報交換、 情報共有のスピードを桁違いに高める効果を感じます。社内外のコミュニケーションを、いつでも目的、ニーズに応じて作れる“チャネル”を中心に行い、それに複数の相手とSNSのインスタント・メッセージ並みに気軽に、通信の秘密を保ちつつメッセージを交わせるDM(Direct Message)を併用します。DMは送ってしまったら修正できないEmailより優位です。必ず届くしSPAMメールも来ません。画像、音声、動画ほか、多彩な添付ファイルを、チャネルと同様、プレビュー付きで即共有できます。ほぼ挨拶文抜きにしてしまっても抵抗を感じさせない巧みな作りのおかげで、情報内容、仕事の中身に集中できます。

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 このスクリーンショットは、ある時点におけるメタデータ社の社内Slackの一断面です。辞書編集ツールを意味する#diceditというチャネルを開いています。そこのメンバーに対して、私が深夜に思い立って、ツールのうまい使い方を喋りながらデモして見せる様子を画面キャプチャーした2分間の動画を貼ったものが画面上半分にあります。思い立ってから動画を撮って簡単に編集し貼り終えるまでの所要時間は5分程度でした。

 半日後に、別のメンバーから、さらに効率の良い一括編集画面とその使い方が紹介されています。相手が社長だろうが部長だろうが、成果物とその良しあし、説得力で勝負する実力主義なので、ごく当然の成り行きです。「いいね」マークがあまり付かないと、ちょっとがっくり(笑)。もっとわかりやすくできたかも、次回はもっと頑張ろう、と思うだけです。そんな企業文化を醸成してくれるようなユーザーインタフェースといえます。そのように使いこなしている、という説もありますが。

 少し字が小さいですが、紫色の背景に白抜き文字で #times_*** とあるのは、***にメンバー苗字+αのローマ字を入れたチャネルです。個々人が今やっていること、考えていること、おもしろい自分のアイディアや、情報へのリンク、何かに躓いていることなど簡潔に、だだ洩れで書きつないでいきます。その人に少しでも仕事でかかわりのある人はそのチャネルのメンバーになっていて、概ね数分以内、長くて数時間、早ければ十数秒で、問題の原因を明らかにしたり解決のヒントや回避するアイディアなどを書き込みます。数十人に対して常時そのようにアドバイスしながら、自分自身の本業をいくつものプロジェクトにまたがってこなし、毎日何十もの問題解決し続けている猛者が何人もいます。そんな人は、役職、立場(所属)にかかわらずリーダー格としてリスペクトされ、評価されます。

 数十人対数十人でも、数千通りの組み合わせが出てきます。しかし、コミュニケーション量の多寡や質の違いこそあれ、そんなコミュニケーションがこのデジタルワークプレイスで本当に実現してしまっているのです!

Slackで変わったコラボ・ワークスタイル

 役員や管理職からみると、自身の仕事に専念するだけでなく、社内で刻々と誕生するアイディア、データ、知識(これはずばり“Knowledge”というオンラインシステムと連携して管理)、ソースコードやドキュメント(これは“git-lab”で管理し変更時にそのリンクがSlackに自動投稿される)など、リソースが一望できることのメリットを実感します。

 時系列とスレッド、コメント・チェーンを眺められるのは、新聞のテレビ欄をはるかに高度にした感じです。クリックしたら中身を見られるように、デジタルデータの実物、コンテンツの実体や、外部リンクもすぐにたどれるので、ただの番組表ではなく、その先の実体とシームレスにつながっているわけです。

 メタデータ社のようなソフトウェア開発企業の場合、メイン・プロダクトの設計、生産工程の大半がSlack上でリンクされ、コミュニケーションしながら進められます。デジタル工房、デジタル設計室、デジタル企画室を兼ねているといえるでしょう。

 どんなに小さなことでも仕事、コラボがスムーズにいかないとか、もっと自動化できるとか誰かが考えつくと、そのやり方を書き込みし合って、よってたかって、新しいワークスタイルが出来上がり、そのルールが追加、修正されます。Slack自体に対しても、「こんな仕組みがあったら良いよね」、「あれ、前にも一度別の機会におそらく別目的で作ってた似た画面があったような、あった!」などと議論した上で、プラグインやAPIを呼び出すような仕組みで機能拡張することができます。

