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藤和彦「日本と世界の先を読む」

中国・習近平は、なぜ被災地ではなくチベットに行ったのか?“ダライ・ラマ”リスクで中印の軍事的緊張

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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「Getty Images」より

 河南省をはじめ中国の多数の地域が豪雨災害に見舞われていたのにもかかわらず、習近平国家主席は7月21~22日、中国の指導者としては30年ぶりにチベット自治区を視察し、住民に対して共産党への忠誠を求めた。

 人民解放軍が1950年から51年にかけて侵攻し全土を制圧して以来、チベットは中国の自治区となっている。自治区の人口の8割強はチベット族であり、大半のチベット族はチベット仏教の信者である。中国の憲法は建前上信教の自由を認めているが、共産党はチベット仏教への弾圧を続けている。

 その象徴がチベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世である。1959年に中国の圧政に耐えかねてインドに逃がれて亡命政権を樹立し、現在に至っている。しかしダライ・ラマは高齢となり、後継者問題が浮上している。この問題はチベット亡命政府だけでなくチベット全体に関わることであり、中印両政府は頭を悩ませている。

 中国政府はダライ・ラマのことを「祖国分裂活動家」と規定し、同氏と関わろうとするあらゆる動きに不快感を表明してきた。インド政府は2019年まで中国との関係を考慮してチベット亡命政府と距離を置いてきたが、今年7月6日に、ダライ・ラマの86歳の誕生日にインドのモディ首相は直接電話をかけて誕生日を祝った。

 インド政府が方針を転換した背景には、昨年6月の国境紛争地での武力衝突で中印関係が極度に悪化したことがある。インドを訪問したブリンケン米国務長官も7月28日、ニューデリーでダライ・ラマの代理人を通じて誕生日の祝意を伝えた。米印両国が中国が極度に神経質になる「ダライ・ラマ・カード」を切ったのである。

 このような動きを中国側は見逃すわけにはいかない。習氏がインドとの国境紛争から約1年後にチベットを視察したのには「米国と歩調を合わせるインドを牽制したい」という狙いがあるのは間違いない。中国が米国に代わって世界の覇権を握るために、今後ライバルとなりうる可能性があるインドを抑えておかねばならないとの思惑も見え隠れする。

中国、急速に軍拡の背景

 中印両国は今年2月、ヒマラヤ西部の国境紛争地の一部からの軍の引き揚げで合意したが、その後の撤退交渉は停滞し、むしろ軍拡の動きが強まっている。6月28日付ブルームバーグによれば、インドは6月までの数カ月間に部隊と戦闘機中隊を中国との国境沿いの3地域に移動させたという。注目すべきはインドの対中軍事戦略の大転換である。インド軍の係争地駐留はこれまで中国側の動きを阻止することを目的としていたが、今回の兵力再配備により「攻撃防御」と呼ばれる戦略の運用が可能となり、必要に応じて中国領への攻撃や占拠を行うことができるようになる。

 インド側の軍事力増強は中国側の動きに触発された可能性がある。インドによれば、中国人民解放軍は最近、係争地の監視を担当する軍管区にチベットから追加兵力の配備を行うとともに、新滑走路や戦闘機を収容するための防爆バンカーを整備し、長距離砲や戦車、ロケット部隊、戦闘機などを追加投入しているという。

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