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鷲尾香一「“鷲”の目で斬る」

今、大企業がこぞって“流通時価総額100億円”死守に躍起になっている理由 

文=鷲尾香一/ジャーナリスト
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東京証券取引所のメインルーム(「Wikipedia」より/Kakidai)

 東京証券取引所(以下、東証)は2月中にも市場改革の具体的な内容を発表する予定だ。これまでの第1部市場に代わる「プライム市場」に留まれるかが微妙な企業では、対応策を検討するなど“右往左往”している。

 2019年12月25日、金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループ市場構造専門グループは、「令和時代における企業と投資家のための新たな市場に向けて」と題する報告書を発表した。東証の市場について、現在の市場構成からプライム市場、スタンダード市場、グロース市場(いずれも仮称)の3市場に再編することを提言した。

 これを受けて、東証を運営する日本取引所グループの清田瞭CEOは、「2022年上半期中に新たな制度への移行完了を目指す」と述べている。そして、再編される3市場の具体的な上場基準などのルールを2月中に発表する予定としている。新たな3市場の基本的な枠組みは、以下のようになっている。

<プライム市場>

 多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額・流動性を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資家との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業及びその企業に投資をする機関投資家や一般投資家のための市場

<スタンダード市場>

 公開された市場における投資対象として一定の時価総額・流動性を持ち、上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えつつ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業及びその企業に投資をする投資家のための市場

<グロース市場>

 高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業及びその企業に投資をする機関投資家や一般投資家のための市場

 そこで大きな問題となっているのが、各々の市場における上場基準などの具体的なルールだ。例えば、現在の第1部市場に代わる「プライム市場」は、「多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額・流動性(流通時価総額)を持ち」とされているが、流通時価総額を具体的にどのように定義するのかという点だ。

 当初、プライム市場では「日本を代表する企業で、世界に誇れるような市場を」との考え方から、流通時価総額を500億円程度とする考え方が示されていた。しかし、500億円だと現在の第1部市場に上場している企業から多くの“脱落企業”が出てしまうため、金融庁の報告書では「100億円を目処に検討する」ことが示された。

 簡単に時価総額を説明すると、市場で売買された株の価格に企業の発行した株数を乗じたものになるのだが、株式のなかには大株主などが保有し、市場に流通しない特定株(固定株)がある。そこで出されたのが「流通時価総額」、つまり市場で流通している株式(流通株式)の時価総額だ。金融庁報告書でも、「より市場における流動性に着目する観点から、単純な時価総額だけではなく、『流通時価総額』を基準とすることが適当と考えられる」とされた。

流通時価総額のあいまいな定義

 だが、流通時価総額には2つの疑問点がある。まず、特定株と流通株をどのような基準で“線引き”を行うのかという点。それと、流通時価総額の基準をいつの時点とするのかという点だ。

 現行では、流通株式を上場株式数から役員所有株式数、自己株式数、上場株式数の 10%以上を所有する者が所有する株式数(投資信託等に保有されている株式は除く)を除いた株式数としている。しかし、例えば10%以上を所有するという基準に妥当性があるのかなどの疑問が残る。

 株価は変動する。株価が値上がりしているときには、「流通時価総額は増加」し、株価が値下がりしているときには、「流通時価総額は減少」する。このため、どの時点での流通時価総額100億円をプライム市場の条件とするのかは、企業にとっては重大な問題だ。

 特に、流通時価総額が100億円近辺のボーダーラインにある企業にとっては、プライム市場に残れるか、脱落するのかの“分水嶺”になる。日本を代表する株式指数であるTOPIXの銘柄に採用される企業を主にプライム市場から選定されることもあり、プライム市場上場という“看板”は企業の信用力に結び付いていると考える企業も多い。

 あるメーカー役員は、「プライム市場上場企業か否かは、取引(特に海外との)をする上で、企業の信頼度を示す大きな要素になる。なんとしても、プライム市場への上場を維持したい」と言う。流通時価総額100億円近辺には地方銀行も多く、「プライム市場からの脱落は、銀行としての信用度の低下に結び付く可能性がある」(地銀役員)と懸念している。

 それゆえに、流通時価総額100億円を維持するための対応を「早急に検討したい」との声が多く聞かれるものの、「具体的な内容がわからず、今のところは動きようがない」と焦りの声が上がっている。株式市場関係者は、「経過措置が設けられるため、東証が具体的な内容を発表してからでも、十分な時間的余裕はある」と指摘するものの、流通時価総額が100億円近辺のボーダーラインの企業にとっては、“気が気ではない”状況のようだ。

 東証が新たな3市場の具体的な内容を発表すれば、株式市場では様々な“憶測”とともに、プライム市場上場のための企業によるさまざまな対応策が実施されることだろう。東証の市場改革が本当に投資家にとって有意義なものになれば良いのだが。

(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)

鷲尾香一/ジャーナリスト

鷲尾香一/ジャーナリスト

本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。

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