「キッコーマンの醤油瓶」「サントリー角瓶」と聞いたら「あの形」をたいていの人は思い浮かべるはずだし、キッコーマン醤油瓶は世界中でも「あの形」で通じる、世界的ロングセラーだ。唯一無二で長く愛されるデザインは、何が違うのか?
前編、中編に続き、キッコーマン醤油瓶、サントリー角瓶をはじめ、数多の世界的なロングセラーのデザインに着目、解析した書籍『GOOD DESIGN FILE』(遊泳舎)の著者、高橋克典氏に聞いた。後編の今回は「振り切ったデザインのために必要なこと」について。
レゴやアップルの「デザイン経営」の強み
――『GOOD DESIGN FILE』を読むと、レゴやアップルなど、デザインを重視し、自社のデザインを守る、外資系企業の「デザイン経営」に圧倒されます。日本企業で、ここまでできているところってあるのでしょうか。
高橋克典氏(以下、高橋) レゴやアップルは「他社や他人と違うオリジナリティを出そう」という強い意志を感じますよね。根本的に、欧米の人たちは狩猟民族なので「個」なんですよね。自分だけで自分のものを獲って生きていく。でも、日本人は農耕民族ですから、田んぼをシェアして、同じリズムで田植えをして収穫するので、「みんな」が大切になる。
――中編で、SNSでほかの人の動向を気にするのはセンスを鍛える機会を奪っているのでは、というお話がありましたが、ツイッターのユーザー数は日本人が一番多いそうです。インスタグラムは「いいね」の数を露骨に出さない修正が入りましたが、一方で「いいね」やリツイート数がはっきりわかるツイッターは「みんな」を意識的、無意識的に気にしがちな日本人の心にフィットしているのかもしれませんね。
高橋 日本だと「会議のための会議」とかもあったりしますからね。一方、スティーブ・ジョブズなんて、わがままの塊みたいな人だったのではないでしょうか。一度、アップルもクビになっていますからね。ただ、そういった「人と違うものをつくってやる」というのは個の文化ゆえなのかな、とは思いますね。
ただ、最近日本でも「個」が強い企業が増えてきましたよね。ソフトバンクの孫さん、ユニクロの柳井さん、楽天の三木谷さんなど、社長の名前がセットで浮かぶような企業は強い個性がありますよね。
やはり、創業社長は「個」の力が強いですよね。ワンマンだ、という意見もありますし、一時期はコーポレートガバナンスの問題でそういったオーナー社長はよくない、とも言われていましたが、今は「個の力」が見直されつつあるなと感じます。
――ただでさえ日本人は「草食系」のDNAを持っているのだから、グローバルで生き抜くには、アクの強い経営者がいるくらいがちょうどいいのかもしれないですね。
高橋 あと、いいデザインが生まれるためには、株主も3年くらいは結果を待つ姿勢が大切ですね。四半期ごとに株主から結果を求められ叩かれていては、企業は「今」に照準を合わせたものしかつくれなくなってしまい、それらはすぐに陳腐化してしまいます。数十年後も愛される「ロングセラー」を生み出すことは難しいでしょう。
似たようなデザインが世の中にあふれる理由
――『GOOD DESIGN FILE』の本自体も、素敵なデザインですよね。
高橋 個人的には、真っ白い本にしたかったんです。真っ白くて、ほとんど表紙に何も書いていないような。担当編集の望月さんにお伝えしたんですが、その表紙だと商売的に厳しいかなと。最初にそういったすり合わせをした後は、デザイナーでもある望月さんにお任せしました。
――「最初に十分なすり合わせをして、関係者が同じイメージを共有する」ことは大切ですよね。それがないから、デザイナーが経営者にたくさんデザイン案を出して、その中から経営側の「なんとなく」という判断で選ばれるケースというのもあるでしょうね。
高橋 そうですね。そこがなんとなく、になってしまうと、経営者側は「売れるかどうか」という判断をしてしまいがちです。そして「売れるか」が判断基準になると、やはり「今売れてる、他社と似た」デザインになりがちなんですよね。
――結果、世の中に似たようなデザインがあふれてしまうと。
高橋 はい。一方、10年後も残るデザインは「他社と似た」とは真逆の「差別化された」デザインです。『GOOD DESIGN FILE』の表紙に挙げ、本文にも記載した「キッコーマンの醤油瓶」と「サントリー角瓶」は「それまでには世の中に存在していなかったデザイン」です。どちらも50年以上の歴史を持ち、世界中の人に利用されているロングセラーとなりました。
デザインは「ベストセラー」ではなく、「ロングセラー」を目指した方がいいと思います。「ベストセラー」は他社の動向を見て、つくり変えを続けていかなくてはいけなくなり、陳腐化も早くなります。買った人が手放さないロングセラーを目指せば、結果的につくり変えがいらないので、長い目で見れば経営的にもコストがかかりませんし、環境にも優しいですよね。
――3回にわたってお話をうかがい、センスは先天的な特殊能力でなく、磨いて、培えるものであることがよくわかりました。SNSの数字に惑わされず、いいものはいい、と思える個人が増えていけば、デザインシーンも今を追うだけではない、より大きなものへと変わっていくのかもしれないですね。
(構成=石徹白未亜/ライター)
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