昨今、加熱傾向にある中学受験だが、合否に大きくかかわってくるのが塾選びだ。なかでも御三家と呼ばれる開成中学校、麻布中学校、武蔵中学校などの最難関中学の合格者を多数輩出し、大学受験では東京大学、早稲田大学、慶應義塾大学などに合格する出身者も多い大手中学受験塾「SAPIX小学部」は、ここ数年でさらに人気が増しているという。SAPIXといえば、入塾テストが難しく、頻繁に行われるクラス替え、15~20名ほどの少数精鋭のクラス編成を特徴としており、きめ細やかな指導を受けられるともっぱら話題だ。
しかし、そんな人気のSAPIXについて、ネット上ではある話題が広まっている。藤沢数希氏の著書『コスパで考える学歴攻略法』(新潮新書)によると、実はSAPIX出身者の将来卒業する大学の中央値が、MARCH(明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学)以下だというのだ。この書籍の情報に、「SAPIXに入れてもMARCHレベルに届かないことも多いのか」と、動揺する受験生の親が少なくないという。
SAPIXは、中学受験に向けた勉強が本格化する小学4年生から6年生の間の学費を換算すると、入室料金含め200万円近くもかかる。それに加えテキスト代、春季・夏季講習などの特別講習、公開模試の費用は別なので、総額はさらに膨れ上がることになる。そのSAPIX出身者でさえ、中央値がMARCH以下だという情報は事実なのだろうか。そこで今回は中学受験指導歴40年を誇る、プロ家庭教師「名門指導会」代表・西村則康氏に、SAPIXの実態について話を聞いた。
「SAPIX出身者の中央値がMARCH以下」かもしれないが…
まず、「SAPIX出身者の卒業大学の中央値がMARCH以下」だというのは事実なのだろうか。
「たしかにそうした事実はあるでしょう。SAPIXでは、厳密なクラス分けが行われており、下からA、B、C……と上がります。なかでも最上位の成績優秀者を集めた『αクラス』は、御三家合格を現実的に充分狙えるレベルです。上位クラスの生徒たちはまわりの子も全員御三家、もしくはそれに追随するレベルの学校を狙っているので、自身の学力の相対的な位置を測ることができ刺激になりやすく、受験に打ち込む周囲の環境も整っています。
一方、最下位付近のクラスの生徒たちは、基本的に授業についていけず、教材に書かれているテキストやその内容が理解できていない子もいます。このようにSAPIXでは、上位層の生徒たちのレベルは高いものの、下位層の生徒たちのレベルとの乖離が大きいことは、SAPIXも同様です」(西村氏)
SAPIXの評価を下げる論法を展開するのはナンセンス
また、西村氏は「SAPIX出身者の卒業大学の中央値がMARCH以下」が事実であったとしても、そのデータをもとにSAPIXの評価を下げるような論法を展開すること自体が間違っていると強く糾弾する。
「前提として、SAPIXに通う生徒がどんな中学に進学したとしても、それが大学進学の中央値にどれほど関係するかを証明することは非常に難しいわけです。たとえばSAPIX偏差値50付近の名門校である本郷中学や城北中学にも、SAPIXから毎年多くの合格者が出ていますが、問題はその中学でどういうふうに勉学に励んだか、さらにはその先の高校でどのように勉学に励んだかで、合格できる大学が変わるのは当然のこと。本郷高や城北高出身者の大学進学実績を見ると、東大や早慶に入れる生徒もいれば、ワンランク下のMARCHに入る生徒もいますし、日東駒専(日本大学、東洋大学、駒沢大学、専修大学)に入る生徒だっています。
どんなに難関の名門中学に入学したからといって、その後の取り組み方次第で良いほうにも悪いほうにも転ぶわけです。要するに、高校以降の進学先は『SAPIX小学部』が関与していない本人次第の部分にもかかわらず、『SAPIX出身者の卒業大学の中央値がMARCH以下』という結果だけを見て、コスパを論じることには、少し無理があるように思います」(同)
中学受験の勉強よりも、入学した中学での就学状況のほうが難関大の合否に影響を及ぼすという。
「中学受験では同じぐらいの偏差値だった生徒同士でも、表面上の丸暗記だけをしてきた子と正しい勉強のルールを身に付けた子を比較すると、中学、高校時代の学習の伸びはまるで異なり、後者の生徒のほうが圧倒的に伸びるわけです。これはSAPIX出身者に限らず、どこの大手塾の生徒もそう。ですから難関大に合格するためには、目先の中学受験に成功することだけにとらわれるのではなく、受験勉強を通じて勉強のやり方を知り、受験のためのスタイル、習慣を身に付けていくことが大事なのです」(同)
難関校への合格実績は最初から優秀な生徒を集めているから
SAPIXが難関中学への高い合格実績を出せているのは事実。これはSAPIXならではの特徴ゆえだという。
「SAPIXが高い合格実績を出せているのは、シンプルに優秀な生徒をたくさん集められる仕組みになっているからでしょう。もちろんSAPIXの授業のおかげで学力が急激に伸びるという生徒もいますが、それ以前に最初から学力が高い生徒を選りすぐっているという構図なんです。SAPIXは、かつて存在した進学実績の高かったTAP進学教室から分裂して創立された塾であり、当初から最上位クラスの生徒を集める工夫をしていました。
それが如実に表れているのが入塾テスト。SAPIXでは小学3年生の2月に入塾テストが行われており、教科は算数、国語のみとなっています。小学校内容より若干難しめな計算や文章問題が70点分出てきますが、特殊なテクニックが必要なわけではないので、基礎レベルの内容がわかっていれば解ける問題です。しかし、残りの30点分は思考力を問う問題になっており、なかなかの曲者。四谷大塚や早稲田アカデミーといった大手塾とは違い、非常にひねっている問題を出しているのです」(同)
各塾の特色を掴んで子どもが不幸にならない塾選びを
では中学受験成功に向けた塾選びで重要こととは何か。
「中学受験で合格のためのメソッドはすでに完成していまして、ただ単に長時間勉強してがんばるというだけでは、難関校の合格は難しい世界になってきています。中学受験では、近年解法のテクニックや知識量においては易しくなる反面、情報整理力や類推力においては高度になりつつあります。受験勉強を通じて『どれだけの知識を身につけましたか』ではなく『どれだけ考える力を身につけましたか』と問う方向に変化しつつあります。そうした思考力を伸ばすためには、やはり正しい勉強法を身に付ける必要があります。また、何より家庭で子どもをサポートすることは必須となってきますので、中学受験は子どもだけの責任ではなく、家族一丸となって取り組むべき行事なのです。
それを踏まえたうえで、お子さんに合う塾を探してみてください。是が非でも御三家を狙いたいという子どもにはやはりSAPIXが一番向いていると思いますし、繊細な子どもであれば早稲田アカデミーは避けたほうがいい。じっくり基礎を固めたい子どもにはカリキュラム進度がゆっくりな日能研がいいかもしれません。このように、各塾の特色を掴んで子どもが不幸にならない塾選びをしてもらいたいものです」(同)
(文=文月/A4studio、協力=西村則康/プロ家庭教師「名門指導会」代表)