37年間の経営継承
6月24日にスズキの株主総会が開かれ、仲裁裁判で係争関係にある独フォルクスワーゲン(VW)での判決が理由不明な遅れを示す中で、37年間にわたり経営トップに君臨し続けた取締役会長兼社長(最高経営責任者<CEO>兼最高執行責任者<COO>)である鈴木修氏の続投はもうしばらくやむなしか、と考えられていた。
しかし、修氏は常に周りを驚かせる決断と行動に出る。週が明けた29日(月)、午前10時に取締役会を開催し、修氏は会長兼CEOに一歩引き、副社長であった長男の俊宏氏をCOOへ昇格させる人事を採択したのだ。長年くすぶり続けた後継問題に道筋をつけ、実に37年目の本格的な経営継承を実現したのだ。記者会見に登場した修氏の表情は晴れ晴れとしており、「やればできるもんだ」と、いつものユーモアで会場を沸かせた。
綻びが見えていた修氏のワンマン経営
スズキの経営システムの要諦は、修氏の天性の経営力、ワンマン経営で、中小企業の文化を守り続けるところにあった。自称「俺は中小企業のおやじ」とばかりにトップダウンで素早い意思決定を続け、静岡・浜松の中小企業を世界的な自動車メーカーに飛躍させた中興の祖として名高い。しかし、そんな「中小企業のおやじ」経営にも節目は来る。あまりにもこのような経営スタイルが長期化したことで、綻びも目立ち始めていたことは疑いのない事実である。
スズキの組織体系は長い間、営業、技術、生産、調達といったそれぞれの本部が縦割りとなり、これらがワンマンで経営を仕切ってきた修氏と直結し、意思決定を行ってきた。修氏を中心に機能軸が一直線に結ばれる。まさに、中小企業的なワンマン経営の構図であり、トップダウンで素早い意思決定が実践できるかたちだった。
修氏は組織の太陽のような存在だ。社員をひまわりにたとえれば、全員が修氏の方向ばかりを向き、安全な選択に終始する保身の塊に傾いていく。修氏の指示だけを待つ膠着した企業文化に陥ってしまう。そうした中でスズキは、国内史上最大規模となった199万台のリコール問題を今年4月に発表。これは、企業文化が生み出した弊害であった。
横軸で交流することがない膠着した組織は、世界を股にかけるスズキの企業規模では異様な状態に陥っていたといわざるを得ない。修氏が永遠に存在するわけもなく、このような仕組みは永続的でない。最大の弊害とは、修氏の方向にしか向かない組織のセクショナリズムである。