アメリカのバイデン政権は、ロシアのプーチン大統領の精神状態の分析を最優先課題に位置づけたようだ。ワシントン・ポスト(電子版)によれば、情報機関がプーチン氏について「妄想に陥り、追い詰められると暴発する危険性のある指導者」と解析しているという。
この報道を見て、私はやはりそうかと思った。先日この連載でプーチン氏がスターリンと同じくパラノイアである可能性を指摘したからだ。パラノイアとは、被害妄想や誇大妄想などのさまざまな妄想に凝り固まり、妄想体系を構築する病気だが、本人には自分が病気だという自覚、つまり病識がないことが多い。
そもそも、妄想とは何か。精神医学的には、次の3つの条件がそろったとき、妄想と呼べる。
1) 現実離れした内容を
2) 本人が確信しており
3) 訂正不能
昨年夏、プーチン氏は「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」に関する論文を発表したそうだが、歴史的に見てその内容が事実とは異なっていても、本人が真実と確信しており、訂正不能であれば、妄想ということになる。
プーチン氏が目指すのは、帝政ロシアあるいは旧ソ連の時代の強大なロシアだといわれている。どう見ても、現在の国際情勢からして無理なのに、この野望を達成するためにウクライナに侵攻したのだとすれば、誇大妄想とのそしりを免れまい。ちなみに、ヒトラーも誇大妄想にとりつかれていたという。
あるいは、NATOが東方拡大を続けたら、ロシアに侵略するのではないか、そして自身の政権を転覆させるのではないかという恐怖にさいなまれていたのだとすれば、被害妄想の可能性も否定できない。ロシアがかつてナポレオンやヒトラーに侵略された歴史を考慮に入れても、実際以上に恐怖が増幅されているのではないかと疑いたくなる。
被害妄想は非常に厄介である。自分がやられるのではないかという恐怖がまずあるので、「やられる前にやる」という論理にもとづいて攻撃するからだ。また、「自分がやられるかもしれなかったのだから」という口実で自らの攻撃を正当化する。ウクライナ侵攻を開始したときのプーチン氏の演説からも、このような論理で自己正当化している印象を受けた。
パーキンソン病の影響も否定できない
プーチン氏が「パーキンソン病に罹っている」という疑惑も、3月3日発売の「週刊新潮」(新潮社)が取り上げている。この疑惑は2020年に英大衆紙によって報じられたが、ロシア政府がわざわざ報道を否定したという。
ロシア政府がわざわざ否定したからこそ、余計に怪しいのではないかと、ひねくれ者の私は思う。それはさておき、パーキンソン病の経過中に幻覚や妄想が出現することはある。また、パーキンソン病の治療薬の副作用で幻覚や妄想が出現することもあるので、プーチン氏が本当にパーキンソン病にかかっているのだとすれば、妄想を抱いていても不思議ではない。
また、この連載で私はプーチン氏が前頭側頭型認知症、いわゆるピック病を患っている可能性も指摘したが、ピック病でパーキンソン症状が出現することもある。ピック病では、とくに初期は人格変化と行動障害が目立つ。プーチン氏と実際に会ったことがある各国の政治家が「別人のようだった」などと人格の変化について懸念を漏らしているのは、この人格変化によるのではないか。また、行動障害として多いのは、抑制がきかなくなる脱抑制であり、衝動的で分別片田珠美がなくなることがしばしばあるので、プーチン氏の暴走の原因として十分考えられる。
いずれにせよ、プーチン氏は一刻も早く精神科医の診察と適切な治療を受けるべきだと思う。だが、旧ソ連では、政治犯はシベリア送りになるか、精神科病院に収容されるかだったと聞く。プーチン氏は元KGBで、当時の実態をよく知っているだろうから、精神科医による診察を断固として拒否するのではないだろうか。
(文=片田珠美/精神科医)