17日に投開票された兵庫県知事選挙で当選した斎藤元彦知事。兵庫県のPR・広報会社、株式会社merchu(メルチュ)の代表・折田楓氏が斎藤知事の選挙活動においてSNS戦略を担ったとサイト「note」上で公表し、斎藤陣営から報酬が支払われていた場合は公職選挙法違反の可能性があると指摘されている問題で、折田氏が報酬の受け取りを認める言動を行っているとの指摘が広まっている。折田氏はnote記事で「そのような仕事を、東京の大手代理店ではなく、兵庫県にある会社が手掛けたということもアピールしておきたいです」「『広報』というお仕事の持つ底力」「私が監修者として、(編集部追記:SNSの)運用戦略立案、アカウントの立ち上げ(略)などを責任を持って行い」と「仕事」という言葉を使っており、斎藤陣営から報酬を受けて業務として行っていたという見方が広まっている。また、「期間中全神経を研ぎ澄ましながら管理・監修」「選挙を終えてみての私の率直な感想は、(略)食べる暇も寝る暇もない程でした」とも記述しており、選挙期間中は斎藤陣営の選挙活動に関するSNS運用業務に専念していたとみられ、仮に無報酬であったとすれば、斎藤陣営が負荷の大きな業務を一企業に無報酬を行わせていたことになる。もし公職選挙法違反が認められた場合は斎藤知事は失職し、改めて選挙が実施され多額の公費が支出されることになるだけに、斎藤知事には詳細の説明が求められている。
斎藤知事の当選の要因として巧みなSNS戦略が高い効果を生んだ点が指摘されているが、そのSNS戦略を担ったメルチュ社の代表・折田楓氏が今月20日、「note」上に選挙期間中の一連の活動内容を記述。それによれば、同社は今回の斎藤知事の選挙活動の広報全般を任され、監修者として運用戦略立案、アカウントの立ち上げ、プロフィール作成、コンテンツ企画、文章フォーマット設計、情報選定などを責任を持って行い、具体的には以下を担当したという。
・コピー考案、メインビジュアル作成、デザインガイドブック作成(選挙カー・看板・ポスター・チラシ・選挙公報・公約スライドの制作に利用)
・SNSのハッシュタグを「#さいとう元知事がんばれ」に統一
・X(旧Twitter)本人アカウント、X公式応援アカウント、Instagram本人アカウント、YouTube公式チャンネルの管理・監修・運用
この「note」投稿を受け、もしメルチュ社が斎藤陣営・関係者から報酬の支払いを受けていた場合は公職選挙法に抵触する可能性があるとの指摘が出ている。公職選挙法では、インターネットを利用した選挙運動を行った者に、その選挙運動の対価として報酬を支払った場合には買収罪の適用があると定められている。
どちからが虚偽の説明
斎藤知事側は同社にSNS戦略の企画立案などを依頼をしたという事実を否定し、ポスター制作などのみを依頼して報酬を支払ったと説明しているが、「note」上で折田氏は以下のように「仕事として行った」という旨の記述をしており、報酬の支払いを認めているとの指摘が広まっている。
「そのような仕事を、東京の大手代理店ではなく、兵庫県にある会社が手掛けたということもアピールしておきたいです」
「『広報』というお仕事の持つ底力、正しい情報を正しく発信し続けることの大変さや重要性について、少しでもご理解が深まるきっかけになれば幸いです」
また、以下のように選挙期間中は会社として斎藤陣営の選挙活動に関するSNS運用業務に集中していたとも記述しており、斎藤知事側のSNS戦略の企画立案などは依頼していないという説明と食い違うのに加え、もし仮に斎藤陣営が無報酬で重い負荷の業務を同社に行わせていたとすれば問題がある。
「私のキャパシティとしても期間中全神経を研ぎ澄ましながら管理・監修できるアカウント数はこの4つが限界でした」
「実際選挙を終えてみての私の率直な感想は、『選挙は広報の総合格闘技』であるということです。質・量・スピード全てが求められ、食べる暇も寝る暇もない程でした」
全国紙記者はいう。
「メルチュ社はSNSアカウントの管理・監修・運用やハッシュタグの統一などを行っていたと言っており、斎藤知事側はこれらの業務を同社に委託していないと言っているので、どちからが虚偽の説明をしていることになります。また、メルチュ社は選挙期間中は全神経を集中して斎藤陣営のSNS運用を担っていたと言っており、特別な理由がない限りは会社として無報酬でそのような行為を行う合理的な理由はないですし、もし仮に斎藤陣営が無報酬で同社に業務を行わせていたとすれば下請法違反など違法行為の疑いも出てきます。つまり今回の斎藤陣営の選挙活動をめぐって複数の違法性が疑われる事案が生じており、兵庫県の選挙管理委員会が調査を開始してしかるべきでしょう」
公職選挙法第221条1項
