そしてその政策手段は、2点が話題になっている。ひとつは、保護貿易的な手法(国境税など)による貿易赤字削減、もうひとつは、海外から国内への企業投資の“脅迫”的誘導である。いずれも具体的な政策というよりも、断片的な発言でしかない。当然ながらトランプ氏はまだ大統領に就任しておらず、その政策が具体性を帯びてくるのは相当に時間がたってからだろう。
国境税=保護貿易的手段か
ところで、中国、メキシコ、日本などを具体的に例示して、貿易赤字がアメリカの雇用の最大化を妨げているというのが、トランプ氏の経済観の根底にあることは間違いない。そのため貿易赤字を削減することが、国内雇用を最大化するとみなしている。貿易赤字を削減するためには、たとえば輸入される財には関税を課し、他方で輸出には税制上の優遇措置を施すことが考えられる。
保護主義的な手法で貿易黒字を生み出し、国内の雇用を最大化する手法は、古くから議論されている。たとえば、ジョン・メイナード・ケインズは『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936年)のなかで、重商主義の優れた点として、このような保護貿易による貿易黒字増加と雇用最大化の関係を詳細に議論している。固定為替レートを前提にした場合で、国内の不完全雇用が深刻であれば、ケインズ=重商主義的な手法での雇用増加は試してみるべき手段ではある。
この設定では、簡単にいえば海外からの(純)支払いの増加によって、それを得たアメリカ国民が豊かになり、消費が活発化し、また輸出向けの財などの生産も増加する。これがアメリカ経済の再生につながるに違いない。トランプ氏の頭の中には、このような筋書きがあるのだろう。
ただし、現状のアメリカ経済は変動為替レート制であり、不完全雇用であったとしてもその水準は深刻なものとはほど遠い。変動為替レート制の話はとりあえず脇に置くとして、もしアメリカ経済が完全雇用に近いか、もしくは完全雇用の水準にあるとしたら、トランプ=ケインズ型重商主義は、どうなるのだろうか。
その前に、そもそも「国境税」は単なる国境調整での税制手段であり、関税や補助金とは異なるという指摘がある。たとえば、日本のように海外からの輸入品には日本の消費税率が適用されるが、他方で輸出品には税額分が還付されている。アメリカではこのような税の国境調整がないので、これを是正するものとして国境税が議論されている。現在、共和党が議会通過をもくろんでいる税制改正もそのような趣旨である。簡単にいうと、国境税は雇用創出とは関係ない。