「なぜ一自治体の判断が、世界最大の通販サイトであるAmazonに影響を及ぼすのか?」「鳥取県で本を売ること自体、もはやリスクといえる」
三才ブックス(東京都)の『アリエナイ医学事典』『裏グッズカタログ2022』などの書籍3冊が今年2月、著者や出版社に知らされることなく通販大手Amazonのホームページから削除され、事実上、流通できなくなった。
3冊の編集を担当した三才ブックス『月刊ラジオライフ』編集部が中心になって、Amazon側に理由を問い合わせたところ、「鳥取県がこの3冊を有害図書に指定したこと」「有害図書を販売業者の所在地に関係なく禁止対象としていること」と回答があったのだという。三才ブックスは公式サイト上で、『月刊ラジオライフ』10月号に掲載されていた鳥取県やAmazonとのやり取りに関する経緯を掲載。同記事で冒頭のように問題提起した。
“医学史の闇”を記して有害図書指定
この小野浩章ラジオライフ編集長の署名記事によると、鳥取県が有害図書指定をしたのは、医療の黒歴史や都市伝説を医学的に検証した『アリエナイ医学事典』、3Dプリンタなどを利用した吹き矢など“暗黒玩具”の作り方を紹介した科学工作本『アリエナイ工作事典』、スマホ周辺機器、サバイバル用品などの市販品を紹介する『裏グッズカタログ2022』の3冊という。
なお『医学事典』は当編集部が属する出版社サイゾー内のTOCANA編集部が手がけたウェブ連載を中心にまとめたものだ。
鳥取県青少年健全育成条例の有害指定基準は「性的感情を刺激するもの」「粗暴性又は残虐性を誘発し、又は助長するおそれのあるもの」「薬物の使用を著しく誘発し、又は助長するおそれのあるもの」の3つだ。『医学事典』は全3項目が該当したのだという。
同書は冒頭で、ニセ医学を批判。性的虐待や危険薬物の使用など現実にあった医学史の闇を、50本の記事で平易に解説したものだ。後書きで「標準治療」の重要性にも触れている。
小野編集長は他の2冊も含め、指定の妥当性に反論。同県の条例の構造的な問題により、同県内での書店での販売中止にとどまらず、「Amazonから削除される」という全国的な問題に発展したことも疑問視している。指定の審議プロセスについて、鳥取県側に問い合わせたものの、「審議の議事録」がなく、具体的に書籍のどの記述が規制に触れたのかについては、明らかにされなかったという。
また、3冊を指定したことの通知もなく(Amazonから削除されたことで知った)、指定に対する反論の機会もなかったという。
著者・亜留間次郎氏「鳥取県の有害指定審議に透明性全くない」
前述の記事で小野編集長は以下のように述べる。
「作り手側には反論の機会を一切与えられないまま、一方的に『有害』だと決めつけ販売まで規制する。これはまさしく公権力による暴力そのものではないでしょうか。
表現の自由&出版の自由があるからといって、我々は何でも好き勝手に掲載してきたわけではありません。露悪的な表現を取ることが多いため、そう見られがちですが、それは読者に興味を持ってもらうための手法にすぎません。改正される度に厳しくなる法律に沿って、明白な危険と思われる箇所はカットするなど自主規制しています。『昔の方が過激で面白かった』『なんか丸くなった…』などと言われることがありますが、時代の空気を読みながらその時できる限りのことをやっているわけです」(原文ママ)
『医学事典』の著者の亜留間次郎氏は有害図書指定通知について「全くありませんでした。有害図書に指定された事実を知った経緯はアマゾンのネット通販から消えていたのが謎だったので三才ブックスの小野編集長がアマゾンに問い合わせた回答で知りました。指定される前どころか、指定後も何の連絡もありませんでした」と語る。
鳥取県の審議の不透明さ、Amazonの流通中止対応についても次のように意見した。
「鳥取県の有害指定審議に透明性は全くありません。三才ブックスが公表した記事にもあるように議事録すらろくにない適当で不透明な物です。AmazonのシステムはAmazonの担当者の問題だと思います。実際に楽天を始め他のネット通販では販売が続けられています。今回の騒動でAmazonが見直してくれることを期待していますが、望みは薄いと思っています。
薬理凶室の怪人という立場と過去にもアリエナイ理科シリーズが有害図書指定を受けていた実績から私の著書も有害図書指定はありえると思っていたので、想定内の事態でした。むしろ負の勲章をもらったつもりで喜びたいところでしたが、予想外だったのはAmazonが取り扱いを止めたことで三才ブックス側に経済的損失が生じた事です。
私は金銭的には不自由していない身なので、私個人の損失は問題ではありませんが、親身になって対応して頂いた出版社に損が出たことが残念です。今回の問題は三才ブックスの小野編集長が大変に労力をかけて対応して頂いているので、今後とも怒りに任せた行動はとらずに三才ブックスと共に対応を進めていくつもりです」
条例では書籍と“有害玩具刃物”が同じ扱い?