公職選挙法では、インターネットを利用した選挙運動を行った者に、その選挙運動の対価として報酬を支払った場合には買収罪の適用があると定められている。山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「この会社に報酬を支払っているのであれば、公職選挙法がいう買収罪(3年以下の懲役刑や禁固刑)に該当することになります。特定の候補者の当選のために投票を得る有利な行動、すなわち選挙運動に携わる者に対して金銭などを提供した場合に公職選挙法第221条1項は買収罪を定めています。この場合、当然、報酬を支払った者には刑罰が科せられますし、たとえ、秘書、親族といった関係者が買収をし、斎藤知事自身は関わっていなくても『連座制』という制度によりその当選が無効となります。情報では、こういった会社は『勝手に』やっていたということですが、ここら辺の真相はしっかり追及していってもらいたいものです」
斎藤陣営・関係者からメルチュ社へSNS戦略の企画立案などに関する報酬支払いがあったのか否かについて、現在、兵庫県に問い合わせ中であり、回答あり次第、追記する。
“成功事例”にはなり得ず
今回の選挙選をめぐっては、選挙報道をリードするはずのテレビ・新聞などの主要オールドメディアに対する有権者の不信に加え、有権者がSNSから多くの情報を取得していたことが斎藤知事の当選を生んだとの解説が目立っている。
たとえば群馬県の山本一太知事は21日の記者会見で、「テレビ、新聞、雑誌など既存メディアから一方的に非難された候補者が当選したケースは、いまだかつて見たことはなかった。兵庫県民は既存メディアの報道をうのみにしなかったということで、初の現象。選挙の転換点になるのではないか」と分析した。
同様の見方はテレビ界のなかからでも出ており、フリーアナウンサーの宮根誠司は17日放送の報道番組『Mr.サンデー』(フジテレビ系)内で、「今回、私個人が思うのは、大手メディアのある意味、敗北です」「これから大手メディアが選挙戦をどう伝えていくのか、今回の兵庫県知事選で我々が突きつけられました」と発言。TBSの安住紳一郎アナウンサーは18日放送の情報番組『THE TIME,』内で「テレビ、メディアに対する批判も十分自覚しているつもりです。みなさんがテレビに物足りなさを感じている。『SNSと比べて』などなど意見があると思います」「SNSと同じようなことを今のテレビではできませんが、やはりプライベート、さらには裏を取ること、そして公平にということで信頼感がある情報をSNSと並んで選択肢として選んでもらえるように、もう一度、作業を丁寧に重ねていきたいと思います」と発言した。
このほか、テレビの選挙報道のあり方も議論の的となっている。たとえば、18日放送の情報番組『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)でコメンテーターの玉川徹氏は「既存メディアは公職選挙法に縛られる。法律で手足を縛られている。だけど、今はSNSが一つのメディアとなっているなかで、まったくここは縛られない。今回改めて斎藤さんを当選させるという方向で、これだけ大きな力を持った。既存メディアはいろいろ考えていかないといけない」と解説。これに対し元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏はX(旧Twitter)上に
「完全に逃げ。公選法も放送法もそこまで縛っていない。きちんと公平に放送すればいいだけなのに批判を恐れて極度に自主規制しているだけ」
「そもそもメディア関係者は『放送法は行政指導の根拠にならない。あくまでも放送局の自主規制、倫理的規範』と言っていたはず。それが今、放送法に縛られてSNSに反論できなかったと言い訳するメディア関係者が多い」
「放送局はなぜ極度な自主規制をやっているのか。それは政党や政治家、視聴者から文句を言われるのが面倒だから、それなら放送を控えようとなっているだけ。いよいよメディアも変わる時期だ。SNSと切磋琢磨して有権者に判断のための情報を届けるべきだ」
とポストした。
前出・全国紙記者はいう。
「今回の選挙では斎藤陣営による巧みなSNS戦略が成功したことが当選につながり、これまでの選挙のあり方を大きく変えたといわれているが、そのSNS戦略が違法な手段で実現されたものであったすれば、“成功事例”にはなり得ず、称賛されるべきものでもなくなるでしょう」
PR・広報会社としての振る舞いにも疑問
PR・広報会社としてのメルチュ社の振る舞いにも疑問が寄せられている。当該「note」記事には、メルチュ社が斎藤知事に示した提案資料の一部である「SNS運用フェーズ」の画像が掲載され、10月1日より順次「立ち上げ・運用体制の整備」「コンテンツ強化(質)」「コンテンツ強化(量)」を行うというスケジュール案が記載されていたが、指摘が出始めた後にその画像を削除。今回の県知事選の告示日は10月31日だが、告示日より前の選挙運動は公職選挙法により禁止されている。
