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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

指揮者は何曲くらいレパートリーがある?なぜかやたらに高額なクラシックの楽譜

文=篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師
指揮者は何曲くらいレパートリーがある?
なぜか高額なスコア(「Getty Images」より)

 指揮者は、何曲くらいのレパートリーを持っているのでしょうか。この場合のレパートリーというのは、急にピンチヒッターを依頼されて、取るものも取りあえず鞄にスコアを放り込んでリハーサルやコンサートに行き、指揮できる曲のことを指します。

 もちろん、個人差があります。もともと、多くの曲を指揮することを信条としてしない指揮者もいますし、世界にはどんな曲でも一度勉強すれば、いつでも指揮をできるようになる大天才もいますが、ここでは僕を指揮者の典型例として話を進めます。

 すべてのレパートリーの曲を数えると大変なので、まずは交響曲に限ると、モーツァルトならば、35番から41番の6つの名曲ナンバーは押さえておきたいところです。ここで、「あれ、7曲ではないのか?」と疑問に思われたと思いますが、実は37番は偽作なのでカウントできません。

 ちなみに、その理由はちょっとあきれるものです。期限が短い作曲依頼を気楽に受けてしまったモーツァルトですが、いくら大天才といえども、やはり人の子。作曲が間に合わなくなってしまいました。そこで故郷ザルツブルクの宮廷オーケストラの楽長で大先輩のミヒャエル・ハイドンの交響曲に、序奏だけ作曲して付け加え、何食わぬ顔で自作として依頼者に差し出したのが37番なのです。

 さすがにこれをモーツァルトの作品とは認めることはできません。「あのモーツァルトがそんなことをしていたのか?」と少しガッカリしますが、「ザルツブルクの外で演奏するのならば、ばれないだろう」と、自曲を気前よく提供したハイドン自身も、実はかつて急病で作曲が間に合わなかった際に、モーツァルトにこっそりと作曲してもらって窮地を逃れているのです。つまり、この時代はこういうことが頻繁に行われていたのでしょう。

 そんなモーツァルトの交響曲6曲に加えて、ベートーヴェンの交響曲9曲はいつでもどこでも指揮できるのが指揮者にとって基本となります。何よりも、ベートーヴェンの交響曲は、音楽大学時代から嫌になるほど勉強し続けていますし、その後に続くシューマン、ブラームスは4曲ずつ交響曲を作曲しているので、プラス8曲。

 さらにシューベルト、チャイコフスキー、ドヴォルザークも最低各3曲ずつ押さえておきたいところで、これだけでも32曲となります。ほかにもマーラーなどをはじめとしたドイツ物、ロシア物、フランス物を足していけば、ある程度経験を積んだ指揮者であれば、少なく見積もっても40曲くらいの交響曲はすぐに指揮できるのが普通ですし、指揮者によって得意分野は違いますが、実際には50曲くらいになるのではないでしょうか。

 もちろん通常では、どんなに慣れ親しんだ交響曲であっても、何度も何度も勉強し直して指揮をするのですが、あくまでも「急に頼まれても指揮ができる曲」に限った場合です。オーケストラ音楽は交響曲だけではなく、管弦楽曲、協奏曲など、多くの曲があるので、短い序曲まで含めると100曲は簡単に超えてしまいます。

「若いときはどんな曲も初めてなので、勉強するのが大変でした。ある程度経験を積んでいくとレパートリーが増えてきて、ずいぶん楽になりました」と言ったのは、僕の指揮の師匠の一人です。僕も50歳を超えてそれを実感していますが、今もなお、やったことがない曲もプログラムに入ってきますし、現代作曲家の新曲も指揮をしなくてはいけないので、指揮者は自宅の音楽室でずっと楽譜と取り組んでいる人生なのです。

2万円超の高額スコアも

 今、僕の楽譜棚のスコアの数を数えてみると、驚くことに900冊くらいあります。これらは、すべて指揮をしたわけではなく、資料として購入した物も多いのですが、ここにピアノの楽譜や、ほかの楽器の楽譜等を加えると、ほぼ1000冊の楽譜に囲まれています。

 その中でこの連載も書いているのですが、さすがに地震大国の日本に在住していると、この部屋で寝ることなど恐ろしくてできません。それだけでなく、CDがたくさん入った戸棚や音楽書、そしてピアノまで置かれているので、僕の音楽室は自宅の中で一番危険な場所ですが、これはどの指揮者も同じ状況なのではないかと思います。

 考えてみると、スコアは1冊5000円以上しますし、2万円を簡単に超えてしまうものも多く所蔵しています。演奏家は楽器に収入の多くを費やしますが、指揮者は指揮棒ではなく、スコア購入が大きな負担となります。僕も、経験もお金もない若い時代には、コンサートのたびに多くのスコアを購入しなくてはならず、勉強とともに金銭的にも大変だった思い出があります。

 ちなみに、小説本などとは違い、楽譜には値段の基準がなく、「どうしてこの楽譜がこんなに高いのか」と、頭をひねることも多いです。特に、著作権が厳しいアメリカの楽譜は高い傾向があります。

 もっとも驚いたのは、アメリカの作曲家サミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」です。アメリカで、国の重要人物の葬儀の際には必ず使われる曲なのですが、僕がこのスコアを購入した30年くらい前で1000円でした。「なんだ、安いじゃないか」と思われるかもしれませんが、内容はA4用紙たったの5枚で、紙もペラペラのコピー用紙です。とはいえ、この1枚あたり200円の楽譜には素晴らしい音楽が詰め込まれているので仕方がありません。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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