ビジネスジャーナル > 企業ニュース > コロナ禍で秘かにピアノブーム到来
NEW
篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

コロナ禍の巣ごもりで秘かにピアノブーム到来、中古ピアノも価格高騰か?調律師も多忙

文=篠崎靖男/指揮者
コロナ禍の巣ごもりで秘かにピアノブーム到来、中古ピアノも価格高騰か?調律師も多忙の画像1
「Getty Images」より

 2年ぶりに自宅にあるピアノを調律しました。通常は1年に1回程度、ピアノ調律師がやってくることになっているのですが、コロナ禍ということで昨年は調律をしなかったのです。

 2年もたてばピアノの調律はひどく狂い、例えるならば、半年以上も髪の毛を切らなかったような、なんとも落ち着かない気持ちで弾いているのが本音でした。「指揮者がピアノを弾く」というと不思議に思われるかもしれませんが、指揮者用スコア(すべての楽器の音符が1冊に収めてある楽譜)を研究するために弾いてみることもありますし、指揮者は“音を出さない唯一の音楽家”だけに、時々、無性に音を出して音楽を演奏したいと思うこともあって、ベートーヴェンやバッハのピアノ曲を弾いたりするのです。

 ピアノ調律師のなかには、コンサートホールのグランド・ピアノを調律することを専門とするようなスペシャリストもいますが、ほとんどは顧客の自宅を訪ね歩きながら調律していきます。昨今の状況下では、その自宅を訪問することがネックとなり、調律師も音楽家と同じく大変なのではと思いながら、同じ苦労をしている音楽業界の仲間として助け合わないといけないとも思いつつ、昨年は調律を頼めませんでした。そこで今回の仕事を終えた調律師に「今は調律を依頼するお客も少なく、大変でしょうね」と伺ってみたところ、返ってきた答えは意外なものでした。

「結構、忙しいんですよ。というのは、巣ごもり生活のなか、ピアノを購入して弾き始める方が多いのです」

 ピアノはサイズも重量も大きく、家の中で移動するだけでも専門業者に頼まなくてはならないような楽器です。その半面、とても繊細で、移動するだけでも音が狂うので、引っ越しのあとにはもちろん、ピアノ専門店で購入した新品でも、家に運び込んだあとには調律が必要になります。

 しばらく弾かずにホコリをかぶったままだったピアノを、この機会に再び弾いてみようとしたものの、あまりにもピアノの状態がひどくて弾けたものではない、という方もいらっしゃるでしょう。そんな方々がコロナ禍では増えており、調律師は大忙しになっているようです。

 ピアノを始めた方のなかには、電子ピアノを購入した方も多いと思います。初心者のための入門者モデルなら、5~6万円も出せば手に入れることができますし、調律も必要なく、深夜でもヘッドフォンを使えば、ショパンでもベートーヴェンでもジブリの音楽でも、家族や近所に気兼ねなく弾くことができます。

 それでも、やはり本物のピアノの音に勝るものはありません。とはいえ、ちょっと始めてみようかと気軽に手を出すには、ピアノはかなり高額です。ピアノの市場を調べてみたところ、中古のアップライト・ピアノでも40万円以上は当たり前で、100万円クラスも珍しくはありません。メーカーなどにあまりこだわらなければ、新品ピアノのほうが安い場合すらあります。40~50年といわれるピアノの長い耐久性だけでなく、現在のピアノ需要の高まりもあって、中古品といえども値段が高止まりしているのかもしれません。

 実際に、あるピアノ買い取り業者のサイトによると、老舗ピアノメーカー、ヤマハの中古アップライト・ピアノの買い取り価格は、現在、驚くほど高騰しているそうです。ただ、さすがに中古ピアノの販売価格を一気に上げることもできないので、販売価格は“高騰”というほど上がってはいないそうですが、世界的に中古アップライト・ピアノの在庫が少ない状況のようです。

 コロナ禍で自宅にこもりがちでも、今まで興味があったことにチャレンジする方も多いと聞きます。そんななか、ピアノは指で叩くだけで正確な音が出るので、ほかの楽器に比べても初心者にお薦めです。それも、ピアノに人気が集まる理由でしょう。

