CO2×微生物でプラスチックを作る「ガス発酵プラント」…日揮が仕掛ける夢の技術

●この記事のポイント
日揮HDが神戸に世界初のガス発酵研究拠点JBXを開設。水素酸化細菌でCO2から生分解性プラスチックを製造する技術を開発中だ。中東依存度74%に達するナフサ構造リスクへの根本的な解答となるか。2030年200兆円のバイオエコノミー市場でプラントエンジニアが仕掛ける産業構造の組み替えを読む。
2026年、ナフサ危機が露わにした「構造的な脆弱性」。その突破口をプラントエンジニアリングの老舗が拓こうとしている。
●目次
「プラント屋」が素材メーカーの領域に踏み込んだ理由
2024年夏、日揮ホールディングス(HD)は神戸市ポートアイランドに「バイオプロセス研究所(JBX)」の建設に着工した。延床面積約4,000㎡、数リットルから数百リットル規模の培養槽を備えるこの施設は、2025年12月に竣工。「世界初のガス発酵によるバイオものづくり研究開発拠点」として、その全貌を現した。
取り組んでいる技術はこうだ。水素と酸素をエネルギー源としてCO2を体内に取り込み、有機物を合成しながら増殖する「水素酸化細菌」を大量培養し、生分解性バイオポリマー(PHB類)を生産する。原料は「CO2」、副産物は「生分解性プラスチック」——化石資源を一切使わない、まったく新しい素材製造のルートである。
カネカ(微生物の育種)、バッカス・バイオイノベーション(スマートセル開発)、島津製作所(分析・評価技術)との4社連合で、NEDOのグリーンイノベーション基金事業にも採択されている国家プロジェクトだ。2025年の大阪・関西万博の日本政府館でも同技術が紹介され、改めて国内外の関心を集めた。
ここで一つの疑問が生じる。なぜ「素材を自ら作らない」はずのプラントエンジニアリング会社が、素材メーカーのフィールドに踏み込んだのか。
答えは、日揮HDの「強み」の再定義にある。同社はLNGプラントを中心に世界80カ国・2万件以上のEPC(設計・調達・建設)プロジェクトを手がけてきた、文字通りの業界トップだ。しかし石油・ガス中心の受注型ビジネスは、原油価格の変動やカントリーリスク、国際競争の激化に直接さらされる。実際、2024年度・2025年度には遂行中の複数の海外EPCプロジェクトで損失引当が発生し、「2040年ビジョン」の財務目標は2026年5月に下方修正された経緯もある。
「受注を待って建てる」だけでは持続的成長を担保しにくい——この危機感が、事業変革の起点にある。同社の「2040年ビジョン」は、EPC事業の割合を現在の約78%から2040年には60%に引き下げ、エネルギートランジション、ヘルスケア・ライフサイエンス、資源循環など5領域への多角化を掲げる。バイオものづくりは、その「将来の成長エンジン」に位置づけられている。
そして今回の技術で、日揮が担う役割はまさに「スケールアップ」だ。微生物を実験室(数リットル)から工場規模(数万〜数十万リットル)へと段階的に大きくするプロセス設計こそ、バイオ製造最大の難関であり、化学・石油プラントを設計し続けてきた日揮のコアコンピタンスと一致する。「エンジニアリング×バイオ」というまったく新しい掛け算で、メーカーが実験室レベルで手こずってきた「量産の壁」を突き破ろうとしている。
バイオテクノロジーに精通し産業応用に詳しい田代隆盛氏は、この構造をこう評す。
「バイオものづくりで失敗が多いのは、優れた微生物を作れても生産設備の設計が追いつかないからです。発酵槽の大型化には、ガスの溶解・撹拌・熱管理など複雑な工学的課題が山積する。そこにプラント設計のプロが入ることで、社会実装のスピードが劇的に変わる可能性がある。日揮の参入はバイオ業界にとっても異質な、しかし非常に合理的な選択です」(エネルギー研究・政策アナリストの田代隆盛氏)
ナフサ危機が証明した「構造的リスク」
この技術の意味を、現在のエネルギー地政学から切り離して語ることはできない。
石油化学工業協会のデータによると、2024年時点でプラスチックの主要原料であるナフサの輸入に占める中東産の割合は73.6%(UAE・クウェート・カタールの3カ国で67.4%を占める)。国産ナフサの原料となる原油を含めれば、日本が消費するナフサの実質的な中東依存度は8割超に達するとされる。
2026年の中東情勢の緊迫化はこの「一本足構造」をいよいよ顕在化させた。国の備蓄制度はナフサを対象としておらず民間在庫は約20日分ほど、原油とは異なる「無防備ゾーン」が、プラスチックから自動車部品・包装材・電子機器まで及ぶ裾野の広い産業全体を直撃しうる現実を突きつけている。
