渋谷の落書き清掃に年2000万円…アートで「都市コスト」を資産に変える逆転の発想とは?

●この記事のポイント
アートプロジェクト「TYPELESS Vol.3」は、渋谷駅前の落書きによる年間約2,000万円の都市損失に対し、アートで公共空間をアップデートする都市経営施策。再開発エリアの支柱等を活用し、清掃コスト削減とブランド向上を両立。Vol.3ではアーティスト応募数が78件と急増し、作品をインフラとして継続更新する運用モデルを確立。文化価値を経済価値へ変える「文化経済」の実装を目指している。
2026年2月25日(水)、渋谷ヒカリエ 8F COURT にて、アートプロジェクト「TYPELESS Vol.3」のメディア向け発表会が開催された。
TYPELESSは、渋谷駅前の落書きやステッカーによる景観悪化がもたらす都市イメージの低下や清掃コストの増大といった課題に、「アートの力で向き合う」ことを目的に2023年に立ち上がったプロジェクトだ。単なる文化事業ではなく、都市の維持コスト削減とブランド価値の向上を同時に狙う“都市経営の施策”としても注目されている。
今回の発表会テーマは「落書きが生む年間約2,000万円規模の都市損失にアートの力で挑む」。実際に作品を手がけたアーティストも登壇し、これまでの成果とともに、Vol.3で新たに取り組む内容が紹介された。
●目次
TYPELESSが目指す「落書き対策以上」の価値

発表会では、主催の一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメントの事務局長が登壇し、TYPELESSの目的を次の3点に整理した。
・渋谷駅前の落書きやステッカーなどの景観問題をアートの力で解決する
・再開発中から公共空間を豊かにする
・アーティストが挑戦できる環境をつくる
これまでの具体的な取り組みと成果は以下の通りだ。
Vol.1(2023年度):マークシティ下の支柱にアートを施し、落書きやステッカーが目に見えて減少。

Vol.2(2024年度):ハチ公広場・渋谷駅A8出入口周辺の景観を改善。「待ち合わせ場所」として機能し始めるなど、来街者の行動にも変化が生まれた。

いずれの回も公募審査を経てアーティストが参加する仕組みであり、公共空間での掲出実績は、アーティストのキャリア形成におけるポートフォリオとしても機能し始めている。
応募数は約20倍へ…Vol.3で見えた「持続可能な更新モデル」
2026年2月25日に始まったVol.3では、Vol.1でも活用したマークシティ下の支柱8本を舞台に、4人のアーティストによる8作品が新たに掲出される 。Vol.1作品の経年劣化に対応しつつ、新たなアーティストに門戸を開く試みだ。
特筆すべきは、アーティストからの注目度の高さである。応募数はVol.1の4件、Vol.2の12件から、Vol.3では78件へと急増した。公共空間への掲出自体がブランド価値として評価され、人材と作品の流入を持続的に生み出す基盤になりつつある。
事務局長は、「アーティストの挑戦できる環境は一過性で終わってはあまり意味がない。持続的に回すことで、初めて街のイメージが変わる」と、アートを街のインフラとして継続的にアップデートしていく重要性を強調した。


文化的価値を経済的価値へ…「文化経済」の実装に向けた展望
イベント終了後、プロジェクトの企画制作パートナーである株式会社Embedded Blue代表取締役・片岡奨氏に個別インタビューを行った 。行政とアーティストのあいだに立ち、プロジェクトの設計を担う同氏は、アートを社会課題の解決策としてどう位置づけているのか 。
落書きが減少した要因について、片岡氏は「人が“作品”として成立しているものの権威に対しては、どんな人にも機微を感じ取る感性がある」と分析する 。単なる塗りつぶしではなくアートを介在させることで、心理的な抑止力を生んでいる 。
さらに片岡氏は、ビジネス的な視点から「文化的価値を経済的な価値へと変換する“文化経済”の営みをつくりたい」と語る 。

「今回のように高い認知が得られる場所があるなら、広告主も見えてくる。本来は屋外広告として販売されるような場所に、アートを掲げること自体をブランディングにしたい企業も多いはずだ」
現在は条例上の制約があるものの、企業広告とアートを掛け合わせ、その広告費をアーティストに還元する仕組みは実現不可能ではないと見ている 。
再開発後も「アートが当たり前にある景色」を
現在は主に工事中の仮囲いなど“余白”を活用しているが、再開発完了後にこの取り組みをどう展開するのか。片岡氏は、街が建物で密になっても、アートが介入できる余地は「むしろ無限にある」と断言する。
「そもそもここには何があるべきなのか」という問いを立てれば、街をシンプルに整える行為そのものもアートになり得るからだ。
TYPELESSは、落書き対策というローカルな課題から出発しつつ、清掃コストの削減、公共空間のブランド化、そしてアーティストのキャリア形成という複数の価値を束ねようとしている 。渋谷発のこの実験は、都市経営とアートマーケットの双方が持続可能な形で交差するための、重要な試金石となりそうだ。
(取材・文=福永太郎)






