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木村誠「20年代、大学新時代」

「親ガチャで人生が決まる」は本当か?それどころじゃない子持ちの就職氷河期世代

文=木村誠/大学教育ジャーナリスト
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教室で勉強する女子生徒
「gettyimages」より

 2021年にヒットしたテレビドラマ『二月の勝者』(日本テレビ系)第1回で、主人公の若手の進学塾校長が、生徒の親について「父親の経済力と母親の狂気」と言い放つセリフが印象に残った。父親は「金を引き出すATM」とも言っていた。

 母親の「狂気」という点は過剰な思い入れと言い換えてもよいが、特に男子生徒の母親に顕著のようだ。たとえば、首都圏で有名私立中高に男の子を進学させ、東京大学や医学部を狙うには、多くは母親の熱意とそれを支える家庭の経済力が不可欠ともいえる。

 昨年の流行語にもなった「親ガチャ」を思い出す。ゲームで景品などを引き当てるガチャガチャのイメージで、どんな親の間に生まれたかで、その子どもの人生が決まってしまう、という意味合いだ。

 今から半世紀以上前、女子生徒の多くは高校を卒業して就職するか、せいぜい短大に進学するくらいのものだった。当時、私の同級生で4年制の大学に進む女子は10%にも満たなかった。男子でも4年制大への進学率は20%前後であり、彼らの姉妹のほとんどは高卒で就職していた。女性の進路選択は、本人の希望より家庭の経済力を優先していた時代だった。その意味で、子どもにとって親を選べないのは昔も今も同じだ。

 では、今なぜ「親ガチャ」という宿命論が流行ってしまうのだろうか。わけもわからない幼児のときから、有名幼稚園入学のための予備校や幼児向け英語スクールに通わされる。競馬に例えるなら、大学進学に向けて競走馬のように走らされるようなものだ。本人にとっては、自分の意志にかかわらず、調教師である親に用意されたレースを走るイメージだ。

 しかし、そのレースを完走すれば、有名大学から有名企業というゴールに入り込め、まさに受験の勝利者になれる。それには、伴走者である親の熱意と馬主の経済力が欠かせない。まさに親ガチャだ。

 岸田文雄首相は、東大合格を狙ったものの、結果は2浪して早稲田大学に入学した挫折体験を売り物にしているが、同時に出身高校である開成高校への愛校心を公言している。ところが、開成高OBの自民党議員の数名は、菅義偉前首相が選ばれた2020年秋の自民党総裁選では、岸田氏以外の候補に投票したと言われている。政治的利害は、愛校心を超えるのだろう。

 慶応義塾同窓会の三田会のようには話題にはならないが、有名超進学高校の卒業生ネットワークは、情報量やスピードなどの点で、同業者間ではうらやましがられていると、公立高校OBの弁護士が取材時に半分愚痴交じりに話していた。かくして、親ガチャにもつながる効用は生涯続くのだ。

 以上も踏まえると、経済力があり、子どもの教育にすべてをかける親は(親ガチャをもじって)「ガチャ親」というべきだろう。

馬鹿にならない「ガチャ親」のコスト

 コロナ禍で公立の小学校が一斉休校となった一方で、私立の小学校はオンラインで授業をいち早く再開し、「ガチャ親」の私立校に対する信頼度が高まった。

 しかし、そのコストは馬鹿にならない。文部科学省の子どもの学習塾、習い事などへの支出も含んだ年間の学習費調査(2019年度)によると、幼稚園は公立22万3647円・私立52万7916円、小学校は公立32万1281円・私立159万8691円、中学校は公立48万8397円・私立140万6433円、高校(全日制)は公立45万7380円・私立96万9911円となっている。

 幼稚園3歳から高等学校(全日制)3年までの15年間について、各学年の学習費総額をケース別に単純合計すると、すべて公立の場合は約541万円、幼稚園・小学校・中学校・高等学校すべて私立の場合は約1829万8000円で、私立が約3.38倍となっている。

