世の中は10年単位で大きく変わるというのが御手洗会長の基本認識だ。成功体験が次の時代に通用するとは思ってなかったはずだが、権力の座に長く座り続けたことでその認識を忘れてしまったかのようだ。
御手洗会長は1961年に中央大学法学部を卒業、叔父である御手洗毅氏が創業したキヤノンに入社。23年間米国に駐在し、後半の10年間はキヤノンUSAの社長を務めた。95年、毅の長男の肇氏が急逝したため、キヤノン社長に就任。2006年までの11年間、社長として経営を主導した。
御手洗氏の社長時代の実績は申し分なかった。事業の「選択と集中」を実践。パソコンなど赤字事業から撤退し、プリンター向けのインク、カートリッジなどのオフィス機器とデジタルカメラに経営資源を集中した。その結果、デジカメでは世界ナンバーワンになった。在任中に連結売上高は1.5倍、営業利益は2.6倍に拡大。営業利益率は15.5%となり、欧米の有力企業に引けを取らない水準を達成した。この間、株価は4倍強にはね上がった。株式時価総額は製造業ではトヨタ自動車に次いで第2位になったこともある。御手洗会長は名経営者と賞賛された。
06年5月、IT業界から初の経団連会長になったのを機に、キヤノンでは社長から会長に退いた。経団連会長を2期4年務めた後、キヤノン会長兼CEOとして第一線に復帰し、12年3月には社長を兼務した。16年3月、社長を真栄田雅也氏に譲った後も会長兼CEOとして最高権力者であり続けた。
復帰後の御手洗氏には、往年の社長時代の輝きは戻ってこなかった。経団連会長を退くと同時に完全引退していたら、名経営者として後世に名を残しただろう。9月に84歳になる。時代の急変についていけなくなっているのではないのか。売上高5兆円を花道にして、後身に道を譲る目論見は絶望的となった。
エクセレント・カンパニーだったキヤノンの低迷の根本的原因は、御手洗長期体制にあるというのが、市場での大方の見方だ。
事務機器メーカーは冬の時代に
かつて我が世の春を謳歌してきた事務機器メーカーは、IT化に伴う時代の急激な変化に直面し、冬の時代を迎えた。
複写機大手のコニカミノルタの19年4~6月期決算(国際会計基準)の売上高は前年同期比5%減の2417億円、営業利益は96%減の5億5400万円に激減。最終損益は12億円の赤字(前年同期は111億円の黒字)に転落した。スマホ画面の色合いや光度を測る計測機器の販売が減少した。20年3月期の業績見通しを下方修正した。売上高は前期比2%増の1兆850億円と350億円引き下げ、純利益も10%減の375億円と80億円引き下げた。
プリンター大手のセイコーエプソンの19年4~6月期連結決算(国際会計基準)の売上収益は前年同期比4%減の2496億円、営業利益は75%減の34億円、純利益も98%減の2億4900万円となった。中国で大型インクタンクを搭載したプリンターの販売が減った。20年3月期の通期見通しは、売上収益は4%増の1兆1300億円、純利益は16%減の450億円を据え置いた。かなり楽観的な業績見通しである。
(文=編集部)