エルピーダを潰した元社長が副総裁就任の中国紫光集団、おそらくDRAMを製造できない
紫光集団が元エルピーダCEOの坂本氏を副総裁に起用
中国で先端DRAMの製造を目指している紫光集団は2019年11月15日、元エルピーダ社長兼CEOの坂本幸雄氏を、同社の高級副総裁に起用すると発表した(11月16日付日本経済新聞より)。記事によれば、「坂本氏の起用は、同氏が持つ多くの経営ノウハウや人脈を最大限活用する狙いとみられる」という。坂本氏も、「日本事業を全力で拡大し、紫光のグローバル成長を支援していく」とのコメントを発表している。
紫光集団は中国・重慶市でDRAM工場を建設する計画だ。重慶では生産技術も開発するが、坂本氏がCEOを兼務する川崎に本拠地を置く日本子会社で行うという(11月24日付日経新聞より)。
しかし筆者は、紫光集団が先端DRAMを開発し製造するのは困難であると考えている。その根拠は、優秀なDRAMの設計技術者を集めるのが難しい上に、たとえDRAM設計が可能になったとしても、米政府が米国製の製造装置を輸出しないと考えられるからだ。本稿では、その詳細を論じる。まずは、中国がDRAMを製造しようとしてきたが、失敗続きだった経緯を振り返る。
坂本氏が設立したサイノキングテクノロジー
2012年に経営破綻したエルピーダのCEOだった坂本氏は2015年に、DRAM設計開発会社サイノキングテクノロジーを設立した。サイノキングは、中国安徽省合肥市の地方政府が8000億円を投資するHefei Chang Xinと提携して先端DRAMを開発し、製造することを目指した。サイノキングは、8000億円のうち1200億円で開発センターを立ち上げ、7200億円で月産10万枚のDRAM工場を3つ建設し、次のようにしてDRAMを製造する計画だった。
まず、開発センターに日本、台湾、韓国の技術者を250人集める(2016年夏時点で180人まで集めた模様)。その後、中国人技術者750人を採用して、合計1000人の技術者集団を形成する。そして、日韓台の技術者250人が約3年のOJTで750人の中国人技術者に、DRAMの開発と量産技術を教え込む。日韓台の技術者は3年(最長5年)で技術を移管した後に帰国し、その後は中国人技術者だけでDRAMの開発と量産を行っていくという(「週刊エコノミスト」<毎日新聞出版/2016年6月16日号より>)。
ところが、上記の計画は空中分解してしまった。というのは、坂本氏が合肥市に対して、日韓台の技術者の年俸1億円(3年で3億円)を要求したからだ。サイノキングの言い分は、「もし失敗したら、250人の技術者が職を失うのだから、一生困らないだけの金額を要求するのは当然だ」というものだった。しかし、高額な年俸を合肥市が認めなかったため、この計画は頓挫してしまった。
UMCと提携したJHICC
中国のJHICCは2016年5月、台湾のファンドリーUMCと技術提携して、先端DRAMの製造を計画した。UMCは300人規模の支援部隊を組織し、台南の工業団地「Southern Taiwan Science Park」に100人の技術者から成るR&Dチームを編成した。UMCのR&Dチームには、米マイクロン傘下の台湾DRAMメーカーInoteraの技術者やマイクロンジャパン(旧エルピーダ)の技術者が転職した模様である。
ところが、米政府が中国のDRAMが軍事目的に使われるのではないかと危険視し、2018年10月29日に、JHICCをエンティティーリスト(EL)に追加した。ELとは、米政府が国家安全保障や外交政策上の懸念があるとして指定した企業を列挙したもので、掲載された企業に物品やソフトウエア、技術を輸出するためには商務省の許可が必要となる。そのELにJHICCが追加された結果、アプライドマテリアルズ(AMAT)、ラムリサーチ(Lam)、KLAなど米国製の製造装置の輸出が禁止されてしまった。これらの製造装置がなければ、先端DRAMはつくれない。それゆえ、JHICCのDRAM製造は頓挫した。
これに伴ってUMCのDRAM支援部隊も解散となり、約140人の技術者は配置転換や解雇になった。その上、マイクロン傘下のInotera等からUMCに転職した技術者たちは、マイクロンから機密盗用の罪で提訴された。
