コロナ禍は企業活動にも大きな影響を及ぼしている。
外出自粛や時短営業の要請などによって、ビジネスの形を変えざるをえなくなった会社も多い。コロナ禍をキッカケに生まれた新しい生活様式は、あらゆるビジネスに多大な影響をおよぼすはずだ。
そうした外的な変化に対応すべく、組織の変化も求められるわけだが、これがなかなか一筋縄ではいかない。他社の事例を真似してみてもうまくいかず、社内の硬直化している現状を打破できない、なんてことが多くの会社で起きている。
一方で幾多の危機を乗り越えながら成長を続ける企業もある。たとえばリクルート、ファーストリテイリング、ソフトバンクといった日本を代表する企業もそうだ。
その3社を渡り歩き、現在は組織戦略の専門家として活動する松岡保昌氏が上梓した『人間心理を徹底的に考え抜いた「強い会社」に変わる仕組み』(日本実業出版社刊)には、組織変革を進めるための本質が書かれている。
では、危機を乗り越え、なお成長し続ける会社になるためにはどうすればいいのか。松岡氏にインタビューを行った。(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。
■他社の成功事例を真似してもうまくいかない理由
――まずは、本書『人間心理を徹底的に考え抜いた「強い会社」に変わる仕組み』を執筆した経緯からお聞かせください。
松岡:3つあります。まず、1つめについてです。人と組織について書かれた本については、理論についても、実話についてもたくさん出ていますが、理論か実話、どちらかに寄ってしまっていることが多いんですね。すると、理論の本を読んで理解はするけど、自分事、会社事として具体的にどう動けばいいか分からない、実話の本を読んで真似をしてみるけれど上手くいかない、ということが起こります。
理論を理解することも、実話を知ることも悪いことではありませんが、そこで一番足りない視点は「自社は何をすべきなのか」ということなんです。自社の現状の中で何をすべきかという視点がなければ、どんなに良い情報も活かすことができません。だから、その視点を伝えたいというのが、本書を執筆した動機の一つめです。
二つめの動機は、実際に組織変革を進めようと思っても、どうやったらいいのかイメージできない人が多いので、徹底的に会社を変えるところまでをイメージできるような情報を伝えることができないかということです。
そして3つめは、組織人事の問題で一番大事なのは「人の気持ち」です。そこを抜かして仕組みを取り入れようとする人が多いのですが、ヒト・モノ・カネの中でお金とモノは意図通りに使うことができても、人だけは意図通りにはいかない。モチベーションの高い集団と低い集団では、同じ人数でもパフォーマンスが大きく異なります。だから、人の気持ちが重要である、と。そこもすごく伝えたかったですね。
――おっしゃる通り、組織変革について書かれた本を読むと、実話か理論のどちらかしか書かれていないことが多いように思います。実話だと、その会社の成長物語や困難に立ち向かった話を読んで盛り上がって、それでおしまいになりがちです。そして、理論だと、そこに新しいフレームワークが書かれていると、「とりあえずやってみよう」という意識になるけれど……。
松岡:そういうことはよく起きていますし、失敗してしまうんですよね。それはやはり自社のコア・コンピタンスを無視してしまったり、理念をしっかり振り返っていなかったりすることに起因します。
もちろん、良いものはどんどん取り入れるべきですが、もっと大事なものがあるという視点が必要で、その例としてこの本の最初に、携帯電話販売会社が自社の強みを振り返らずに効率を優先した結果、顧客が離れていくというエピソードを書かせていただきました。
――まさに第1章のタイトルとなっている「なぜ、他社の成功事例を取り入れてもうまくいかないのか?」ですね。
松岡:そうです。また、理論や実話に寄っている本の内容の受け取り方としてまずいのは、他社で成功をしたから絶対に良いやり方だと考えてしまうことです。もちろん、その成功事例に罪はありませんし、実際にそのやり方で成功した会社もあるのは事実です。だから本になるわけですよね。
でも、それがどんな会社にも共通する成功事例であるかどうかはわかりません。意図した結果にならないケースもありますし、逆に会社がおかしくなることすらあるのです。
――では、他社の事例を取り入れて成功するケースは「たまたま」であることが多いのでしょうか?
