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日本国際漫画賞で優秀賞のウクライナ人、オンライン授賞式に出席できず…回線が途絶

文=菅谷仁/Business Journal編集部
『Moon chosen』
『Moon chosen』(外務省日本国際漫画賞公式サイトより、©ООО “БАБЛ”)

 漫画文化の普及活動に貢献している海外の漫画家を顕彰するため、外務省が主催している第15回日本国際漫画賞の授賞式が4日、東京コンベンションホール(東京都中央区)で開かれた。世界76カ国、計483点の応募作品の中から、最優秀賞に次ぐ優秀賞に選ばれたのは、ウクライナのナタリア・レレキナさん作、ギルベルト・ブリッセンさん原作の『Moon chosen』(月に選ばれし娘)。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、受賞者はオンラインでの参加が予定されていたのだが、ロシア軍の侵攻による混乱でナタリアさんは出席できなかった。戦争の惨禍は、漫画家やクエリエイターにも大きな影を投げかけつつある。

 式典には最優秀賞の『Days of sand』(砂の日々)の作者エメール・デ・ヨングさん(オランダ)、優秀賞の『Always never』の作者、ジョルディ・ラフェーブルさん(スペイン)、『CliniClowns: last goodbye』(クリニクラウン―「またね」を最後にもう一度―)の作者、顆粒(Cory)さん、原作者の逢時さんがオンラインで出席。受賞の喜びを語った。

 しかし、ナタリアさんらはオンラインでの出席もできなかった。ゼルギー・コルンスキーウクライナ駐日大使が出席したものの、あいさつする場面はなく記念写真を撮影した後、退席した。

 授賞式冒頭、鈴木貴子外務副大臣はナタリアさんから「私たちは大丈夫です。心配ありがとう。戦争がすぐに終わって、また漫画が描けると信じています」とのメッセージを受け取ったことを伝え、「お祝いできる日が一日も早く来ることを願っています。その願いは私だけでなく、世界中の皆さんの願いであると確信しています。漫画が多くの人を辛い時ほど前に向かせる力があることをあらためて教えられた気がします」と述べた。

 審査は昨年行われた。ナタリアさんらの『月に選ばれし娘』は次のようなあらすじだ。

「月の赤ん坊が空で泣く、新月の夜に奇跡は起こる。しかし、その対価は時に取り返しのつかないものかもしれない…これはある村の少女と少年を巡る無謀で真摯な願い事と、それがもたらす結果にまつわるファンタジー。主人公たちは呪いをとくために、勇気と忠誠、信頼と謙虚さを見いだし互いに成長してゆく」

 授賞式後に非公開で開かれた講評会で、同作品の担当審査委員を務めた日本漫画協会常務理事・漫画『ラブひな』『魔法先生ネギま!』(講談社)の作者、赤松健氏は次のように評した。

「圧倒的な作画力、デッサン力の確かさ、細部までこだわったディティールも非常に映画的です。背景、衣装、表情どれを取っても非常に手の込んだ作品です。特に主人公の不安や焦り、喜び、表情の技術がすごく巧みです。

 ストーリーも秀逸です。主人公の男と醜い姿の憧れの美女の関係性、距離感の絶妙さ、まさに最後まで目が離せません。日本人に親しまれる作品だと思いました。日本の漫画は第二次大戦後、戦災で多くのコンテンツが失われた中、手塚治虫先生を始め日本漫画界のレジェンドたちが、読者の皆様に支えられて国内のみならず世界中で親しまれる漫画文化となりました。

 ナタリアさんやギルベルトさんらのような素晴らしい作家が存在し続ける限り、その文化のともしびは受け継がれ、ウクライナの人々の心のよりどころになって戦災復興の礎になると信じています。平和な日常が戻り、お二人の新しい作品を楽しめる日がくることを祈っています」

ナタリアさん無事を確認も「どういう状態になるかわからな

ナタリア・レレキナさん(中央、写真=一本木蛮氏提供)
ナタリア・レレキナさん(中央、写真=一本木蛮氏提供)

 授賞式に先立つ3日深夜、赤松氏は自身の公式Twitterアカウント上にスペースを立ち上げ、ナタリアさんとSNSを介して継続的に連絡を取っている同協会国際部常務理事の一本木蛮氏と状況を確認し、漫画による平和外交の可能性について語りあっていた。

 ナタリアさんの現状について、一本木氏は「今の状態は、一応、『私たちは一応安全』と言ってきてはいるのだけれど、外はインベーダー(侵略者)が入ってきていて、どこの地区も壊されてしまっている。兵隊さんが食い止めてくれているから一応大丈夫だけれど、いつ、どこでどういう状態になるかはわからないと話していた」と語った。

 通信回線がつながったり、つながらなかったりしている状況からか、シェルター移動や身を潜めている場所も不確定なためか授賞式にはオンライン出席もなく欠席となった。スペースでのトークの最中に「安全になったら後で式典の様子を動画で見る方法はある?」とメッセージが入ったが、また回線はオフラインとなった。