では鳥取県青少年健全育成条例のどの部分がAmazonの流通中止につながったのか。ラジオライフ編集部が指摘するのは同条例16条、そして2020年10月の改正により新設された同条2項だ。ちなみに16条は青少年が刃物など“有害玩具刃物”を購入することを制限することも定めている。
「第16条 図書類又は玩具刃物類の販売等を業とする者は、有害図書類又は有害玩具刃物類を青少年に販売し、頒布し、貸し付け、又は交換により入手させてはならない」
この条文に条例改正で以下のような第2項が新設された。
「2 前項の規定は、インターネットの利用その他の方法により鳥取県内において前項に規定する行為を行った全ての図書類又は玩具刃物類の販売等を業とする者に適用する」
そもそも同県条例の第16条第1項には次のような罰則が定められていた。新設された第2項は第1項の適用範囲を拡大解釈したものになるので、この罰則が適用されることになる。
「第26条(略)
2 次の各号のいずれかに該当する者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
(1) 常習として第16条第1項又は第17条第1項の規定に違反する行為をした者
(中略)
5 次の各号のいずれかに該当する者は、30万円以下の罰金に処する。
(1) 第16条第1項、第17条第1項、第21条の2第1項又は第21条の3の規定に違反した者」
つまりネットでの販売禁止を明記したことによって、仮に同県が有害図書と指定した書籍を販売すれば、本来条例の適用範囲内である鳥取県外で運営するAmazonにも違法性を問うことできてしまうのだ。
なぜ、このような条例改正が行われたのか。2019年の同県知事選で、平井伸治知事の陣営を応援した地方議員のひとりが匿名を条件に取材に応じ、以下のように語った。
「(条例に)何も書いていなければ、ネットは無法地帯のままでしょう? 知事や県も単純にそう考えただけでしょう。Amazon? あまり使ったことがないのでよくわかりません」
ラジオライフ・小野編集長「条例の範囲を超えている」
当編集部は改めて小野編集長に今回の問題について見解を聞いた。
「亜留間先生の記事、TOCANAさんでは初回からバズってましたよね。その分、表現や画像などいろいろ苦心されたのだと思います。それらの記事を書籍化する際、一部画像をカットするなど、我々もより慎重を期して出版しただけに、今回の有害図書指定自体、残念でなりません。タイトルやキャッチが刺激的ですが、中身は医学論文や医療事故をソースにして、広く医学を啓蒙する本だと自負しているからです。記事の中身を精査していない何よりの証拠でしょう。
表現の自由はもちろんですが、本を作るにあたり、デザイナーやイラストレーターなど多くの人が携わり1冊の本ができるわけで、有害図書として販売を制限するのは、資本主義社会の当たり前の活動すら否定する行為です。著者の方たちの活動にも影響が考えられます。
それゆえ、有害図書の選別と、その審議はより慎重に行うべきでしょう」
Amazonより問題なのは鳥取県条例
では、今回の騒動では条例とAmazonの対応、どっちが版元として大きな被害を受ける要因になったと考えているのだろう。小野編集長は次のように指摘する。
「根本の要因は、間違いなく鳥取県の改正された条例です。平井知事は、議会で定められた条例に基づいて指定した……というような発言をされたようですが、そもそも県外のECサイトまで適応させるという条例自体が、問題でしょう(罰則含めて明文化された)。
さまざまな見解・解釈もあり問題ないと考える識者の方もいるようですが、一般的に考えて、条例の枠を越えていると判断できます(「条例」は、地方公共団体が法令の範囲内で議会の議決により制定するものであるはず。顧問弁護士の見解も同様だった)。
だからこそ、多くの人がおかしいと反応しているわけで。
他県より厳しい条例を定めているのなら、少なくてもプロセスを含めてより丁寧な対応が必要だったはずです。
