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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

経常赤字への転落を恐れる必要はない…サービス業の賃金上昇→消費主導型経済への転換が必須

文=加谷珪一/経済評論家
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「gettyimages」より

 日本は今のところ経常収支の黒字を維持している。経常収支は、モノやサービスのやり取りを示す「貿易収支」と、利子や配当による収支を示す「所得収支」に分かれるが、すでに貿易収支については黒字額が大幅に減少しており、赤字になる月も珍しくなくなった。一方で、海外への投資から得られる利子や配当などで構成される所得収支は大幅に増えており、日本は投資収益で経常黒字を確保している。

 日本は近い将来、経常赤字に転落すると予想する専門家は多く、経常赤字は一般的に悪いことであると認識されている。経済学的に見た場合、経常収支と経済成長が直接関係するわけではないが、日本が経常赤字に転落した場合、企業経営のあちこちに影響が及ぶのは必至である。今のうちからある程度の準備をしておく必要があるだろう。

日本は投資で儲ける国に変貌している

 2019年における日本の経常収支は20兆円の黒字だった。ここ数年、日本の経常収支は20兆円前後の黒字をキープしているが、黒字の多くは海外への投資などから得られる所得収支(投資から得られる利子や配当)である。

 経常収支は主に貿易収支と所得収支で構成されるが、2019年における貿易黒字はわずか5536億円にすぎず、サービス収支を加えても7294億円しかない。一方、所得収支は19兆3303億円もあり、経常収支のほとんどを所得収支で稼いでいる状況だ。

 では、所得収支の内訳はどのようになっているだろうか。大まかに言うと、約19兆円の所得収支のうち、半分は直接投資から得られる利子や配当となっており、残りの半分は一般的な株式や債券などの投資から得られる利子や配当である。

 かつて日本の所得収支の多くは証券投資から得られる利子や配当だった。だが近年は大きく様変わりしており、直接投資から得られる収入の割合が高まっている。これは海外への投資が証券投資から直接投資へとシフトしたことが原因だが、その大半はメーカーの現地生産と考えられる。

 かつて日本メーカーは国内で製品を製造し、海外に製品を輸出していた。輸出で得た代金は外貨として国内に蓄積され、これが海外投資の原資となっている。純然な証券投資ということになるので、おそらく大半は米国債での運用だったと考えられる。実際、証券投資の残高に対する所得収支の比率は、米国債の利回りと近い水準となっており、その仮説を裏付ける結果となっている。

 だが、近年は製造業のコスト競争環境が悪化し、国内で製造していては、採算が合わないケースが増えてきた。また、全世界的にモノの地産地消化が進んだこともあり、多くの日本メーカーが北米や中国、そしてアジアに現地法人を設立し、そこで生産を行うようになった。

近い将来、日本の経常収支が赤字になる可能性は高い

 製品を輸出するケースと、海外の現地法人が製品を販売するケースを比較すると、決算書上、両者にはそれほど大きな違いは生じないが、お金の動きはまるで違ったものになる。輸出の場合、日本にある本社が直接、外貨で代金を受け取り、国内の為替市場で円に替えることになるが、現地法人が販売した場合には、代金は現地法人が受け取ることになる。

 よほどのことがない限り、その資金が日本に送金されることはなく、そのまま現地法人が保有するパターンが多い。日本の本社が受け取るのは、現地法人から日本の本社に支払われる配当や、貸付けに対する利子、あるいは知財利用料などに限定される。現地法人から受け取る利子や配当が国際収支における所得収支(投資収益)の実態である。

 そうなると、今、得られている所得収支には寿命があると判断せざるを得ない。

 コスト競争の結果として現地法人を増やし、そこからの配当が増えているのだとすると、近い将来、さらに低コストの新興国にその座を取って代わられる。そうなると、海外から得られる所得収支も減少に転じる結果となるだろう。一方、日本人が消費のために輸入する金額は大きく変わらない可能性が高いので、現地法人の減少は、最終的には経常黒字の減少につながってくる。

