半導体大手キオクシアホールディングス(HD)(旧東芝メモリHD)は新規上場するのか。それとも同業の米ウエスタンデジタル(WD)と経営統合するのか。東芝再生のための切り札といわれるキオクシアは岐路に立たされている。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)電子版は8月25日、WDがキオクシアとの合併に向けた交渉を進めていると報じた。買収額は200億ドル(約2兆2000億円超)。早ければ9月中旬にも合意する可能性があるとしたが、9月中の発表はなかった。WDとキオクシアはデータ保存に使うNAND型フラッシュメモリーの工場に共同で出資するなど提携関係にある。WSJは関係者の話として「長年続いてきた合併に向けた話し合いが活発化」と伝えた。WDは株式交換によって200億ドル超の買収代金を賄い、合併後の新会社の最高経営責任者(CEO)にはWDのデイビッド・ゲクラーCEOが就く予定だという。
一方で、キオクシアは我が道を行き、経営統合ではなく株式上場を選択するという報道もある。9月3日付日刊工業新聞は、新規株式公開を優先すると伝えている。キオクシアは20年10月、東京証券取引所への上場を目指していたが、米中対立による市場環境の激変などを理由に延期した。
「筆頭株主の米国ファンド、ベインキャピタルなどは、より高値での保有株売却に向けてIPOの時期を詰めていた。NAND型フラッシュメモリーの価格も上げ基調で、2021年7-9月期も好業績が予想されるため、11月の上場が絶好のタイミングとみられる」(日刊工業新聞より)
だがキオクシアが9月中の取締役会で上場申請を諮ることはなかった。
統合を経産省が容認している理由
キオクシアはWDと経営統合するのか。それとも新規上場の道を選択するのか。思惑が交錯するなか、経済産業省が動いたとされる。ロイターは9月3日、「WDとの合併について、協議の行方を左右する経済産業省からは容認論が出ている」と報じた。
しかし、キオクシアとWDの統合実現へのハードルは高い。独占禁止法に関連した規制を強化している中国当局は、米国企業のM&A(合併・買収)審査にとりわけ厳しい。米半導体大手クアルコムは18年、中国の承認を得られずオランダの車載半導体大手NXPセミコンダクターズの買収を断念した。前出ロイターはこう伝えている。
「経産省内には中国の動きだけに読めないとする声がある一方、『中国企業はウエスタンデジタルやキオクシアのメモリチップを必要としている。中国政府がノーということはない』との見方も出ている」
半導体は今、国際政治のホットなテーマである。今年春、ワシントンで菅義偉首相(当時)とバイデン大統領の日米首脳会談が開かれた。主要なテーマの一つが半導体だった。バイデン政権は日米欧で最先端半導体を共同開発する「多国間基金」の創設を提案。バイデン大統領は記者会見で「サプライチェーンで日米の協力関係を拡大する」と宣言した。
米政権が日本に半導体分野での連携を求めるのは、ハイテク分野で世界市場を席巻する中国に対抗するためだ。米半導体の多くは工場を持たないファブレス企業だ。米国の世界生産シェアは1990年の37%から20年に12%にまで低下。半導体供給網に関して中国リスクが、一段と高まってきた。
このためバイデン政権は半導体生産を支援する法案を検討している。補助金などで500億ドル(約5兆5000億円)の巨費を投じる計画と伝えられた。先端半導体の米国での現地生産に資金を投じ、メモリーのような汎用半導体は日本や韓国など同盟国からの調達を増やす。
日米首脳会談と時を同じくして、WDとキオクシアの経営統合案の検討が進んだという見方もある。今春、WDのデイビッド・ゲクラーCEOは日本を訪れ、「キオクシアを買収したい」と直接、申し入れた。WDはキオクシアと統合できればシェア首位の韓国サムスン電子に匹敵する勢力となる。
一方、キオクシア株の売却で得た資金を株主に還元して「物言う株主」を黙らせたい東芝の首脳陣やキオクシアの大株主の米投資ファンド、ベインキャピタルは、上場することによって現金を手にすることができる。IPO志向が強く、ゲクラーCEOの要請はいったん頓挫したかに見えた。
だが、日米首脳会談で流れが変わった。
「WDとキオクシアの経営統合を、バイデン体制で加速する日米半導体連携の第一歩と位置づけるという考え方が台頭した。国内企業の保護を錦の御旗に掲げる経産省がキオクシアとWDの統合を事実上容認したのは、日米首脳の暗黙の了解を忖度したからだろう」(国内半導体業界の首脳)
あくまで上場を目指すのか。キオクシアと親会社、東芝の判断は一企業の損得のレベルを突き抜けたといっても過言ではない。東芝、ベインキャピタルが求めるIPOか。それとも政府=経産省が日米連携と位置づけているWDとの統合か。東芝とキオクシアの取締役会は、早期に結論を出せるのか。
(文=編集部)