ビジネスジャーナル > 社会ニュース > 新空港線が着工されなかった理由
NEW
梅原淳「たかが鉄道、されど鉄道」

羽田空港アクセスが劇的に便利、新空港線(蒲蒲線)が延々と着工されなかった理由

文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト
東急電鉄蒲田駅を発着する列車
東急電鉄蒲田駅から東急多摩川線の矢口渡駅・多摩川駅方面(写真左)、池上線蓮沼駅・五反田駅方面(写真右)を見たところ。この駅の東側をJR東日本の蒲田駅が直角に設けられている。2009年3月11日 筆者撮影

 東京都と大田区との間で2022(令和4)年6月6日、新空港線蒲蒲線)の整備について合意が成立した。主な内容は、事業の整備主体となって第三セクター鉄道の設立などを主導する役割を大田区が担うという点が一つ。そして、地方自治体が負担する建設費のうち、東京都が3割、大田区が7割を負担すると決められた点だ。すでに大田区は新空港線の建設に向けてすでに約80億円の基金を積み立て済みで、2022年度も約10億円が上乗せされるという。

 大田区、そして新空港線という路線名から、新空港線とは同区内にある羽田空港こと東京国際空港への新たな空港アクセス鉄道と思われる。だが、今回の計画では空港には乗り入れない。新空港線は区内の多摩川1丁目にある東急電鉄東急多摩川線の矢口渡(やぐちのわたし)駅を起点とし、ここから地下トンネルを東に進んでJR東日本の京浜東北線や東急電鉄池上線・東急多摩川線の列車が発着する蒲田駅、そして同じく区内の蒲田4丁目にある京浜急行電鉄本線・同空港線(以下京急空港線)の京急蒲田駅を終点とする1.7kmの路線だ。起点の矢口渡駅では東急多摩川線と接続するだけでなく、互いの列車がそれぞれの路線に乗り入れる相互直通運転を行うという。

 羽田空港に乗り入れないにもかかわらず、新空港線といわれる理由は、京急蒲田駅で京急空港線の列車に乗り換えて空港へアクセス可能であるからだ。だが、これでは京急空港線と乗り換え可能な路線はすべて新空港線と呼べる理屈となってしまう。実は新空港線の構想として、京急蒲田駅から区内の西糀谷(にしこうじや)3丁目にある京急空港線の大鳥居駅までの地下を通る2.3kmの区間も存在する。大鳥居駅で京急空港線へ列車が直通することを前提とした結果、新空港線と名付けられた。

京急蒲田駅を出発した空港線の列車
京浜急行電鉄の京急蒲田駅では高架橋上の2階と3階から本線、空港線の列車が発着する。写真は3階から羽田空港第1・第2ターミナル駅方面に向かう空港線の列車。2013年2月7日 筆者撮影

 新空港線の開業によって蒲田駅方面から羽田空港へのアクセスは大きく改善される。蒲田駅と京急蒲田駅との間は約0.8km離れていて、両駅間の移動は路線バスの京浜急行バスに頼っていた。新空港線の開業で東急多摩川線沿線の利用者はもちろん、京浜東北線沿線や池上線沿線の利用者にとっても羽田空港はアクセスしやすくなることは間違いない。

 矢口渡~大鳥居間の全線が開業し、同時に京急空港線への乗り入れが開始されるとなると、新空港線の恩恵はさらに広がる。具体的には、新空港線に東急多摩川線を介してさまざまな列車が乗り入れると予想されているからだ。東急多摩川線は矢口渡駅から4.3km先の多摩川駅で同じく東急電鉄の東横線に接続し、直通可能なつくりをもつ。東横線は東京メトロ副都心線と相互直通運転を実施しており、副都心線を介して東武鉄道東上線や西武鉄道池袋線の列車が乗り入れている。新空港線にこれらの列車が直通するようになると、渋谷、新宿、池袋の各駅といった巨大ターミナルはもちろん、東京都北西部や埼玉県南西部と羽田空港とを直結する新たな動脈が誕生するといってよい。ただし、大鳥居駅まで建設されない今回の計画では、新空港線に副都心線方面からの列車が乗り入れるかどうかは不透明だ。

構想から20年以上が経過

 新空港線自体の構想は2000(平成12)年1月27日に国の運輸政策審議会が答申した「高速鉄道網等の整備計画」にある番号20番の路線「京浜急行電鉄空港線と東京急行電鉄目蒲線(筆者注、現在の東急電鉄東急多摩川線)を短絡する路線」が元となっている。当時の構想では起点は大鳥居駅で、京急蒲田駅を経て終点が蒲田駅だ。大鳥居駅では空港線と接続して乗り換えでき、蒲田駅では東急多摩川線と相互直通運転を行うとあり、2015(平成27)年までに整備に着手することが適当な路線と位置づけられた。

 構想から20年以上が経過して新空港線がようやく始動の兆しを見せたという具合に、整備がなかなか進まなかったのにはいくつか理由がある。その最大のものは建設費をはじめとする費用の負担について、関係する東京都や大田区、開業後に営業を担当する可能性が濃厚な東急電鉄との間で合意が得られなかったからだ。本来であれば総工費の3分の1を占める沿線自治体の負担分は全額東京都が引き受けるならわしであった。しかし、都は難色を示し、大田区が沿線自治体負担分の7割を支払うことで解決をみている。