ということで、Amazonに関しては思うところはありますが、責任を追求するのは少し違うと思っています。世界的な企業であるとはいえ、あくまで一企業であり、未知のリスクを避けるための判断だと推察できます。我々には大きな金額ですが、Amazonの売上からすれば微々たるものですから、販売を取りやめるのは納得できませんが理解はできます。
今回、該当の3冊は一般商品であるにもかかわらず、アダルトメディア商品のルールを強引に適用してきたことからも、そのリスクを避けるためにどうしても外したかったのでしょう。
できれば、個別に対応していただきたいところですが、販売サイトがそういうなら仕方ないかなとも思います。一般書店に置き換えた時に、どれだけこの本を置いてくれと営業しても、置くかどうかは書店次第なので。鳥取県の条例が再度、見直されない限り、Amazonへの再掲載は難しいと考えます」
”有害図書指定”の制度がすでにオワコンではないのか
小野編集長は鳥取県審議方法の姿勢も問題視する。
「今回、鳥取県で3冊が指定されましたが、そもそもなぜこの3冊が審議の場に挙がったのかを明らかにしてほしいとも問い合わせました。回答は、書店で無作為で選んだとのことでしたが……。
恐らく、これまで指定してきた同じ三才ブックスの『アリエナイ理科シリーズ』だからということで、選出したのだと考えるのが自然でしょう。この時点で、既に恣意的に選んで狙い撃ちにしているといえます。
アリエナイ理科シリーズは、基本的に理工書の棚に置かれており、『アリエナイ医学事典』は医学書の棚です(Amazonでは『医学史』ジャンルでした)。しかも価格は1500円以上。
専門性の高い棚に置いてあり、値段もそれなりに高い本をわざわざ選んで、その上でまともに審議しているか不明なまま、『子供に見せるのはふさわしくない』……と断じられたわけです。これはまともな審議のプロセスといえるのでしょうか。
児童書でもなければコミック棚にあるわけでもなく、小学生などが簡単に買える金額ではありません。つまり、読ませていいかどうかは、親が判断すべきと考えます。
恐らく今後、平井知事が、この本ではここが表現や画像が過激だ……などと指摘されるでしょうが、それはあくまで一部であり、繰り返すようですが専門性の高い棚にあるので、爆弾の仕組みを解説する化学書や、死体のカラー写真を掲載している医学書の扱いはどうするのかという話になります。100均やコンビニで売られている、カッターやハサミの取り扱いと同じように、親が判断すればいいと考えます。
そして、鳥取県の担当課の職員と審議員について。
有害図書として指定することで、本の販売を規制することが、表現の自由&出版の自由に関する重大な決断になることをどれほど理解しているのかも疑問です。審議員のメンバーには法曹関係者が一人もいませんでした。こういったメンバーの選出方法自体も、問題があるように思います」
最後に有害図書全般について次のように見解を述べた。
「改正された条例が今回の騒動の要因ですが、そもそも有害図書の指定という条例自体、形骸化しており既にオワコンだと考えています。これまで有害図書に指定されても、我々版元に通知が来るかは県によって対応が異なり、たとえ指定された県でも書店の売上は変わることはありませんでした。
つまり、現場の書店で販売を制限するなどの対応はおろか、ゾーニングやシュリンクすらしていないことが多いからです(売れる本に関しては)。違反したから罰金を科されたなんて話も聞いたことがありません。
有害図書の審議の場に何冊の本を挙げて、何冊の本が指定されたのかといったことも不明ですし、指定するからにはそのすべての本を前書きから後書きに至るまで全ページ読み、その上で議論・精査する必要があるはずです。それが、表現の自由&出版の自由が保証されている、この日本で販売を制限する判断をする最低限の義務であろうと、私は考えます。
となると、数時間集まっただけでフェアに審議するなんてことは物理的に不可能でしょう。それを良しとしてこれまで、惰性的に指定し続けてきたこと自体、問題だと思いますが、そうなるとより解決が難しくなるので、そういったことを踏まえた上で、改正された条例の正当性に絞るのがベターかなと考えています」
