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片田珠美「精神科女医のたわごと」

なぜ女子中学生は渋谷の路上で母娘を刺傷したのか?連鎖する「死刑のための殺人」

文=片田珠美/精神科医
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なぜ女子中学生は渋谷の路上で母娘を刺傷したのか?連鎖する「死刑のための殺人」の画像1
犯行現場は京王井の頭線・神泉駅の付近(「Wikipedia」より)

 東京都渋谷区の路上で8月20日夜、53歳の母親と19歳の娘が刺された。殺人未遂容疑で現行犯逮捕されたのは、埼玉県戸田市に住む市立中学3年の15歳の女子生徒であり、容疑を認め「死刑になりたいと思い、たまたま見つけた2人を刺した」と供述したという。

 この少女は母娘2人を刺した包丁以外にもナイフ2本を所持していたうえ、犯行後冷静なままで、空を見上げたまま、「あの子、死んだ?」と女性従業員に話しかけたらしい。したがって、「死刑のための殺人」をもくろんだが、未遂に終わったと考えられる。

「死刑のための殺人」

「死刑のための殺人」は拡大自殺の一種であり、これまでも何度か起きている。たとえば、2008年3月に茨城県土浦市で発生した無差別殺傷事件である。なお、この事件については、7月26日に死刑執行された加藤智大元死刑囚が秋葉原無差別殺傷事件を起こす4日前に<土浦の何人か刺した奴を思い出した>と掲示板に書き込んでいる。

 2008年3月23日、土浦市のJR荒川沖駅で、両手に文化包丁とサバイバルナイフを握りしめた男が、全力で疾走しながら、手当たり次第に人に切りつけた。1人が命を失い、7人が重軽傷を負うこの惨劇を引き起こしたのは、4日前に土浦市内でまったく面識のない男性を刺殺した容疑で指名手配中だった当時24歳の金川真大元死刑囚(2013年死刑執行)である。犯行動機は「複数の人を殺せば死刑になると思った。誰でもよかった」だった。

 金川元死刑囚は、「生きがいが感じられず、満たされなかった。満たされるのは、ゲームをしている瞬間だけ」と供述している。そのため、自殺を考え始めたが、「痛い思いをするだけで死ねないかもしれない」ので、「一番手っ取り早く他人に殺してもらえるから」と選んだのが、殺人を犯して死刑になるという方法だった。

 逮捕後も、「誰かを殺して死刑になりたかった。ただそれだけ」「今でも死にたい。精神鑑定のときも、刑事責任が問えないと判断されたら、どうしようと思った。死刑にならなかったら、と不安だった」と繰り返しており、「こんなに時間がかかるなら、自殺すればよかった」とまで言っている。

 つまり、金川元死刑囚は、強い自殺願望を抱いていたものの、自分で自分を傷つけるのは痛いし、死にきれないかもしれないから、死刑によって自殺を遂行しようとしたわけで、典型的な「死刑のための殺人」といえよう。

 同様の事件はその後も起きている。2015年11月12日、当時29歳の青木正裕被告(2018年無期懲役が確定)が、東京都江戸川区の自宅アパートに当時高校3年だった17歳の少女を連れ込み、首を絞めて殺害し現金を奪った事件である。

 青木被告は、殺害から2日後の14日に自首して逮捕され、強盗殺人と強盗強姦未遂の罪に問われたが、裁判員裁判で「連続殺人をして、死刑になろうと思っていた」などと供述した。また、動機については「バイトでは生活費などが足りず、消費者金融から100万円以上の借金があった。高血圧や、それによる心筋梗塞などの病気もあった。自暴自棄になり、自殺か連続殺人をして死刑になろうと考えた」と語っている。

 最近も、「死刑のための殺人」をもくろんだ事件が起きている。2021年10月31日夜、東京都内を走る京王線の電車内で乗客が切りつけられるなどして、17人が重軽傷を負った事件である。殺人未遂容疑で現行犯逮捕された当時24歳の服部恭太容疑者は「人を殺して死刑になりたかった。2人以上殺せば死刑になると思った」と供述した。

 こうした一連の事件に触発されて、少女が今回の事件を起こした可能性も十分考えられる。コピーキャット(模倣)の対象になる過去の事件が増えるほど、「死刑のための殺人」の連鎖が起きやすくなる。

「練習で2人を刺した」とも供述した少女

 見逃せないのは、今回の事件で逮捕された少女が「自分の母と弟を殺そうと思ったが勇気が出なかったため練習で2人を刺した」といった趣旨の供述もしていることだ。母と弟を殺そうと思い詰めるくらいだから、よほど家庭内にトラブルを抱えていたのだろうか。

 そういうトラブルを実際に抱えていたのなら、同情すべき点もないわけではない。ただ、練習のためにまったく面識のない母娘2人を刺すという発想は了解困難である。もしかしたら、刃物で刺されたら痛いし苦しいし、命を落とすという最悪の事態になったら家族が悲しむことに想像力が働かなかったのかもしれない。このように他人の痛みや苦しみに考えが及ばない想像力の欠如は、ある種の発達障害に認められることがある。

 あるいは、練習のために赤の他人を刃物で刺すという発想が出てきたことや、犯行後冷静に「あの子、死んだ?」と尋ねたことから、他人への思いやりや同情心、良心や罪悪感などが欠如した「ゲミュートローゼ(情性欠如者)」である可能性も考えられる。

 さらに、10代は統合失調症の好発期であり、発病初期に、理解しがたい動機から犯行に及ぶ<動機なき殺人>が起きることもときどきある。いずれにせよ、さまざまな可能性を視野に入れて慎重に捜査し、家庭や学校で問題を抱えていなかったか調べることが必要だ。できれば精神鑑定によって発達障害や統合失調症などの精神疾患の有無も精査すべきだろう。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献
片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書、2017年
読売新聞水戸支局取材班『死刑のための殺人―土浦連続通り魔事件・死刑囚の記録』新潮文庫、2016年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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