ビジネスジャーナル > 社会ニュース > 中国のインド侵攻に警戒高まる
NEW
藤和彦「日本と世界の先を読む」

中国のインド侵攻に警戒高まる…ウクライナ戦争と同じ構図、世界経済に甚大な悪影響

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
インドの首都デリー(「gettyimages」より)
インドの首都デリー(「gettyimages」より)

 米海軍第7艦隊は8月28日、「2隻のミサイル巡洋艦が台湾海峡を通過した」と発表した。通過は米国のペロシ下院議長が8月上旬に台湾を訪問し、米中の対立が一段と強まってから初めてのことだ。米国は引き続き国際法が認める「航行の自由」を台湾海峡でも守り、中国による現状変更を認めない姿勢を示した形だが、これに対し中国は「高度の警戒態勢を維持し、いつでもいかなる挑発も打ち負かす準備ができている」と強気の構えだ。

 米国との関係が非常に複雑化になったことを踏まえ、中国はこれに備えるために海軍の増強を加速している。遼寧省大連市では5隻の最新型ミサイル駆逐艦が建造されていることが明らかになっている(8月29日付日本経済新聞)。

 米国と中国は台湾海峡を巡って対立を日増しに高めている印象が強いが、米国と中国のせめぎ合いの舞台は台湾海峡だけではない。中国国防省は25日、インドと領有権を争う国境付近で米国とインドが今年10月に予定している合同軍事演習について「国境を巡る争いは中国とインドの間にある問題だ。双方は2国間対話を通じて問題を解決する事に合意している。インドとの領土問題への介入はいかなる第三者であれ断固として反対する」と猛反発した。

 米CNNは8月上旬、「米軍とインド軍が今年の秋に中印国境の係争地に近いインドのウッターラーカンド州で合同軍事演習を実施する予定である」と報じた演習のことだが、演習は中印国境からわずか95キロメートルの地点にあるアウリという町で、10月半ばに実施されることが明らかになっている。米軍とインド軍は毎年合同軍事演習を実施しており、今回の演習もその一環だが、このところ中国を念頭に置いた内容になっている。

 昨年の演習は10月下旬に米アラスカ州で実施され、インド陸軍の第136歩兵旅団(約350人)は11年ぶりにアラスカ州のエルメンドルフ・リチャードソン統合基地に遠征し、約400人の米兵とともに訓練で汗をかいた。米陸軍の発表によれば、2週間にわたって実施された演習では寒冷地でのサバイバル、航空機による医療搬送、登山訓練、小火器の射撃訓練などが行われたが、その内容は2020年6月に中国との間で衝突が起きたラダック地方でのインド軍の能力向上を強く意識したものになっている。「我々はこれらの条件下で最良の実践方法を学んだ。相互の信頼を共有することができた」と成果を強調したインド陸軍は演習終了後、ラダック地方で部隊や装備の移動などの総合的な訓練を実施した。

 米軍は情報面での協力にも熱心だ。米印両国は2020年10月、機密衛星情報共有に関する協定を締結しており、インド軍がこれまで探知しづらかった中国軍の動きを米国の衛星画像から読み取ることができるようになった。

契機はクアッド参加

 インドはクアッド(日米豪印戦略対話)に参加したことで中国に対して強気の態度で臨むようになったとの指摘がある。「中国が一方的に挑発し、インドがこれに受け身で対応する」というこれまでの構図が崩れつつあるのだ。

 中国にとってもインドとの国境紛争地域の重要性は高まっている。インドとの国境に面しているのは、国際社会から介入を受けやすいチベットと新疆ウイグル自治区だからだ。中国とインドとの間の国境は4000キロメートルに及ぶが、そのほとんどが未確定だ。中国はインドに対して経済を「餌」に関係改善を図ってきたが、2020年6月にインド北部の係争地で両軍が衝突し、45年ぶりに死者が出たことから、関係は急速に悪化し、現在も約20万人の兵士が国境で対峙しており、緊張状態は解けないままだ。今年6月に中印国境を訪れた米太平洋陸軍司令官チャールズ・フリン大将が「地域の情勢は警戒を要するレベルだ」と述べている。

 ヒマラヤ山脈沿いの国境地帯での軍事作戦はこれまで春から秋の短い期間に限られてきたが、温暖化の影響で作戦実施が可能な時期が拡大し、より多くの兵力を投入できるようになっていることも頭が痛い。

 先述の中国側の反発は、急速に連携を強める米印両軍があろうことか、国境近辺でも軍事演習を行うことを決定したことに焦っていることの証左だろうが、この状況は紛争開始前のロシアとウクライナの関係に似ていると思えてならない。米国がウクライナを武装化していることに危機感を抱いたロシアが軍事侵攻を始めたわけだが、中国もインドに対して同様の危機感を抱き、手遅れになる前に事態を解決しようと考え始めているのではないだろうか。

軍事大国同士の紛争

 米国は現在、ウクライナへ大量の武器を供与していることから、戦時になった場合、インドが武器の援助を求めたとしても「ない袖は振れない」。ロシアへの制裁の副作用が西側諸国の間で深刻化している中で、それ以上の悪影響をもたらすとされる中国への制裁が実施できるかどうか疑問だ。ウクライナ情勢を注視する中国は「インドを攻撃するチャンスが到来しつつある」と判断しているのかもしれない。世界の注目は台湾海峡に集まっているが、危機は常に想定外の場所で起きる。

 ロシアのウクライナ侵攻後、日本では中国とインドの国境紛争問題への関心は薄らいでいるが、専門家は「中国がいずれインドを攻撃する」との認識を強めている。世界第2位の軍事大国中国と第3位のインドの間で大規模紛争が勃発するリスクがこれまでになく高まっている。 
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

中国のインド侵攻に警戒高まる…ウクライナ戦争と同じ構図、世界経済に甚大な悪影響のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!