松岡:いえ、そういうわけでもありません。その他社の成功事例は、自社の企業理念を実現し、事業の中核的強みであるコア・コンピタンスを強化する方向に向かうのか、まさに自社に合うかという視点で見て、それに合わせる形で導入することができれば、成功の精度は高まります。
■危機を乗り越えて成長する強い企業が持っている共通点とは?
――本書の最もユニークな部分の一つは、松岡さんご自身の経歴が反映されている点だと思います。リクルート、ファーストリテイリング、ソフトバンクという3社を渡り歩き、ビジネスモデルも企業文化も全く違う中から、成長する企業の共通点を導いています。まずはこの3社のそれぞれの特徴を教えてください。
松岡:おっしゃる通り、ビジネスモデルも社風も全く違う3社でした。もちろん、そこに良し悪しはありません。それを前提にお話をしますと、私がいた頃のリクルートは個人の力の集合体のような会社でした。ベースに個人の自由がありました。これは当時社長だった江副浩正さんが「多くのリーダーシップ論では、1匹のライオンが100匹の羊を操る術が説かれているが、私はライオンになれないので、100匹のライオンを束ねる羊なろうと思った。そういうやり方があってもいいのではないか」というコンセプト通りです。
次に勤めたファーストリテイリングは、首尾一貫して、いかに組織全体が機能的に動くかが大事な会社でした。その意味ではリクルートと全く逆ですね。でもそれはビジネスモデルとかみ合っていて、逆にそれが実現できなければ成長はないという状況でした。
ソフトバンクは何をすべきかを決めるときに徹底的にブレインストーミングをするんです。そして決めたことは徹底してやり抜く力がある。つまり、他人の脳みそまで使って何をやるべきかを決断する力と、やり抜く力の両方があるということですね。PDCAのスピードも速くて、大企業では1、2週間かかることをソフトバンクでは1日、2日でやり遂げてしまう。それくらいの差がありましたね。
――松岡さんはリクルートからファーストリテイリングに移られていますが、社風もビジネスモデルも全く逆ですよね。個人として合う・合わないがはっきり出そうですが、松岡さんは大丈夫だったのですか?
松岡:それが後ほどお話しようと思っている共通点に通じてくるのですが、当時のファーストリテイリングはビジネスモデルを「製造小売り」に転換している時期で、伸び悩んでいたんです。ただ、経営トップの柳井正さんは、まず日本一、そして世界一になりたい、アパレルの世界を変えるのだと言っていました。私はその趣旨に賛同したので、どうやったらそれが実現できる企業文化になるのかを実践したくて、ファーストリテイリングに移りました。
同じようにファーストリテイリングからソフトバンクに移ったときも、同じように経営トップの孫正義さんの趣旨に賛同して移りました。社風やビジネスモデルというよりは、企業として何を目指しているのかがしっかりしていたため、コミットメントできたと思います。
――ソフトバンクは孫正義さんをはじめとした経営層への絶対的な信頼がありそうです。
松岡:経営層への信頼というよりは、世の中に提供する価値を表す「社外規範」への共鳴というニュアンスが強いです。世の中を変えていく集団の中に自分も参画しているという感覚ですね。リクルートやファーストリテイリングでもそうでした。自分たちが世の中に影響を与えて、社会を変えているという実感を持つことができれば、気概もアドレナリンも出てきます。
――他に3社に共通する強さを生み出すポイントはありますか?
松岡:PDCAのサイクルのスピードが強烈に速いことですね。リクルートには「なぜそう思っているのにすぐ言わない、なぜやらないんだ。すぐにやれ」という文化がありますし、ユニクロは即断即決即実行を大事にしています。「52週のマーケティング」にしても、愚直に週末までの売上を月曜日の朝確認して、すぐに次の土日の売上のための手を打っていくという、PDCAのサイクルができていました。
ソフトバンクも毎日のようにシミュレーションをして、ABテストなども日々重ねていく。それはウェブ関連だけでなく、営業電話の仕方ひとつ取ってもそう。どっちのやり方が響くのかデータを取って良い方法を選択していきます。
――PDCAのスピードは猛烈に速いけれど、それぞれ回す仕組みは違うのですか?