 国内の人口動態も経常収支に影響を与えると考えられる。

 マクロ経済における貯蓄投資バランス論では、国民の貯蓄は、企業の設備投資と経常黒字、そして財政赤字の金額を足したものに等しい。日本は今後、急速な勢いで人口減少と高齢化が進むので、高齢者の比率が上昇してくる。

 政府は企業に対して70歳までの雇用を求めており、事実上の生涯労働社会になりつつあるが、仮に企業が70歳まで社員を雇ったとしても、40代や50代と同じ賃金というわけにはいかないだろう。スキルが高く、高齢になっても高い賃金で雇われる一部のビジネスパーソンを除いて、年収は大幅に下がる可能性が高い。一方、仕事を続ければ、それなりに支出も必要となることから、高齢者の貯蓄率は今後さらに低下すると考えられる。

 もし貯蓄率が今の水準から大幅に低下した場合、設備投資を犠牲にするか、財政赤字を縮小しない限り、経常黒字の水準は維持できない。年金や医療の維持を考えた場合、財政赤字が縮小できるとは考えにくいし、企業は一定の設備投資を継続しないと企業活動を継続できないので、やはりシワ寄せは経常収支に及ぶことになる。

経常赤字は必ずしも悪いことではない

 日本の製造業が、ドイツのような超高付加価値型ビジネスへの大胆な展開を図れば話は別だが、今のところその見込みは薄い。高齢化のスピードや日本企業の競争力低下の現実を考えると、10年以内に経常収支が赤字化しても何ら不思議ではない。

 筆者は、これまで、「経常収支が赤字に『転落する』」など、経常赤字は悪いことであるというニュアンスで文章を書いてきた。経済学的に厳密な話をすると、経済成長と経常収支は直接、関係しないので、経常収支が赤字なのか黒字なのかは、あくまで状態を示しているだけであり、良いことでも悪いことでもない。実際、毎年、多額の経常赤字を出しながら、高い成長を維持してきた米国のような国もある一方で、経常赤字の拡大が信用不安を呼び、インフレが加速する国もある。

 ただ日本の場合、製造業による輸出、あるいは現地生産によって経済を成り立たせてきたという経緯があり、この産業構造が維持されている限り、経常赤字になることは、各方面に様々な弊害をもたらすことになる。したがって、日本が経常赤字に転じることについて悪いニュアンスが伴うことは、ある程度、やむを得ないだろう。

 では日本は今後、どうすればよいのだろうか。

 経常赤字化がほぼ確実であるならば、その状態と整合性がとれる経済体制を構築するのがベストということになる。具体的には消費主導型経済への移行である。

 これまでの日本経済は輸出産業の設備投資が国内の所得を増やし、それが消費を拡大するというメカニズムで回っていた。だが、このような産業構造は、製造業の国際競争力が低下すると機能しなくなってしまう。インバウンド消費も、需要が海外に存在するという意味では一種の輸出であり、潤う業種が違うだけで基本的な図式は同じである。

 日本経済は、日本人自身の消費で経済を回す消費経済にシフトしており、国内の産業構造もそれに合わせた形に変革しなければならない。具体的には、日本の主要産業に躍り出た国内サービス業の生産性を向上させ、賃金を引き上げることである。

 サービス業の賃金が上がれば、消費も拡大し、それが賃金上昇に結びつくプラスの連鎖が始まる。日本の購買力が増えれば、付加価値の低いものはさらに輸入するようになるので、経常収支は赤字になるが、経済が成長すれば貯蓄の額も増えるので、設備投資や財政を犠牲にしなくても済む。

 経常収支が赤字になるということは、一部の資金を海外に頼るということになるので、国内の金融市場をさらに活性化させ、健全な投資資金を呼び込む工夫も必要となるだろう。一連の変革が実現すれば、経常赤字への転落を恐れる必要はまったくない。

(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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