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『青天を衝け』で渋沢栄一vs岩崎弥太郎!…人材活用の違いに見る創業の渋沢、支配の三菱

文=菊地浩之
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三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎は、意外なことに渋沢栄一と違ってほとんど会社を設立していない。“実業の父”と呼ばれた栄一と、三菱の基礎を築いた弥太郎。2人は共に明治初期を代表する起業家だが、事業への姿勢には大きな違いがあったようで……。(画像はWikipediaより)

『青天を衝け』、ついに登場した岩崎弥太郎、渋沢栄一と宴席で激論を闘わす

 NHK大河ドラマ『青天を衝け』で岩崎弥太郎(演:中村芝翫)が登場。ついに渋沢栄一(演:吉沢亮)と海運事業をめぐって対決していく。第34回(11月7日放送)では、有名な逸話である船遊びでの激論が描かれる(大河ドラマでは宴席での話になっているらしい)。弥太郎が栄一を船遊びに誘い、企業活動の方針について持論を闘わせたのだ。

弥太郎「実は少し話したいことがある。これからの実業はどうしたらよいだろうか」
栄一 「当然、合本(がっぽん:株式会社方式で広く出資を募る)法でやらねばならぬ、(独裁的な)今のようではいけない」
弥太郎「合本法は成立せぬ。もう少し専制主義で個人でやる必要がある」

と大激論を交わした。収拾がつかなくなったので、栄一はその場を引き揚げたという(弥太郎が栄一に、共同で事業を進めていけば天下を取れると説得したという説もある)。

 2人は明治初期を代表する起業家であるが、仲が良くなかった。性格の違いもあるが、考え方というか、事業のやり方に大きな違いがあったようだ。

多くの会社を興すも、支配し続けることに興味がなかった渋沢栄一

 栄一はたくさんの会社を設立したが、それらを自分の支配下に置かなかった。栄一は渡欧経験があり、西洋文明のすばらしさを身をもって体験していた。それを日本にも広めたい。その思いが強かったこともあろうが、それ以上に新しい産業・会社を興すことが好きだったのだろう(性格的な問題だ)。ものを創ること自体に喜びを見いだすような人物は、できたものの維持運営には往々にして興味がない。

 栄一もそのご多分に漏れず、設立した会社で金儲けすることにはあまり興味がなかったらしい。それらの会社を自らの支配下に置き続けるには株式を保有し続けることが必要だが、栄一はそれを売却して資金を用立て、次の会社を設立する原資とした。

 できたものを維持運営するカネがあるなら、それで新しい事業を興したい。できた会社を支配するつもりがないから、出資は最低限でいい。残りのカネは合本(がっぽん)で集めよう! 合本は栄一の理想にきわめて合致したビジネス・システムだったのである。

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創業することこそに喜びを見いだした渋沢栄一。1840(天保11)年に武蔵国・血洗島村に生まれ、1931(昭和6)年に東京の王子飛鳥山邸で没した。
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