鳥取県「対象は県内の青少年」「流通停止は事業者の判断」
騒動の焦点のひとつである“条例改正”に関し、鳥取県子育て・人材局子育て王国課の担当者は次のように説明する。
「2020年10月の改正以前からネットでも販売も禁止という解釈でした。今回の改正はそれをより明記したものです。条例は、あくまで鳥取県内の18歳未満の青少年への販売を禁じたものです。今回の改正でそれを明示したことで、事業者(Amazon)側の目に止まり、(流通停止を自主的に)判断したものと認識しています」
小野編集長や亜留間氏らが指摘する、有害図書指定の審議の透明性については、「同条例や県青少年問題協議会有害図書指定審査部会運営要綱などの要件にもとづいて指定されたもので、他自治体(東京都など)のように具体的にどこのページがそれに該当するものかを明らかにするプロセスはない」と語った。
また、有害図書指定された出版社や著者への通知、異議申し立て制度などの必要性について聞いたところ、「そうした事例は他の自治体の条例などで聞いたことがありません」と話した。
鳥取県の説明をまとめると「あくまで県内の青少年の手に入らないように規制するつもりだったが、Amazonが独自に解釈して流通を停止した」ということになる。罰則がある法律なのにも関わらず、指定された書籍を販売するか、中止するかはECサイトの運営事業者の自己責任で解釈しろ、ということなのだろうか。
大手ECサイト運営事業者幹部はAmazonの対応に関して次のように推測する。
「『罰則規定のある自治体条例に抵触するという解釈が可能』となれば、Amazonのようなグローバルプレーヤーは、コンプライアンスの観点からそれに従わないわけにはいかないというのが実情だったのではないでしょうか。
Amazonの登録者の住所などをもとにして、ユーザーごとに個別に規制をかけるには複雑なシステムの構築が必要です。また自治体ごとに有害図書指定されている書籍は千差万別で、それを細分化して規制するのは世界中で運用している現行システムそのものを大きく変える作業が必要になる可能性があります。
そうなればAmazonの日本法人単独の問題ではなく、グループ全体の方針に関わってくる問題です。事業者は法律を守らなくてはなりません。それはグローバル企業であるAmazonも変わらないでしょう。国政、地方に関わらず立法に携わる皆さんには、ご自身たちが定めている法律の条文が、社会や世界にどのような影響を及ぼすのかしっかり検証して、審議をしていただきたいと考えております」
有害指定を受けた三才ブックスの3冊について、各ECサイトで取り扱い判断が分かれた。Amazonや楽天ブックスなど、大手ECサイト運営事業者に見解を聞いている。各社からの回答がまとまり次第、後日、別稿でレポートする。
また一連の問題について、山岸純法律事務所の山岸純弁護士は次のような見解を示した。
山岸弁護士の見解
正直なところ、どこがメイン論点となるのか判然としないところがあるのですが、少なくとも「有害図書指定」という不利益処分にあたり聴聞の機会などがなかったのであれば、「有害図書に指定した」という行政処分の取消しを求めるための裁判を行うべきでしょう(その前に審査請求という行政上の手続きもあります)。
この裁判は行政訴訟と言い、行政手続きに不服がある場合に当該行政の行動を裁判所が取消し、”なかったこと”にする効果を得るものです。
本当に「事前の連絡」がない(弁明をする機会がなかった)のなら大きな手続き違反でしょうし、裁判となれば鳥取県の行政処分が取り消される可能性はかなり高いと思われます。
次にAmazonの件ですが、売る、売らないはその理由に関係なくビジネス上の話なので、なかなか悪く言えないかと思います。
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純/弁護士・山岸純法律事務所代表)