 これらすべてを常時全部一望できるし、その変化も刻々と追うことができます。時間がたってしまったら、ワークスペース全体を横断検索してくれる検索機能に頼って、物事の経緯をおさらいしたり、時系列の記憶から「いつ頃にやってたあれこれ」を、チャネルやDMの画面をスクロールアップ/ダウンしてたどったりすることもあります。

Slackは仮想オフィス

 以上の描写から、“デジタルワークプレイス”は、仮想オフィスと言い換えても良いことがわかります。その床面積はいかほどか? 私の仕事デスク上では、提携企業との共同チャネルや、顧客情報を保持する秘密チャネルの全部にかかわり、4Kモニタ4枚相当の画面面積のパネル6枚であちこちを開いて読み書きしています(事務机を2つ並べてピアノ椅子を左右に移動しながら)。画面面積がオフィスの床面積という側面はあるでしょう。しかし、瞬時にあちこち行ったり来たりできれば、同時に眺められる領域はさほど大きくなくても良いわけです。

 それよりも、画像、動画、音声をいくら貼りまくっても大丈夫な容量のほうが、オフィスの広さに該当しそうです。標準の有料ユーザー企業の場合、1人当たり11GBだったかのストレージが提供されます。Zoom会議を含む画面キャプチャーの場合、45分間の動画が百数十MBくらいに圧縮できることも多いので、ここ数年、あまりストレージ容量を気にせずSlackを使っています。

 さて、Slackによる仮想オフィス環境でのコミュニケーション、コラボを、リアルのオフィスと比べてみましょう。この写真は、日本企業で典型的な、担当者が島型に並び、その島を横から眺めるように部課長のデスクがにらみをきかせているかたちです。ちなみに米国では平社員も個室が多いです。

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 リアルのオフィスでお互いの顔が見えれば確かに安心感はあるかもしれません。しかし、数十人の間で、前述のSlack上のような、打てば響くようなコミュニケーションができているでしょうか? できているように感じるのは、ただの錯覚ではないでしょうか?

 標準の有料プランではメンバー1人当たり月々1000円程度です。これで、365日24時間、マイペースでみんなテレワークしつつ、密なコラボができる仮想オフィスが確保できる。50人分で月々5万円の利用料は、その人数を収容できるオフィス不動産賃料より確実に安いでしょう。Slackがあれば、少なくとも50%、仕事内容によっては100%テレワークにすることができます。これによるリアル不動産の賃料節減効果よりはるかに安く、質的にも量的にも従来を凌駕するコラボが実現可能です。

 今後、数割増しの料金で10倍のストレージ(記憶容量)を用意してくれれば、多くのユーザー企業がそれに飛びつくことでしょう。可能ではないかと読みます。こんなことは、リアルの不動産では不可能。筆者が経営するメタデータ社でも、10年かけて数千冊の紙書籍を電子化した電子図書館をもっていて、きちんと貸出し手続きした上で、遠隔で読めるようにしていますが、床面積ゼロでたかだか数十GBのストレージで知識共有できるのは素晴らしいことです。今後の法整備にも期待します。

 少し長くなりました。次回は、コロナ対応の業態転換、ワークフロー改善が求められたりするなか、急激に状況が変わる有事のインフラとしてSlackが極めて有効であることを示したいと思います。PDCAに代わるOODA(観察:Observe、情勢への適応:Orient、意思決定:Decide、行動:Act)というキーワードを用いて論じる予定です。

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員。


1962年生まれ。1984年、東京大学工学部卒業、2002年、理学博士号取得(九州大学)。NECC&C研究所、ジャストシステム、法政大学、リコー勤務をへて、法政大学大学院客員教授。2005年、メタデータ(株)を創業。ビッグデータ分析、ソーシャル活用、各種人工知能応用ソリューションを提供。この間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員。MITでは、「人工知能の父」マービン・ミンスキーと一時期同室。同じくMITの言語学者、ノーム・チョムスキーとも議論。ディープラーニングを支えるイメージネット(ImageNet)の基礎となったワードネット(WordNet)の活用研究に携わり、日本の第5世代コンピュータ開発機構ICOTからスピン・オフした知識ベース開発にも参加。日々、様々なソフトウェア開発に従事するとともに、産業、生活、行政、教育など、幅広く社会にAIを活用する問題に深い関心を持つ。 著作など:WordNet: An Electronic Lexical Database,edited by Christiane D. Fellbaum, MIT Press, 1998.(共著)他


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