マーケティング会社役員はいう。
「企業が実績のPRや宣伝のために自社が手掛けた顧客・ユーザーの導入事例を公表する場合、その相手顧客の合意を得て、かつ公表する内容を事前にチェックしてもらうというのはビジネス上の常識。斎藤知事側のコメントを見る限り、それを怠っていたとみられ、ビジネスの進め方として問題がある行為といえ、そうしたミスを顧客にPR・広報の助言を行う立場の会社がおかしたということになる。PR・広報を主たる業務とする会社が自社のPR・広報活動で大きな問題を招いてしまったという点も、同社の信用低下につながるのは避けられない。そして、やはり気になるのは、なぜ指摘が広まった後に何の説明もなしでnote記事の一部を削除したのかという点だ。問題が広まった後に説明なしでこのような行為を行うというのも、PR・広報のルールとしては問題がある」(11月23日付当サイト記事より)
斎藤知事のパワハラ問題での失職から再選までの経緯
2021年に改革派知事として兵庫県知事に就任した斎藤氏への風当たりが強くなり始めたのは今年3月。県の西播磨県民局長(当時)が斎藤知事のパワハラや出張先などでの贈答品の受領などを告発。局長は4月には県の公益通報制度を利用して内部通報したが、県から公益通報の保護対象とされず、停職3カ月の懲戒処分を受け、7月に亡くなった。自殺の可能性が高いとみられている。懲戒処分が出る過程では、斎藤知事は職員から処分については公益通報窓口の調査結果が出るまで待つべきとの見解を示されたが、人事担当部門に公益通報の結果を待たずに処分できないかを弁護士に確認するよう指示し、最終的には局長の告発行為を誹謗中傷と認定し、調査結果を待たずに処分を決めたことが明らかとなっている。
このほかにも、県議会が設置した調査特別委員会(百条委員会)が県職員へ行ったアンケート結果などにより、以下の斎藤知事による職員へのパワハラ行為や問題行為が疑われている。
・公用車で出張先を訪れた際、エントランスから約20メートル離れたところで停車し歩かされたことを理由に職員を怒鳴った。
・職員らを前に机を叩いて激高したり、幹部などに対してチャットで深夜や休日に業務指示を出していた。
・会議が開かれたホテルで急遽、事前申込制のレストランで夕食をとりたいと職員に言い、断られたことを伝えられると「俺は知事だぞ」と激怒した。
・配布資料やチラシなどに自身の顔写真やメッセージが掲載されていないと叱責した。
・出張先でお土産を要求して持ち帰ったり、民間企業から贈答品を受領していた。県職員が土産に用意されたカニの受領を拒否した際、斎藤知事はそれを持って帰ったこともあった。
・出張先で撮影した自身の写真の写りが悪いと怒鳴った。
・職員にモノを投げつけた。
・エレベーター前で待たされると機嫌が悪くなったり、目の前でエレベーターの扉が閉まって乗り損ねたりすると、職員に「お前はエレベーターのボタンも押せないのか」などと怒鳴りつけた。
・公用車で移動中に気に入らないことがあった際、助手席のシートを後部座席から蹴った。
・県の旅費規定を超える宿泊料の高級旅館に宿泊していた。
なかでも問題視されているのが、前述の県の公益通報制度を利用して通報した西播磨県民局長(当時)への対応だ。公益通報者保護法では通報者への不利益な扱いは禁じられているが、斎藤知事は保護の対象にならないとして局長の懲戒処分を決断。3月には片山安孝元副知事が元局長への事情聴取を行い、
「俺の悪口もよう書いてあったけど。勤務中にやっとったんちゃうんかい。どないやねん」
「名前が出てきた者は、一斉に嫌疑かけて調べなしゃあないからな。 いろいろメールのなかで名前出てきた者は、みんな在職しとるということだけ忘れんとってくれよな。手始めに●●(編注:職員の名前)あたり危ない思うとんやけどな」
などと詰問していたことも判明している。
県議会は百条委員会を設置し、斎藤知事への証人尋問も行われたが、斎藤知事は元局長への処分について「手続きに瑕疵はない」と主張しており、一貫して辞意を否定。9月19日には県議会の各会派などが提出した知事の不信任決議案が全会一致で可決され、失職した。
今月17日に投開票された兵庫県知事選挙では、当初は斎藤知事の落選は濃厚との論調も強かったが、蓋を開けてみれば斎藤知事は3年前の当選時から約25万票も多い約111万票を獲得して当選。次点で県内の22の市長から支持を受けた稲村和美・尼崎市前市長に14万票の差をつけての圧勝となった。選挙の投票率は前回(2021年)を14.55ポイント上回る55.65%となり、県民の関心が高かったことがうかがえる。
(文=Business Journal編集部)