 それにもかかわらず、「ガチャ親」は我が子の私立小中高入学を目指す。コロナ禍でオンライン授業を有効に機能させ、進学指導の充実ぶりが伝わる私立校と、ゆとり教育でゆるくなっている公立校との教格差は、「ガチャ親」にとっては歴然としており、いよいよ決意を強めるばかりだ。こういった小中高の教育→最終学歴→収入格差は、親ガチャによって親→子→孫と伝承する。

なぜ「ガチャ親」は私立校に執着するのか

 親がなぜ私立校に執着するのかといえば、教育格差の結果、日本の難関大学の合格者数の上位ランクのほとんどを、私立校の生徒が占めているからだ。たとえば、東大合格者数の高校別の実績を見ると、有名私立進学校の開成高や灘高がいつもトップクラスで、国立の筑波大学附属や学芸大附属を除けば、公立校はベスト10には入っていない。しいて言えば、愛知県の岡崎高校が健闘し、ベスト10入りをうかがっている程度だ。ベスト11位以下も私立高が多く、かつての地方の公立名門校の凋落が目立つ。

 東大だけでなく、他の旧帝大系大学や早慶、医学部などでも、私立の有名進学高の合格者数データが上位で目につく。有名私立高の合格者の率は公立高よりもはるかに高く、近年、私立高の難関大学合格者が増えた分だけ、公立高の合格者数の割合は減る傾向にある。

 高度成長時代には比較的収入が低い家庭でも通えた公立高の出身者が、昨今では少なくなってきているのである。「ガチャ親」が、愛しい我が子に、有名大学の合格者を独占し始めている私立の進学校に入学してもらいたいという思いを抱くのは、むしろ当然であろう。

「ガチャ親」どころではないロスジェネ世代

 ところで、これからの小中高生の親(特に「ガチャ親」)が、今までのように経済力に恵まれ、子どもの教育問題に専念できる世代として、これからも存続するのか、という現実的な別の問題がある。親として子どもの進学問題に直面する世代は、これからの40代である。その40代は、上の50代と比べ、ある特色がある。いわゆる就職超氷河期の経験者なのだ。

 バブル崩壊後の就職氷河期世代に対して使われるようになった「失われた世代」という言葉は、就職して職業社会に羽ばたくチャンスが失われた世代、という意味である。具体的には、団塊ジュニアやポスト団塊ジュニアと呼ばれる1971~79年生まれの世代、すなわち50~42歳である。本来なら受験期の子育て真っ最中であるが、過去のバブル世代の親と違って、「ガチャ親」になりたくてもなれないケースも少なくないようだ。子どもが大学生になる頃には、もっと厳しくなるはずだ。

 日本銀行の「資金循環統計」をベースに大和総研が調べた「年代別の金融資産の保有残高推計」によると、2019年→2030年の保有金融残高の推移では30代は80兆~90兆円でやや微増、50代は300兆円から400兆円に増加となっている。ところが、教育費のかかる40代は200兆円から180兆円に減っている。教育費支出のベースとなる金融資産が減りつつあるのだ。

 それに加えて、「失われた世代」の親は団塊の世代で、これから医療費や介護費がかかる70代後半~80代となり、その費用も馬鹿にならない。親ガチャはここでも適用できる。

 親ガチャは子育てだけでなく、親の介護にも影響する。経済力のない親を持つと、自分の老後にも響いてくる。経済格差は世代を超えて固定化する可能性が高い。政治的には、格差是正のために、中高齢者の雇用改善を図り労働分配率を上げる、公的給付型奨学金制度を実施して大学無償化の拡充など、打つべき手は多い。

 ただ、個人としては、親ガチャを打破すべく、子どもにとってベストの大学選びをして合格を確保することしかない。そのためには、学力偏差値だけに頼らない大学選びと、子どもの能力を生かした受験勉強を進める必要があるだろう。公立学校は、私立の学校に比べ、多様な世帯からいろいろな児童生徒が集まり、社会の多様性を学ぶ機会も多い。それこそが重要な学びである。

(文=木村誠/大学教育ジャーナリスト)

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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