ビジネスジャーナル > 社会ニュース > クラシック音楽家には変人が多い?
NEW
篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシック音楽家には変人が多い?ベートーヴェンもバッハも珍妙な理由で逮捕

文=篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師
私生活で奇行が目立ったベートーヴェン
私生活で奇行が目立ったベートーヴェン(「Getty Images」より)

 クラシック音楽家には変わった人が多いといわれます。僕も音楽家の端くれなので、自分自身はまともだと思っていても、周りから見たらどうかは怪しいものですが、それでも常識の範囲内で生きてきたのではないかと思います。

 40年前にこの世を去ったにもかかわらず、今もなお熱狂的ファンが多いカナダ人天才ピアニストで異端児といわれていたグレン・グールドなどは、真夏でも冬用コートを着て、ハンチング帽子をかぶり、手袋をして人前に現われることで有名でした。

 自分の愛犬にも、たくさんの手紙を書き残した奇人のグールドは、それまでは古くさい音楽と思われていたバッハの音楽に新しい解釈を吹きこんだことでも有名です。1956年発売のデビュー盤、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」では、当時大人気だったジャズ・トランペット奏者のルイ・アームストロングの新譜を押さえ、クラシック音楽では異例の全米チャート1位を取ったほどです。

“グールドといえばバッハ”といわれるゆえんです。ちなみに、バッハはもちろんですが、グールドが弾いたベートーヴェンも、僕はすばらしいと思います。そんなグールド、バッハ、ベートーヴェンには、実は音楽以外の共通点があります。それは3人とも、警察に逮捕された経験があるということです。

 まずグールドは、フロリダでのコンサート直前、公園のベンチに座って、リラックスしていました。常夏のフロリダの太陽はじりじりと照りつけ、周りはTシャツ、短パンの人たちばかりのなかで、彼のコート、帽子、手袋姿は目立ちます。アメリカに滞在した人ならわかると思いますが、典型的な浮浪者の姿です。すぐにパトロール中の警官に逮捕されてしまいます。その後、取り調べを受けて、世界的なピアニストとわかったおかげで釈放されたそうですが、ベートーヴェンも同じような理由で警察に逮捕されています。

ベートーヴェンが逮捕された衝撃の理由

 ベートーヴェンの奇行は有名です。借家にもかかわらず壁の色が気に食わないと勝手に緑色に塗り替えたり、部屋の中で衣服を着用したまま水浴びをして、下の階からの苦情が絶えなかったりとトラブル続きで、カンカンに怒った大家に追い出されるということも日常茶飯時でした。

 本人は引っ越す理由を「作曲のために環境を変える」とうそぶいていたそうですが、同じウィーン市内で、なんと79回も引っ越しを繰り返します。借りた部屋の中が汚くなりすぎて、自分でも手を付けられなくなると引っ越してしまうことも多かったそうです。

 ベートーヴェンの部屋は、足の踏み場もないくらい散らかっており、食べっぱなしの食器が放置されて、服も脱ぎっぱなしでした。生涯独身を通したベートーヴェンはかんしゃく持ちとしても有名で、雇ったメイドがすぐに逃げ出してしまうため、部屋の中がきれいになることはほとんどなかったようです。

 それでも若い頃は社交的で、しかも天才ピアニストとして社交界からもてはやされ、礼儀も正しかったそうです。それが後半生になって、耳の病気が進行しただけでなく、プライベートでもトラブルを抱えるようになってきてからは気難しくなり、身だしなみも気にしなくなりました。そんなベートーヴェンに、ある日、事件が起こってしまいます。

 いつ洗濯したのかもわからないような薄汚い格好で散歩をしていた時のことです。79回も引っ越しを繰り返していたせいか、ベートーヴェンは自宅への帰り道がわからなくなってしまったのです。困ったベートーヴェンは、道順を聞こうと近所の人を探します。ところが運の悪いことに誰も通りにはおらず、誰かいないかと、他人の家の窓から中をのぞき込んでいたところを警察にみつかり、浮浪者の疑いで逮捕されてしまいました。服装だけでなく、髪の毛も、中学校の音楽室にある肖像画でおなじみのモジャモジャ頭で、浮浪者と間違えられてしまったのです。

 フロリダで警察に捕まったピアニストのグールドと同じような理由ですが、ベートーヴェンはここからが違います。病気で耳が遠くなってからは大声で怒鳴るようになっていたベートーヴェンは、警察署の中でも大声で怒鳴り散らし続けたのです。これには警察官も参ってしまい、上司に報告します。

「先日逮捕した男ですが、私たちをまったく休ませてくれないのです。まったくです。そして、『俺はベートーヴェンなんだぞ』と叫び続けるのです。助けてください」

 ベートーヴェンは不屈の精神の持ち主として有名ですが、留置所の中でもそれを遺憾なく発揮して釈放されたのです。

 ちなみに、陰で「汚れた熊」というあだ名まで付けられて、今でいうゴミ屋敷に住んでいたベートーヴェンですが、実は潔癖症で、一日に何十回もゴシゴシと手を洗っていたそうです。下の階の住民から苦情を受けた衣服着用での水浴びも、潔癖症ゆえかもしれません。そんなベートーヴェンでしたが、チリが積もったピアノの前で、石けんで何度も洗ったきれいな手からあふれる音楽はすばらしかったのです。僕のおすすめは、グールドがピアノを弾いた、カラヤン指揮のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのピアノ協奏曲第3番の録音です。YouTubeでも聴くことができます。

至って一般的な人物だったバッハ、なぜ逮捕された?

 ベートーヴェンが変人であることはおわかりになったと思いますが、グールドが十八番にしていたバッハは、至って一般的な人物だったといわれています。とはいえ、そこは音楽家ですから、思ったことは絶対に曲げられないという意味では変人だったのかもしれません。

 当時、身分制度が強い封建制度の真っ只中にもかかわらず、あろうことか雇い主のエルンスト公爵に異議申し立てをしたのです。バッハはほかに良い職が見つかったので辞職したいと申し出たものの、公爵が受理しなかったのが事の発端でした。今の時代では考えられませんが、平民であるバッハはそれが理由で逮捕され、なんと4週間も刑務所に入る羽目になります。それでも、そこはバッハ。無駄な4週間を送ったわけではなく、オルガンの小品を獄中でせっせと作曲していたそうです。

 逮捕といえば、有名なオペラでのエピソードを思い出しました。それはヨーロッパの野外劇場で開催されていたビゼーの「カルメン」の公演中に起こりました。主役カルメンの恋人のホセが、歌を歌いながら舞台に登場する場面です。

 その野外劇場には舞台裏がなかったので、代わりに建物の外側の通りに立って、今にも歌い出そうとしていたテノール歌手に悲劇が襲いかかります。パトロール中の警察官が通りかかったのです。警察官にとっては、野外劇場で公演が行われているにもかかわらず、今にも劇場に向かって歌を歌い出そうとするこの男はどう考えても怪しく、しかもホセの衣装は典型的な脱走兵なので不審者そのもの。そのため、その場で逮捕されてしまったのです。

 今の時代でも、身なりが悪い人物を見かけると、警察は職務質問をしたくなると聞いたことがありますので、身なりは大切です。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

●オフィシャル・ホームページ
篠﨑靖男オフィシャルサイト
●Facebook
Facebook

クラシック音楽家には変人が多い?ベートーヴェンもバッハも珍妙な理由で逮捕のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!