 実際にわずか1.7kmの路線にもかかわらず、新空港線の建設費は国の交通政策審議会が2016年7月に公表した試算で1300億円、大田区の試算でも1360億円で、線路1km当たりの建設費は765億円または800億円と見積もられた。大都市の人口密集地に地下鉄を通すだけに建設費がかさむのはやむを得ない。とはいえ、総務省によれば2006(平成18)年から2010(平成22)年までに開業した公営地下鉄の1km当たりの建設費は195億円であったから、新空港線の高額ぶりは際立つ。

 ならば地下ではなく地上に線路を敷けばよいと言いたくなる。けれども新空港線の構想が立てられた周囲には人家が密集しており、線路を通すことは極めて難しい。せめて、地上に設置された東急多摩川線の蒲田駅から新空港線の線路を地下に延ばし、矢口渡~蒲田間分の建設費を節約すればよいとも考えられるが、こちらもさまざまな困難が予想される。蒲田駅のすぐ東隣にJR東日本の蒲田駅がほぼ直角に交差しており、高架橋にしろ、地下トンネルにしろ通り抜けることがほぼ不可能だからだ。

費用対効果と採算性

 建設費は高額に上っても利用者が多ければいずれ回収できるはずではないか――。国の交通政策審議会は2016年7月15日に新空港線の輸送需要や費用対効果、採算性などを明らかにした。輸送需要としては旅客輸送密度、費用対効果としては費用便益比、採算性としては開業年営業損益比、累積資金収支黒字転換年がそれぞれ示されている。それぞれを紹介しよう。

 旅客輸送密度とは、旅客数に平均乗車距離を乗じた旅客人キロを営業距離で割った数値を指す。新空港線矢口渡~京急蒲田間では1日当たり4万5500人から4万5900人となった。2019(令和元)年度の国の統計では、東急多摩川線が同9万0625人/日、空港線が同13万9118人/日であったから物足らない数値ではある。可能な範囲で首都圏のJR、私鉄の各路線を探すと、千葉県習志野市の京成津田沼駅と同県千葉市の千葉中央駅との間を結ぶ京成電鉄千葉線の4万6237人/日が近い。

 費用便益比とは、路線の開業によって得られる収入はもちろん、たとえば所要時間の短縮効果といった貨幣に換算可能な数値を便益とし、建設費や開業後の営業費といった費用で割った数値を指す。営業開始後30年間の動向を見ることとなっていて、新空港線の場合は1.9だ。費用便益比は1.0以上で有意義な事業と認められるから、新空港線は基準を満たしている。

 開業年営業損益比とは、開業した年の営業収入と営業費との比率で、営業収入を営業費で割った数値だ。新空港線は1.9であり、営業収入の約半数が営業利益となる。開業年営業損益比の望ましい数値は不明ながら、1.0を下回れば赤字経営となるので新空港線は順調なスタートを切るであろう。

 累積資金収支黒字転換年とは、毎年の営業収入で建設費を何年で回収できるかという数値で、補助金を含む。新空港線は33年から34年だ。新空港線の建設は第三セクターが担うと目されており、国の基準では第三セクターとして求められる期間は40年以内であるから適合している。

 新空港線に慎重な姿勢を見せてきた東京都は、東京メトロの新線計画となる有楽町線豊洲~住吉間4.8kmの延伸(以下、有楽町線延伸)、そして南北線品川~白金高輪間2.5kmの延伸(以下、南北線延伸)には積極的に後押ししている。2022年3月28日に建設が国から認められた2つの地下鉄の建設費は有楽町線延伸が2690億円、南北線延伸が1310億円で、東京都は建設費のおよそ4分の1となる計1000億円を負担するという。有楽町線延伸、南北線延伸とも国の交通政策審議会が見通しを新空港線と同時に発表しているので、比較してみよう。

 旅客輸送密度は有楽町線延伸が1日当たり10万3200人/日から10万5400人/日、南北線延伸は同7万3300人/日から7万5800人/日であった。新空港線と比較すると有楽町線延伸は2.2倍から2.3倍、南北線延伸は1.6倍から1.7倍あり、新空港線は少々分が悪い。 費用便益比は有楽町線延伸が2.0から2.1、南北線延伸が1.2であった。新空港線は有楽町線延伸と同程度で南北線延伸を上回る。

 なお、大田区は独自の費用便益比を求めた。数値はさらに改善されて2.0だ。開業年営業損益比は有楽町線延伸が2.1、南北線延伸新設が1.6となった。やはり有楽町線延伸と同程度で南北線延伸を上回る。

 累積資金収支黒字転換年は有楽町線延伸、南北線延伸とも25年から26年だ。新空港線は両地下鉄の延伸と比較すると7年から9年長い。東京都はこの点も疑問視していたのかもしれない。なお、大田区は新空港線の累積資金収支黒字転換年を17年と試算した。国の交通政策審議会と比べると半分の期間と極端な数値となったが、実現すれば新空港線は大変有望な地下鉄となる。

