2月20日付本連載記事『販売員がいない米テスラの車をネットでポチッと買ってみた…数年間一切連絡なく、ある日突然連絡が…』で紹介したテスラの「モデル3」先行予約での体験は、あらためてクルマの販売手法を見直す機会ともなった。なにしろ、営業もせず、販売員も試乗車もないなか、インターネット上で売買を終えてしまうのだ。
そんなときに出合った1冊の本がある。タイトルは『自動車販売業を憧れの職業に!』(菊谷聡/日刊自動車新聞社)。自動車販売業の社会的地位が、それほど低いとは思わないが、少なくとも憧れの職業ではないかもしれない。そう思って手にとってみた。
この本のタイトルには、著者である菊谷氏のこんな思いが込められている。
「クルマを買うことによって趣味が増えたり、行動半径が広がったり、家族や友人との関係性が豊かになったり…これらを著者は『人生が変わる』と表現する。そんな大げさな…と思ってみたが、そういえば初めてクルマを運転したとき、人生観がガラリと変わったことを思い出した。新しいクルマに買い替えたときには、同じ目的地でもアクセスするルートが変わったり、大切な人と過ごす時間が増えたりと、何かしら生活が変わっていた気がする」
さらに菊谷氏は、売り手が買い手に対して「このクルマに乗ることによりライフスタイルがどう変わるか」とか、「誰が喜ぶのか」「どんな乗り方(使い方)をすれば楽しいか」という、買い手自身が気づいていない新しい世界観を提案していく。それにより買い手が、未来のカーライフに対して強い期待感を抱いたりすることこそが、自動車販売を業とする者にとっての醍醐味である……とも説いている。
曰く、「自動車は人生を変える」力を持っており、そんな素晴らしい商品を扱う自動車販売業が憧れの職業とならずになんとする……そんなメッセージなのだ。
ただし、これらを実現するためには、もちろんネット販売では不可能。売り手と買い手とが顔をつきあわせる対面商売が基本となる。単なる移動手段として購入した場合には、その限りではないかもしれないが、趣味性、嗜好性の高いモデルになるほど、人と人とのコミュニケーションが大切で、売り手には高度なスキルが求められるというわけだ。
菊谷氏は、大学卒業後ヤナセに入社し、芝浦本社でメルセデス・ベンツの販売を担当。そこで富裕層や大企業との取引を身につけたという。ちょうどバブル景気を挟んでその前後に在籍をしていたようだから、ヤナセ本社でメルセデスの営業、バブル最盛期を過ごしていたわけだ。となれば、どんな顧客層を相手にしてきたのだろうかと、想像するだけでワクワクする。
しかし、菊谷氏はその後、自動車専門のメディアに転身し、編集者やライターとして業界ナンバーワン誌の副編集長まで登り詰める。そしてさらに、セールスコンサルタントとして独立起業し、現在に至っている。
菊谷氏が現在、活動の中心に置いている自動車専門のコンサルタント業を営むにあたり、自動車の販売経験、自動車専門誌の編集経験がモノをいっている。
つまり、売り手と買い手の立場を熟知し、かつメディアという第三者の目で自動車業界に対する視点を持つというわけで、僕の知る限り同様のキャリアを持つ自動車業界人はいない。現在の活動においても、自動車メーカーや自動車販売会社だけにとどまらず、一般企業からの講演や研修を依頼され、競合のないポジションを確立していると聞く。
そんな経験に基づいた本書の内容は、しごく当たり前のことが書かれているにもかかわらず、いちいち「なるほど、そうだよな」とうなずいてしまう。
テスラでの体験とこの本との出合いは、まさにタイムリーな出来事。モデル3の配車順が回ってきた際には、納車までどんなプロセスを辿ってくれるのか、ますます楽しみになってきた。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)