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梅原淳「たかが鉄道、されど鉄道」

東北新幹線、なぜ架線が垂れ下がっただけで丸一日も運休?JR東日本の苦悩

文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト
東北新幹線、なぜ架線が垂れ下がっただけで丸一日も運休?JR東日本の苦悩の画像1
上越新幹線大宮-熊谷間に張られた架線。3本の電線から構成されたコンパウンドカテナリで、新幹線の場合は電線を重くして架線の移動を極力抑えたヘビーコンパウンドカテナリと呼ばれる。2002年8月24日 筆者撮影

 去る2024(令和6)年1月23日午前9時58分ごろ、埼玉県さいたま市中央区内にあるJR東日本東北新幹線上野-大宮間の上り東京駅方面の線路で架線が垂れ下がるトラブルが発生した。ちょうどその垂れ下がった架線の下を、大宮駅を9時55分に出発したばかりの金沢発、東京行き「かがやき504号」が通りかかり、12両編成を組むこの列車に搭載された2基のパンタグラフはどちらも壊れ、架線を支える電柱に取り付けられた金具も損傷してしまう。その直後に架線からは異常な電流が流れた結果、架線への送電を担う変電所が異常を検知して自動的に送電を中止したことで停電となり、「かがやき504号」をはじめ、近くを走行中の他の列車も急停止した。このトラブルで東北・上越・北陸の各新幹線の一部区間が長時間にわたって列車の運転が見合わせとなったことは記憶に新しい。結局、上野-大宮間が復旧したのは翌1月24日の始発からとなる。

 架線が垂れ下がった原因について、筆者は架線の両端で架線をピンと張っている装置のトラブル、または架線を支えるためにおよそ50メートル間隔で建てられた電柱に取り付けられた金具類の破損であろうとテレビ局や新聞社向けにコメントした。案の定というか、JR東日本は1月30日に今回のトラブルの原因について、架線の両端で架線を張る滑車式自動張力調整装置(以下、滑車式)に付いている重りをぶら下げる竿状のロッドが破損したためと発表している。

 とここまで述べても、よほど鉄道に詳しい人でもないと意味不明であろう。そもそも、なぜ架線を重りでぶら下げなければならないのか、電柱に金具を介してねじで固定しておけばよいのにと多くの方々は思ったに違いない。そこでまずは簡単に架線について説明しよう。

架線の構造

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建設中の北海道新幹線新青森-奥津軽いまべつ間の架線と架線を支える電柱類を見たところ。北海道新幹線の場合、架線はトロリ線の上をちょう架線でつり下げた構造でシンプルカテナリという。電柱は鋼管で、電柱から架線へと延びたブラケットがちょう架線を下から支え、この区間はカーブなのでトロリ線がカーブの内側に行き過ぎないように曲線引(きょくせんびき)で押さえている。2014年6月30日 鉄道建設・運輸施設整備支援機構の許可のもと筆者撮影

 架線とは、車両に走行用そのほかの電力を供給するために線路の上空に張りめぐらされた電線を指す。1本の電線で構成されていると考えたくなるが、実は速度の遅い路面電車を除いて、電線は垂直方向にもう1本または2本追加されるケースが圧倒的に多い。トロリ線といってパンタグラフが触れる電線1本だけではどうしても水平に張れず、たるみが生じるからだ。そこで、トロリ線の上にちょう架線と呼ばれる電線を張りめぐらせ、ここから下向きにハンガという金具をはしご状にいくつも置いて、トロリ線をつり下げる。

 今回トラブルが起きた場所では3本の電線が垂直方向に並べられた。一番上にあるちょう架線からハンガに似たドロッパが延びて補助ちょう架線をつり下げ、この補助ちょう架線から延びたハンガがトロリ線をつり下げる。電線2本の構造よりもさらにトロリ線がたるみにくいのが特徴だ。このような構造の架線をコンパウンドカテナリという。ハンガ2個に対してドロッパ1個が互い違いに取り付けられていて、あみだくじであるとかトーナメント表のように見える。

 コンパウンドカテナリの架線としただけでも、まだたるんでしまう。そこで架線を支える電柱に強い力で固定しておけばよいと考えたくなるが、現実的ではない。新幹線の場合、電柱はおおむね50メートルおきに建てられていて、東京駅と新青森駅との間の673.9キロメートル(実際の線路の長さ。営業キロは713.7キロメートル)を結ぶ東北新幹線では、その数なんと2万2448本(2021年3月31日現在)もある。これらすべての電柱で架線を強く張るように調節することはとてもできない。そこで、架線の両端を先ほどの滑車式によって強い力をかけて張る方法が考案された。架線を張る力は、JR在来線がおおむね29.4キロニュートン(3重量トン)のところ、新幹線の車両は超高速で走行するので、今回トラブルが生じた場所を含めてさらに大きな53.9キロニュートン(5.5重量トン)で張られている。

滑車式を両端に設置して引っ張れる架線の長さ

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東海道新幹線新富士-静岡間の架線で見られる滑車式自動張力調整装置。装置とはいうものの、単純なしくみで、もちろん問題はないがロッドやワイヤーは華奢にさえ見える。2006年11月22日 筆者撮影