アップライト・ピアノブームで連弾が大人気に

 実は19世紀のヨーロッパでも、きっかけはまったく違いますが、一大ピアノブームのようなものが起こっていました。

 ピアノの先祖は、ハープのように弦を指ではじいて演奏する楽器です。そのハープを横に寝かせて箱の中に入れ、指ではじくのではなく、鍵盤を叩くことで装置が弦をはじくのが、雑な説明ではありますが、ピアノの前身のチェンバロという楽器です。チェンバロには独特で気品ある音色があり、モーツァルトの頃までは重宝されています。今でも愛好者は多く、僕も大好きです。

 ところが、チェンバロははじくだけなので、弱点として音の強弱がつきません。そこで大きな進化がありました。それは、強く張った弦をハンマーと呼ばれる装置で叩くことで、音の強弱が自由に出せるようになったのです。

 この新しい楽器は、当初は「フォルテピアノ」と呼ばれていました。本来の言葉の意味は、「フォルテ」は「音を大きく」、「ピアノ」は「音を小さく」ですが、「フォルテもピアノも自由に出せるので、『フォルテピアノ』という楽器名にしよう」となったわけです。そして、その名前がだんだん省略され、「ピアノ」となりました。

 そんなピアノは構造上、長い弦がたくさん(現在のピアノでは約230本)あるため、設置には大きなスペースを必要とするのが難点です。大きな屋敷に住んでいる王侯貴族ならともかく、19世紀の王侯貴族の没落によって台頭してきたブルジョワジー(中流市民階級)の自宅くらいでは、ピアノを置いておく場所がありません。そこで、大きな場所を取るグランド・ピアノの代わりに、弦を立てて配置するアップライト・ピアノ(直立ピアノ)が開発され、1850年代には一般家庭の居間に置かれる主流のピアノになり、現在まで続いています。

 19世紀のヨーロッパには“アップライト・ピアノブーム”といってもよいくらいアップライト・ピアノが普及しましたが、そこには歴史的理由もありました。フランス革命のあとに市民階級が台頭したものの、ほどなくして王政復古が起こり、市民は再び自由のない閉鎖的な社会に戻ってしまいました。そこで市民は、理想主義で観念的なものではなく、簡素でありながら日常的な平和を求めるようになっていきます。

 この時代を歴史では“ビーダーマイヤー時代”と呼びますが、そんな19世紀のブルジョワたちの理想といえば、自宅に帰れば貞淑で美しい妻と心清らかな娘が2人でピアノを連弾しているような、家庭的で平和な風景でした。

 実際に、19世紀には2人で弾くためのピアノ連弾の楽譜も多く出版されました。ブラームスはピアノ連弾曲集『ハンガリー舞曲集』を作曲するなど大ヒットを飛ばし、超売れっ子作曲家の仲間入りを果たしました。さらに、もうこの世にいなかったベートーヴェンやモーツァルトの交響曲までもピアノ連弾に編曲され、ブルジョアの良家子女によって、屋敷の居間で盛んにが演奏されました。当時はCDもストリーミングもない時代ですので、モーツァルトからチャイコフスキーの交響曲まで、アップライト・ピアノの連弾で楽しまれたのです。

 それが20世紀に入ってしばらくすると、交響曲のピアノ連弾はぱたりとなくなってしまいます。レコードの出現が、仲睦まじい母娘のピアノ連弾をステレオのスピーカーに置き換えてしまったのだと思います。

 さて、現在では、あまり弾かれることがなくなってしまった交響曲のピアノ連弾の楽譜ですが、今でも使い古されてぼろぼろになった楽譜が活用されている場所があります。それは、音楽大学の指揮科の教室です。指揮学生がオーケストラを指揮できる機会はほとんどなく、僕も音大生時代にはピアノ連弾を指揮して、「もっとベートーヴェンの交響曲を勉強してこい!」と指揮科教授に叱られていました。ちなみに、指揮を見ながら弾くピアニストは、アップライト・ピアノだと指揮が見えないので、グランド・ピアノを使います。

 しかも残念ながら、アップライト・ピアノはグランド・ピアノに比べると音色や音の強弱では到底及ばないため、実家から上京してきた音楽大学のピアノ科の学生ともなれば、小さなワンルームマンションの部屋になんとかグランド・ピアノを運びこみます。夜は体の半分をピアノの下に入れて眠るような状況も珍しくありません。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

●オフィシャル・ホームページ
篠﨑靖男オフィシャルサイト
●Facebook
Facebook

コロナ禍の巣ごもりで秘かにピアノブーム到来、中古ピアノも価格高騰か?調律師も多忙のページです。ビジネスジャーナルは、企業、, , , , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!