危険な水銀排ガス、これまで東京の空に放出が野放し…ごみ清掃工場の事故多発
一方、今回の大気汚染防止法改定のなかでは、廃棄物焼却炉からの水銀排ガス規制は大きな特徴となっている。この廃棄物焼却炉には、市町村の一般家庭等から排出される一般ごみや産業廃棄物、下水汚泥の焼却炉があり、この廃棄物焼却炉から排出される水銀量は、国内全体の約3分の1(33%)を占めるという。
では、なぜ我々の生活に身近な家庭から収集される一般ごみの焼却炉、清掃工場で、水銀が混入した排ガスが排出されるのであろうか。
水銀混入製品としては、ボタン型電池、乾電池、体温計、蛍光灯、血圧計などが知られている。これらは本来有害ごみとして分類し、ごみの焼却炉で燃やされる「可燃ごみ(燃やしてよいごみ)」のなかに、混入しないようにする必要がある。
しかし、全国の自治体(市町村)では、有害ごみの独自収集すら行っていないところがほとんどである。そのため、ごみの収集に際して、水銀混入製品が可燃ごみに混入すると、焼却され、焼却炉の煙突の煙から水銀排ガスが放出されることになる。
ごみ焼却炉から出る有害物については、史上最悪の有害物としてダイオキシンが広く知られている。このダイオキシン対策のために、ごみ焼却炉では800度以上の高温で焼却し、ダイオキシンの削減を図ることが義務づけられているが(注1)、高温で焼却すればするほど揮発する重金属類は、煙突から放出されることになる。そのため、これまでも専門家や市民団体が、ごみ焼却によって水銀や鉛、ヒ素などの重金属が周辺に放出される恐れを指摘してきたが、環境省は「一般ごみの焼却炉で重金属の元になるものは燃やされていない」「たとえいくばくかが混入しても集塵装置であるバッグフィルターを備えていて、除去できる」と説明し、焼却炉の排ガスの重金属規制は行ってこなかった。
つまりダイオキシン対策の陰に隠れてこれまで見過ごされてきたのが、焼却炉の煙突から排出される水銀等重金属類の排ガス対策である。ようやくここにきて、国際水銀条約の締結国として重い腰を上げ、水銀排ガス規制に入ったといえる。
一方、ボタン型電池にせよ乾電池にせよ、最近は日本国内で製造・販売されている電池は水銀フリー、つまり水銀は使わないとしている。また、水銀体温計は現在ではほとんど使われていない。ごみとして出されることはあっても、大量に廃棄されることは考えにくい。水銀血圧計を今も使用している医療機関はあるが、これが間違って可燃ごみとして捨てられることは考えにくい。では、なぜ身近な清掃工場の煙突から、EUの規制値を超えるような水銀排ガスが排出されたのであろうか。
実際に起こった水銀排ガス汚染事故の特徴
これまでの水銀排ガス事故を見ると、共通する特徴点がはっきりみえてくる。
前出の23区清掃一組は、ごみ焼却炉から発生する水銀廃ガス量が自主規制値を超える事故を、10年から16年までに18回起こしている。平均年間3回の割合である。ふじみ衛生組合は、13年の稼働からわずか3年で7回もの水銀汚染事故を起こしている。
23区清掃一組の10年7月の事故について、東京新聞は次のように報じている。
「都内4清掃工場―水銀で5焼却炉停止―先月中旬から東京都内の複数の清掃工場に多量の水銀を含むごみが持ち込まれ、焼却による有毒ガスの発生で焼却炉が相次いで停止」
この時、23区清掃一組は「事業者が不正に有害ごみを排出した可能性があり、廃棄物処理法違反の疑いで警視庁に刑事告発することを検討している」と発表した。ここでは、清掃工場に地域の小規模事業者のごみを運んでくる事業者が、可燃ごみ以外の血圧計などを不法投棄したのではないかと、事業者の責任を問う対応をとったが、原因追及がうやむやのまま今日まで汚染事故を18回も続け、原因究明やその後の対策ができていないことが明らかになっている。東京の空は、定期的に水銀排ガスで汚染されていることになる。
