御手洗会長が他社の機先を制す極秘行動で射止めた買収
14年8月下旬、キヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長は、単身でデンマークのコペンハーゲン空港に降り立った。顔を隠すようにして足早に空港ロビーを抜けると、待ち受けた車に乗り込み、車で1時間ほどの場所にあるスウェーデン・ルンド市にあるアクシス本社へ向かった。
御手洗会長が秘書も伴わずにアクシスに向かったのも、東京からの行き先をコペンハーゲンにしたのも、社内外への情報漏れを防ぐ極秘行動だったからだ。その目的はアクシス買収だった。
キヤノン関係者によると、アクシスを訪問した御手洗会長は、応接室で待ち受けていた創業者のマーティン・グレン氏やレイ・モリソンCEOなどアクシス経営陣と面談。「キヤノンとアクシスは技術や社員を大切にする社風がよく似ている。ぜひ手を組んで、世界断トツの監視カメラメーカーを一緒につくりたい」と友好的買収の必要性を訴え、翌日にはアクシスの主要株主たちとも面談して、友好的買収の必要性を懸命に説いたという。
その後11月に、今度はグレン氏がキヤノン本社を訪問して、御手洗会長や役員たちと懇談。以降、両社の関係が急速に親密化し、アクシス経営陣と主要株主はキヤノンの買収に合意。今年2月10日のTOB(株式公開買い付け)発表となった。
「アクシスはネットワーク監視カメラのパイオニアで、世界シェアトップといえども、規模的には14年12月期で売上高約770億円、社員約1900人のメーカー。中堅企業レベルなので買収はしやすい。実際、監視カメラ市場の覇権を虎視眈々と狙う電機・精密機器系メーカー大手は水面下で14年春頃からアクシス買収に動いていた。国内ではパナソニックも買収に動いていたとの噂がある。御手洗会長がこうした水面下の情報をキャッチしたのは14年6月頃だ。したがって、御手洗会長のあの電光石火の極秘行動には、アクシスを何がなんでも他社に取られまいとするキヤノンの執念がこもっていた」(業界関係者)
そればかりではない。今回の買収は単なる猪突猛進ではなく、用意周到だったことも見逃せないだろう。なぜなら、キヤノンはアクシス買収に先立ち、14年夏にデンマークの監視カメラ管理ソフト世界最大手のマイルストーンシステムズを買収しているからだ。証券アナリストは「アクシスの件は、株式市場の一部で『高値つかみのダボハゼ買収』と批判する向きもあったが、実は監視カメラ市場制覇に向けた布石をキヤノンは戦略的に打っていた」と評価する。
それは、御手洗会長が4月21日付「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版」記事の中で次のように語っていることとも符合する。
「成熟したカメラ事業の上にネットワーク監視カメラ事業を乗せれば、今後も成長を続けられる。世界の激しい競争の中で持続的に成長するためには、もはや新規事業を創出・育成ののんびりした戦略ではなく、M&Aで時間を買う戦略への転換が必要だ」
自社技術、マイルストーンシステムズの監視カメラ管理ソフト技術、そしてアクシスの映像処理・伝送技術。この三位一体で、キヤノンはネットワーク監視カメラ事業をシナリオ通り第3の柱にできるのか。今後が注目される。
(文=福井晋/フリーライター)