 新空港線本来の構想である矢口渡~大鳥居間4.0kmの全線が開業すれば、有楽町線延伸、南北線延伸と比べて分が悪かった数値も改善されるかもしれない。国の交通政策審議会は全線開業を果たした際の予測値も公表しているので紹介しよう。

 まずは建設費で1800億円となり、線路1km当たりの建設費は450億円となる。旅客輸送密度は6万0400人/日から6万1000人/日、費用便益比は1.9から2.0、開業年営業損益比は2.0、累積資金収支黒字転換年は32年だ。旅客輸送密度は改善されたが、それでも有楽町線延伸は1.7倍、南北線延伸は1.3倍から1.6倍それぞれ新空港線を上回る。他の数値が劇的に向上していないのは苦しいところだ。

どの鉄道会社が営業主体に?

 なお、京急蒲田~大鳥居間を建設するとなると新たな課題の発生が予想される。どの鉄道会社が営業主体となって旅客輸送を担当するかだ。

 矢口渡~京急蒲田間の場合は先に触れたように東急電鉄が有力で、しかも同社も乗り気だという。羽田空港へのアクセスという新しい役割が同社の路線に加えられるのだから悪い話ではない。営業主体となると、建設費の償還を担当する事業主体の第三セクターに年間数十億円程度の線路使用料を支払うこととなるが、よほどの高額な金額でもない限り、同社は受け入れるであろう。

 一方で京急蒲田~大鳥居間では京浜急行電鉄が営業主体となるのが筋だ。けれども同社にとって新空港線にそうメリットはない。京急空港線の利用者の多くは同社の本線を介して品川駅方面から行き来していると見られる。京急空港線大鳥居~羽田空港第1・第2ターミナル間の利用者数は新空港線の開業によって増えるかもしれない。だが、新空港線へと流出する利用者の動向次第では京急空港線京急蒲田~大鳥居間で減る利用者の数のほうが多いとか、本線と合わせた平均乗車距離の短縮により、利用者数は増えても営業収入は減少するといった事態も考えられる。そのうえで新空港線の線路使用料を負担しなければならないとなると、京浜急行電鉄が営業主体となる保証はない。

 といって東急電鉄が引き受けるかというと難しいところだ。京急蒲田~大鳥居間のように大手私鉄どうしで競合する区間が開業した例は、戦前はともかく近年では見られない。それだけ地域寡占が進んでいるのだ。となると、事業主体の第三セクターが営業主体も兼ねるというのが現実的であろう。

相互直通運転にハードル

 京急蒲田~大鳥居間の建設にはもう一つ課題がある。国の交通政策審議会は東急電鉄、京浜急行電鉄の2社と相互直通運転を行うとの構想を練っているが、実は両社の線路は左右2本のレールの幅を指す軌間が異なっているのだ。軌間は東急電鉄が1.067m、京浜急行電鉄が1.435mと36.8cmもの差が生じている。

 異なる軌間を直通するには車両側か線路側かで対処しなければならない。車両側では、車軸に取り付けた車輪の位置を動かして乗り入れ可能としたフリーゲージトレインの導入が考えられる。しかし、国内ではまだ実用化されていないうえ、新空港線のような通勤路線で多数の車両が1日に何度も車輪の位置を動かせるかどうかも未知数なので、フリーゲージトレイン導入はまず無理だといってよい。

 線路側での対策としては3本のレールを敷いて2種類の軌間に対応させる三線軌条が考えられる。青函トンネルとその周辺の区間とで、北海道新幹線の列車と在来線の海峡線の列車とを通すために敷設された三線軌条が有名だ。新空港線の軌間を東急電鉄側、京浜急行電鉄側どちらに合わせるかというと、乗り入れ先の多さから東急電鉄側となり、三線軌条は京急空港線大鳥居~羽田空港第1・第2ターミナル間4.6kmに敷くこととなる。

 新空港線の構想では、三線軌条への改築費用をだれがどのように負担するのかは検討すらされていないし、そもそも京浜急行電鉄が空港線への乗り入れを認めるかどうかすらも明らかになっていない。加えて、線路を三線軌条に改めるに当たり、期間は不確かながら、一定の間、列車を運休とする必要がある。これだけの犠牲を京浜急行電鉄が負担する道理は果たしてあるのだろうか。結局のところ、大鳥居駅では京急空港線と新空港線との乗り換えをしやすくする構造に改めるのが現実的な方策となりそうだ。

 以上をまとめると、東京都は予測された数値はもとより、関係者間の調整が難しいと予測される点も新空港線の建設に消極的になっていた理由かもしれない。とはいえ、輸送需要自体はあり、有意義な事業で採算性もあることも確かだ。今回の合意で事実上、大田区による「区営地下鉄」として開業を目指すこととなったのもうなづける。

(文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)

梅原淳/鉄道ジャーナリスト

梅原淳/鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。
http://www.umehara-train.com/

羽田空港アクセスが劇的に便利、新空港線(蒲蒲線)が延々と着工されなかった理由のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!