 さて、架線とは何百キロメートルも一続きであると考えられがちだ。たとえば東北新幹線の場合、架線の一方の端は東京駅にあり、そしてもう一方の端は新青森駅にあるという具合にである。ならば、なぜ滑車式が今回トラブルが起きた場所のように、線路の終点でもなければ、駅などの区切りのよい場所でもないところに設置されていたのであろうか。

 その理由として挙げられるのは、滑車式を両端に設置して引っ張れる架線の長さが1キロメートルから1.6キロメートルまでに過ぎないからだ。したがって、架線はどこまでも一直線に張られているのではない。架線の終端が近づいたらいままであった架線の隣から新たな架線がやってきて、しばらくは両者が重なった状態で進み、やがてこれまでの架線は線路の横へと逃げて架線は入れ替わる。

 新幹線ともあろう近代的な鉄道が、いっては悪いがずいぶんと単純な仕組みで架線を張っているものだと驚く方も多いであろう。滑車式とは、トロリ線、ちょう架線、補助ちょう架線の3本の電線を1本のワイヤーまたはチェーンにひとまとめにして滑車に固定し、一方で滑車に取り付けられたロッドを介して下向きにつり下げたコンクリート製の重りで引っ張る仕組みをもつ。今回トラブルが起きた場所では約1.3トンの重りが用いられていたそうだ。架線を張るための装置といわれてだれもが思い付くつくりだといってよい。

 素人目にも滑車式のワイヤーやらロッドが切れれたらどうなるか予想がつく。今回のトラブルに似た例として、2005(平成17)年11月7日にもJR東日本山手線の有楽町駅付近に設置された滑車式自動張力調整装置のロッドが破損し、山手線や京浜東北線の電車が最大で5時間ほど運転を見合わせるトラブルが発生した。ワイヤーやロッドの老朽化具合を肉眼で点検しただけではわかりづらいので、トラブルを皆無にすることは難しい。

滑車式の欠点を解消したばね式の自動張力調整装置

 滑車式の欠点を解消した自動張力調整装置はすでに存在し、ばね式自動張力調整装置(以下、ばね式)という。この装置は円筒の中に収められたばねが架線を引っ張っる仕組みを備えており、滑車式に比べれば構造は単純で、メンテナンスも容易なことから、トラブルを予想しやすい。1960年代から実用化されているものの、ばねで押さえられる力がやや小さいため、滑車式と比べて半分以下の距離となる600メートルの架線を引っ張るのが限界という欠点があった。それに、滑車式と比べて安定して架線を引っ張る能力もやや劣る。

 重りをぶら下げるという単純なつくりは、つまりは一定の力で引っ張り続けることと等しい。滑車式の場合、理論上は張力が変動する割合は5パーセント以下で、1.6キロメートルの架線を新幹線に張ったときの変動率は8パーセント以下だそうだ。これに対してばね式はばねが伸び縮みする量に応じて引っ張る力が変わるので、張力の変動率は最大で15パーセントに達することもあった。改良の結果、2000年代になってなんとか9パーセント以内に収められ、しかも滑車式と同じ距離の架線を引っ張れるようになる。東北新幹線では2002(平成14)年から2010(平成22)年にかけて新たに開業した盛岡-新青森間で採用されている。

架線を張る力の安定性が滑車式に比べて劣る

 今回の架線の垂れ下がりトラブルも、滑車式から改良版のばね式に変えておけば起きなかったかもしれない。けれども、架線を張る力の安定性が滑車式に比べて劣る点をJR東日本は気にしていたらしく、なかなか置き換えは進んでいなかった。ほぼ一日列車が運休となったこともあってついにJR東日本も決断し、恒久対策としてばね式への取り替えを順次進めるという。

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北海道新幹線新青森-奥津軽いまべつ間に設置されたばね式自動張力調整装置。近代的で頑丈に見えるが、滑車式と比べて課題があり、新幹線では一部を除いてあまり導入は進んでいなかった。2014年6月30日 筆者撮影

 気になるのは張力の変動率だが、どうやら同社は引っ張る架線の長さを短縮して対処するらしい。同社が2024年1月30日に公表した「東北・上越・北陸新幹線 架線故障による運転見合わせに伴う点検と対策について」によると、ばね式の主な特徴として「張力調整できる架線長がWTB(筆者注、滑車式)より短い」とあった。つまり、最長1.6キロメートルにわたって架線を引っ張ることは行わず、どのくらいかはわからないが、最長で1キロメートル程度にとどめて必要な張力の変動率を確保するのであろう。

 一見すると架線とは単なる電線の集まりで、しかもその電線を引っ張るだけの装置にもこれだけの苦労が隠されている。新幹線に乗っていて滑車式やばね式の自動張力調整装置の存在に気づくことはまずない。けれども一度トラブルに見舞われると大きな影響が出てしまう。そうした縁の下の力持ちである自動張力調整装置の役割をときには思い浮かべてほしい。

(文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)

梅原淳/鉄道ジャーナリスト

梅原淳/鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。
http://www.umehara-train.com/

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