年明け以降、ドルの上値が重い。3日の取引こそ、一時ドル円の為替レートは118円60銭台をつけたが、それ以降は円高が進み、ユーロも買われている。新興国の通貨市場でも、中国の人民元などがドルに対して反発している。こうした動きを受けて、市場参加者らからは「米国のトランプ政権誕生への警戒感が高まっている」「トランプ次期大統領の経済政策(トランプノミクス)への期待が低下し始めた」など、さまざまな指摘が出ている。
確かに、トランプノミクスの先行きは不透明だ。インフラ投資の財源は示されていない。米国が保護主義に傾倒することへの警戒感も強い。同時に、実際の政権運営が始まっていない以上、トランプノミクスの詳細を議論するのは時期尚早でもある。
トランプノミクスに関するさなざまな議論があるなかでも、短期的に、政策が経済にどう影響するかは重要だ。現在、米国の労働市場は改善傾向を維持し、徐々に賃金も増えている。そのなかで、トランプ政権が米国第一の考えを実現しようとすれば、一時的に景気が上向く可能性がある。中長期的な政策動向は不透明ながら、短期的にトランプノミクスが景気を押し上げる効果をもつ点は慎重に考える必要がある。
徐々に進む雇用の質の改善
現在、米国では緩やかな景気回復が続いている。この傾向がいっそう進むためには、米国で賃金が増加することが欠かせない。賃金の増加は米国の国内総生産(GDP)の70%程度を占める個人消費の伸び、そして消費者物価指数で評価される物価の上昇につながるだろう。
過去数年間、米国では低金利環境が続いても賃金が増加しづらい状況が続いてきた。米労働省が四半期ごとに発表する民間の賃金と給与は、前年同期比で2%程度の伸びにとどまり、実感なき景気回復が進んできたといえる。
この背景には中国経済の減速を受けて世界的に供給が過剰になり、需給のギャップが拡大してきたことがある。モノをほしいと思う人よりも、作りたい、売りたいと思う人が多く、設備投資は増えづらい状況が続いてきた。その状況のなか、米国の企業は当面の操業を保つために採用を増やした。
同時に、多くの労働者がリーマンショック後にリストラの対象になった経験がある。そのため、賃金水準の高い仕事を探して転職するよりも、手堅く目先の職を確保することが重視されてきた。こうして米国では人手不足が出始めるほど雇用が改善しても、賃金が増えづらいという“雇用の質”が問われる状況が続いてきた。