23区清掃一組における10年の連続事故に際して、同年秋に筆者らも呼びかけし、水銀事故の原因究明のための「水銀汚染検証市民委員会」が結成され、専門家による学習会や講演を重ね、1年後に報告書「清掃工場の連続水銀事故の検証と課題」としてまとめた(注2)。
東京23区では、当時埋め立て処分場のひっ迫を理由として、これまで不燃ごみとして東京臨海埋め立て場に埋め立て処分していたプラスティックごみを、可燃ごみとして焼却する区が半数近くになった。プラスティック製品ごみは電池類が混入したまま捨てられるケースが多いため、その焼却に伴い水銀汚染事故が頻発したと報告書は指摘している。
23区清掃一組は、水銀汚染事故の原因を事業者のせいと発表していたが、根拠のある発表ではなく、ごみを収集する各区自治体の現場では、これまで不十分だった有害ごみの収集に力を入れ、分別を徹底させる事故対策に乗り出した。「原因は事業者のせい」としながら、その対策は「可燃ごみのなかに水銀製品が混入しないようにする」というちぐはぐなものになっていた。
また、ふじみ衛生組合でごみを処理している三鷹市と調布市では、リサイクル活動の先進地である多摩地域の自治体の例に漏れず、ごみの収集は「可燃」「不燃」「資源」「容器包装プラスティック」と分け、いわゆるエコマークの付いたレジ袋、トレイなどの容器包装プラスティックは、別個に集めてリサイクル処理に回し、焼却炉では焼却しない処理をしていた。
また、プラスティック製品も当初は「不燃ごみ」として分別(ぶんべつ)処理していたが、プラスティックは助燃材に使えるとして、そのための資源袋を市民に配布し、プラスティック製品を燃やし始めている。この結果、両清掃組合は以下の共通する特徴を持つようになった。
(1)プラスティック製品を焼却していること。おもちゃや小型家電などのプラスティック製の電子製品の場合、内蔵している電池は取り出さずそのまま廃棄しているため、中国製の水銀含有電池などが燃やされていた。
(2)両組合ともEUの水銀規制値と同じレベルの自主規制値を持ち、それを超えた時に焼却炉を停止するとしていた。
(3)その自主規制値が守られているかを、水銀の自動測定器を設置し細かくチェックしていた。
以上、水銀排ガス事故を連続して起こしている清掃工場の特徴を見ると、おもちゃや小型電子機器などのプラスティック製品を可燃ごみとして焼却していることがわかった。
確かにもともとプラスティック製品については、全量焼却している自治体は全国に数多くあるが、ごみの清掃工場の水銀排ガスを規制する法令がないため、今日までチェックすらできず、放置されてきたといえる。もしそれらの自治体が規制値を持ち、自動測定器を備えていれば、23区清掃一組やふじみ衛生組合と同様のチェックをできた可能性が高い。
国際水銀条約の発効に伴い、身近なごみの清掃工場でも、これまでになかった煙突から排出される煙=排ガスに水銀規制が行われることになり、野放しの状態からようやく規制ができた。下記の図表は、改定大気汚染防止法で定められる規制値である。
プラスティック製品を焼却している自治体は、まずその見直しに着手すべきである。もしプラスティック製品を焼却しても、水銀汚染の心配がないといえる自治体があるなら、水銀自動測定器を設置し、その懸念がないことを明らかにする必要があろう。水俣病を経て我々が学んだのは、住民に寄り添い、予防原則のもとに対応対処を考えるということである。
(文=青木泰/環境ジャーナリスト)
※注1:800度で燃焼、850度で2次燃焼することになっているが、ダイオキシン類がなくなるわけではなく、減少するだけである。
※注2:環境総合研究所ERIホームページより