松岡:もちろん、違います。ビジネスモデルが違いますから。ただ、スピードが速いという共通点はあります。それというのも、自社に合った仕組みを取り入れているから、それが達成できるわけですよね。
――この3社にも危機はあったと思いますが、その乗り越え方にも共通点はあるのでしょうか?
松岡:3社の危機を具体例で説明すると、リクルートでは1988年にリクルート事件が起きました。あれほどの教科書にも載るような事件を起こした会社で、現在も成長し続けている会社はなかなかないと思います。私も当時社内にいましたが、ものすごく世間から叩かれましたね。
ユニクロも2000年、2001年と毎年売上を倍増させるほど伸びたのですが、その直後、逆風が吹いて急激に売上が下がってしまいました。でも、その危機を乗り越えて成長を続けています。
ソフトバンクは危機というわけではないのですが、積極的投資を進めて1000億円近い赤字を3年出し続けたことがあります。Yahoo!BBを始めた頃ですね。私が入社する前の話ですが、全社的な緊張感は高かったようです。でも、それを徹底してやり抜いたのが、ソフトバンクの力なんですよね。
こうした経験を通して言えることは、まずは日頃から「理念」を共有ができているかどうかがすごく重要だということです。リクルート事件のときは電話をかければすぐに切られるし、飛び込み訪問したら塩を撒かれるくらいの勢いで拒絶されました。そんな中で私たちが考えていたことは、社名は関係なく自分たちの事業はどんなことがあっても残すということでした。それは自分たちがやっていることは、絶対に社会のためになるという覚悟があったからです。
――それが先ほど言っていた「社外規範への共鳴」という点ですね。
松岡:そうです。自分たちが事業を通して成し遂げようとしていることに本気になっている。だからこそ、会社は危機を乗り越えられたのだと思います。逆に言えば、会社の看板がなくても仕事をするぞという覚悟です。
また、「社外規範」への共鳴とともに、社内で理想とされる行動や考え方、つまり行動指針である「社内規範」への共鳴もありました。リクルートの社内規範である「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という働き方に共鳴していたんですよね。
これは、ファーストリテイリングもソフトバンクも同じでした。世の中を変えるという社外規範があって、そこにコミットメントしている。だから危機を乗り越える共通ポイントは何かというと、「社外規範」と「社内規範」への共鳴が大きな1つとしてあげられます。
――その礎となるような部分がしっかりしているわけですね。そうした社内外の規範に社員が共鳴する仕組みがあったのでしょうか?
松岡:これも大事なポイントですが、上司が「理念」に則った会話や対話をしているかという視点が重要です。コミュニケーションの中で根付かせることが必要なんです。たとえば、理念で「顧客のため」と言いつつも、部下が営業先から会社に戻ってきたときに、上司が「売上は? 契約は取れたのか?」だけを聞いたら、極端な言い方ですが「騙してでも契約を取ってこい」というニュアンスになりますよね。
――確かに顧客ではなく数字だけが大事だと聞こえます。
松岡:でも、同時に上司が「お客さんは喜んでくださったか? 提案に驚いてくださったか?」と聞くと、顧客が大事だと皆が思うでしょう。だから企業理念と重なる価値観を上司が普段から問いかけているか、社員に求めているかというのは、社内の会話でわかるんです。日常の会話を聞けば、何を大事にしているかがよくわかる。
――なるほど。そうなるとマネジメント層やいわゆる上司と呼ばれる人たちの中にいかに理念が浸透しているかが問われるのではないですか。
松岡:おっしゃる通りです。トップだけがメッセージを発していてもなかなか浸透はしません。幹部全体もそのメッセージを発信し、さらにその下のマネージャーに浸透させていく。上から順に腹落ちさせていくということは、すごく重要です。
その時に鍵を握るのは、幹部やマネージャーの価値観が一枚岩になっているかどうかですね。例えば、岐路に立った時に右にも左にも行けるけれど、うちの会社は右を選択するよね、という価値観を共通して持っていると、会社はすごく強くなります。
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。