対して、日揮HDが進めるCO2発酵プラスチックの原料は文字通り「CO2」だ。鉄鋼・電力・セメントなど、排出を削減したくても削減しきれない産業が国内にいくらでも「原料」を持っている。ホルムズ海峡の緊張も、中東の政情も、この製造プロセスには関係しない。「空気中のCO2から素材を作る」という発想は単なる環境アピールではなく、資源安全保障上の根本的な解答になり得る。
さらに注目すべきは、従来の「バイオマスプラスチック」との差異だ。トウモロコシやサトウキビを原料とするバイオプラスチックは、耕作地・水・肥料を大量に必要とし、食料安全保障と競合する問題を抱えてきた。CO2を直接原料とするガス発酵なら、農地も農業用水も不要。しかも生産した生分解性ポリマーは海水中でも分解されやすく、プラスチック海洋汚染の課題にも同時に応えられる。
石油化学の「既存資産」に生じる亀裂と、新たなサプライチェーン
この技術が社会実装に近づくほど、既存の産業構造への影響は看過できない。
日本の石油化学産業は、エチレンプラント(ナフサを熱分解してエチレンなどを製造する大型設備)を中核とするコンビナート群を何十年もかけて整備してきた。そこに莫大な固定資産が眠っており、原料構造が変われば投資の前提が崩れる。業界全体では国際競争力の維持という観点で構造改革を迫られているさなか、代替素材の台頭はさらなる再編圧力となりうる。
一方で、新技術の普及は別の結びつきを生む。
「CO2を大量排出して困っている企業(鉄鋼・電力・セメント)」と「プラスチックを使い続けながら脱炭素を迫られている企業(自動車・飲料・EC・日用品)」が、CO2発酵プラントを介して直結される絵図が描けるからだ。鉄鋼会社が自社の排ガスを「原料」として供給し、自動車会社が受け取るプラスチックのカーボンフットプリントを実質ゼロにする——そんなアライアンスが、従来の素材商社・石油化学メーカーを介さない形で成立しうる。日揮が提供するのは、そのエコシステムのハブとなる「プラント」そのものだ。
「日揮が目指しているのは、自社でプラスチックを大量生産して売るビジネスだけではないと見ています。むしろ、このCO2ポリマー製造プラントを世界中の工場・コンビナートにパッケージ販売・ライセンス供与する『技術の横展開』こそが、中長期的な収益モデルの核心でしょう。EPCで磨いた設計・調達・建設ノウハウを、今度は自社IPとして売る——ビジネスモデルの転換という意味で、これは相当に大きなシフトです」(同)
「第5次産業革命」の現在地——課題と展望
日揮HDはこの取り組みを「第5次産業革命(バイオものづくり革命)」と位置づける。デジタルとAIによる第4次産業革命の次は、生物の代謝機能を工業と融合させるフェーズだ、という認識だ。経産省も同様の認識を共有しており、バイオエコノミーの世界市場は2030年に200兆円、2040年には高位シナリオで400兆円に達するという予測を示している。
ただし、現状を過度に楽観的に描くことは正確ではない。
まずコスト問題がある。NEDOの目標設定では「2030年時点の代替製品の1.2倍以下」のコストが技術開発のマイルストーンとされており、現時点では石油由来プラスチックとの価格競争力はまだ十分に確立されていない。水素酸化細菌の培養には水素ガスが必要であり、そのコストと安全なハンドリングも課題だ。量産化スケールのシステム実証は2030年を目標とし、現在はベンチスケール(数百リットル)の段階にある。実験室の成功を大型プラントで再現する「スケールアップの壁」は、バイオ産業全般に通じる最難関であり、日揮の参入理由はここにあるが、同時にそこが最大の試金石でもある。
さらに、生産した微生物由来ポリマーの品質安定性や物性の多様化、既存の加工設備との適合性なども、量産普及に向けて実証を重ねる必要がある。
ビジネスモデルの観点でも、バイオものづくりは数十年スパンの投資回収が必要な領域だ。日揮HD自身、2026年5月に2040年ビジョンの利益目標を下方修正しており、足元の財務規律とのバランスをどう取るかは株主との対話を含めた継続的な課題となる。
こうした課題を踏まえてもなお、日揮の取り組みが示すものは大きい。
「自社の既存の強み(プラント設計・ガスハンドリング)」をそのまま持ち込み、他社が参入しにくい「量産スケールアップ」という技術的難所に楔を打ち込む——これは、日本の製造業全般が今後取り組むべき「強みのレバレッジ戦略」の一典型といえる。
「環境対応はコスト」という認識の下でのみ動いていた企業が、「環境対応はゲームチェンジの武器」として能動的に産業構造を組み替えようとしている。ナフサ危機という現実がその文脈をさらに強化している今、日揮HDの実験は日本の製造業の変革可能性を測るひとつの指針になりつつある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=田代隆盛/エネルギー研究・政策アナリスト)