チェルノブイリ・福島第一原発をつなぐ縁

 一本木氏によると、ウクライナは東日本大震災と東京電力福島第1原発事故時に日本を積極的に支援した。事故後の原発の廃炉作業や被災地支援のため、トルコと共に最後まで残っていた2カ国のひとつだという。

 一本木氏とウクライナとの交流は東日本大震災で被災した日本を案じ、デザイナー・高田賢三氏がパリで立ち上げた「起き上がりこぼしプロジェクト」(福島県の伝統的工芸品「こぼし」に「辛苦を経ても再起を」との祈りを込め、多くの漫画家が絵付けに参加)に端を発しているという。一本木氏は災害救援に対する返礼として、日本漫画家協会より感謝の『マンガこぼし』をウクライナに届けに行った際の逸話も語った。

 チェルノブイリ原発事故が発生した時、原爆被爆国である日本が、被ばく医療や放射線防護に必要なデータをチェルノブイリで働く人々に提供したことが、ウクライナによる震災時の日本への支援の端緒になった。一本木氏はウクライナの人々がチェルノブイリ原発時当時のことを振り返り、「お金では買えない貴重なデータをもらった」と語っていたことを明らかにした。

 また一本木氏はチェルノブイリ原発の廃炉作業基地の自治体首長や現地の人々から、毎年3.11になると人々が日本の方角を向いて黙とうしていること、福島原発事故のニュースに触れた時、「親戚の国が私たちと同じ目に遭ってしまった、と多くの人が涙を流していた」と語っていたことを聞いたのだそうだ。キエフ工科大学には、日本の漫画やアニメなどを研究する部門もあり、コスプレも盛んだったことを振り返った。

 ナタリアさんとは、2017年の日ウクライナ外交関係樹立25周年の節目からの付き合いという。ナタリアさんが同年に開催された第11回日本国際漫画賞に応募し、優秀賞を受賞した『ビバ・イヴ!人生万歳』を読んだ時のことなどを振り返り、「すごい上手になった。また力付けた。御厨さと美さん(漫画家)をちょっと若くした感じの絵で、初めて作品を見た時、『これはうまくなるぞ』と感じた」と語った。

授賞式で受賞作品に関する講評をする赤松健氏(右から2人目、撮影=編集部)
授賞式で受賞作品に対する感想を述べる赤松健氏(右から2人目、撮影=編集部)

 赤松氏は外務省に事実を確認した話として、イラク戦争時に自衛隊がサマワに派遣された際、自衛隊が給水車に『キャプテン翼』(高橋陽一作、集英社)のイラスト描いた事例を紹介した。「(自衛隊が)攻撃を受けないどころか現地の人たちが寄ってきてくれた」と語り、「日本のエンタメコンテンツが平和を維持するための手段として、大きな役割を果たしてくれると考えている」などと述べた。

 今後、関係団体と協議の上、別個にナタリアさんに対して表彰式を行うことも検討するという。

 日本漫画家協会は2月28日、今回のロシアによるウクライナ侵攻に関し、以下のように見解を発表し、世界への拡散を呼び掛けている。世界の漫画ファンに向け赤松氏が翻訳し、自身のTwitterアカウントで公開している英語訳と合わせ、以下、全文引用する。

「私たち日本の漫画家は、ロシア連邦政府によります、ウクライナへの侵攻に大変心を痛め、速やかな武力行使の停止を願っております。

 世界で広く愛されている日本の漫画の隆盛は、第二次世界大戦の終結による、自由に漫画の描ける時代の到来とともに始まりました。戦争のない、平和な歳月こそが、今日の漫画の隆盛の礎であります。

 豊穣な日本の漫画の世界を拓かれた偉大な先人の多くは、苛烈な戦争の生存者であり、その創作の根底に『もう二度と戦争のない世界を子供たちに』という、渾身の祈りと慈愛を作品に込めました。

 それらの宝物を渡された世代が、漫画の表現者として育ち、今、世界に拡がる日本発の漫画すべてに祈りと慈悲の遺伝子が受け継がれているといっても過言ではないでしょう。

 ウクライナで、ロシアで、世界中で、日本の漫画が愛されていることは私たちにとって大きな喜びであり、その読者すべてもまた、平和の祈念の遺伝子の継承者なのです。

 私たちが愛してやまぬ、創作という行為、それにより生み出される『繋がり』や『親和』とまったく相反する、破壊、殺戮、分断等を生じさせる武力行使の速やかな停止を私たち日本の漫画家は切に望みます」

(文=菅谷仁/Business Journal編集部)

菅谷仁/Business Journal編集部

菅谷仁/Business Journal編集部

 神奈川新聞記者、創出版月刊『創』編集部員、河北新報福島総局・本社報道部東日本大震災取材班記者を経て2019年から現職。

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