ちょうど私は米国留学から帰ってきたばかりだったので、日本で高校まで過ごした昭介氏がハーバード大学に入学することは、同大学の経営大学院に入るより難しいということをよく知っていたのだ。東京大学に合格するより、ずっと至難の業である。
当時、出光はサントリーと並んで、非公開企業、つまり同族企業の最大手の一つだった。出光チームから私が聞かされた社是は「和(やわらぎ)」というもので、大いに驚いたのはこの社是により、出光には定年がない、もちろん解雇もない、そして組合もない、という特異な労使関係であり、企業文化だった。
社員の離職率も低かったし、皆さん丁寧で、人間関係を本当に大切にしている会社だった。有名な「出光の大家族主義」である。前述した特異な諸制度は、上場した後の今に至るまで同社では受け継がれている。
昭介氏が今回の合併話に反対を表明したのは、そんな異色の企業文化を持つ出光と、外資である昭和シェルとでは「社風が合わない」、この1点に尽きる。
君臨して統治しないのが大オーナーの矜持
しかし、昭介氏のこだわりは率直にいえば過去の栄光を求めているに等しい。長く大手同族企業の旗頭だった出光は、06年に上場公開された。それは、昭介氏の後任社長として同族でない天坊昭彦社長(当時)によって実現された。
昭介氏はそれ以前、01年に代表権のない名誉会長に退いていたので、その立場は同社の上場により、「最大株主グループである創業家を代表する」という「実質オーナー資本家」に変容して今日に至っている。
今回の合併については、ビジネス上の合理性、つまり規模の拡大、コスト削減、経営効率化などのメリットが、両社の経営陣から繰り返し報告された。そして、2社による合併可能性の討議を通じて十二分に精査された結果、現下の状況で最善策として合意されたものだ。
創業家は合併反対の理由として、両社の企業体質の違いを挙げる。このほかには、イランと親密な関係を持つ出光が、サウジアラビア国営石油の資本が入る昭和シェルと合併することは、両国が対立する状況下では不適当だとしている。しかし、両社が説明する合併による経営合理性について、個々の要素を創業家側は取り上げていないし、判断も示していない。
株主資本主義では「最大株主は会社を潰してもよい」とされるが、実際にはステークホルダーのことを慮るべきだろう。