CXMTも頓挫する可能性が高い
サイノキングとの提携に失敗した中国のHefei Chang Xinは、その後、LuiLi、Innotoron、CXMT(Changxin Memory Technologies)と、次々に社名を変更しながら、執念深く先端DRAMを製造しようとしている。CXMTは、マイクロン傘下のInoteraの技術者をごっそり採用した模様である。さらに、CXMTには香港に2つのR&Dチームがあり、1つはSK Hynix出身の技術者、もう1つは旧エルピーダ出身の技術者が相当数在籍しているという。
CXMTは各国の製造装置メーカーに対して、2017年末に導入を依頼し、2018年第1四半期に製造装置据え付けを始めた。また、ウエハメーカーやレジストなどの材料メーカーに対しては、DRAM工場が稼働する2018年第2四半期以降の供給確保を依頼した。しかし、CXMTにマイクロン傘下のInoteraからの転職者がいるとなると、CXMTもマイクロンから機密盗用で訴えられるか、米政府がELに追加して、DRAM開発も生産もできなくなる可能性が高いと言わざるを得ない(注)。
紫光集団のDRAMの展望
ここまで中国のDRAMの経緯を見てきたが、サイノキングと提携しようとしたHefei Chang Xinの計画は中止となりUMCが技術協力するJHICCは事実上空中分解した。また、Hefei Chang XinはCXMTと社名を変更してDRAM製造に執念を見せているが、その将来展望は暗い。
そのようななか、紫光集団がDRAM事業に参入しようとしている。紫光集団は、台湾Inoteraの元董事長Charles Kao氏をCEOに任命し、加えて中国のファンドリーSMICのC-CEOのHaijun Zhaoをスカウトしようとしている。そして、冒頭で書いた通り、旧エルピーダCEOの坂本氏を幹部に招聘し、これまで失敗続きだったDRAM事業を立ち上げようとしているわけだ。
しかし、上記の幹部たちがDRAM技術を持っているわけではない。彼らが行うのは経営の舵取りと、優秀なDRAM技術者を掻き集めてくることである。これは果たして、うまくいくのか。マイクロン傘下のInoteraや旧エルピーダの技術者たちは、JHICCとそれに提携するUMC、さらにはサイノキングに転職して(転職しようとして)、酷い目に遭っている。優秀でまともなDRAM技術者なら、「中国にかかわるとロクなことがない」ことがよくわかっているだろう。
ただし、紫光集団にはふんだんな資金があるから、DRAMの開発センターや量産工場を建設することはさほど難しくない。ところが、ここに製造装置を導入する段階で、米政府が米国製の製造装置の輸出許可を出すとは考えにくい。JHICCのときのようにELに追加されて、米国製装置の輸出は禁止されるだろう。
結論を述べると、DRAM事業に参入しようとしている紫光集団には、まず日米韓台の優秀な技術者が集まらない(中国にはDRAM技術者がほとんどいない)。加えて、米国政府が輸出許可を出さない可能性が高いため、米国製の製造装置を導入できない。以上の理由から、紫光集団は、DRAMを製造できないと思われる。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)
注)本稿執筆後に、エレクトロニクス業界技術情報メディア「EE Times」に12月3日、Junko Yoshida氏が執筆した“ChangXin Emerging as China’s First & Only DRAM Maker”という記事が掲載された。
記事によれば、CXMTはすでに先端DRAMを製造しているという。また、CXMTは米マイクロンなどから訴えられないように、2009年に倒産したキマンダのDRAM技術を使っている模様である。しかし、DRAMの製造には、アプライドマテリアルズ、ラムリサーチ、KLAなど米製の製造装置が必要不可欠である。CXMTは今後、DRAMの生産キャパシティを拡大していく計画であるが、米政府が米製の製造装置の輸出許可を出すかどうかが注目される。