ランドセルの土屋鞄、なぜいま都心に続々出店?実店舗とウェブ、相乗効果を生む方法
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
「都心の商業施設ほど、業績が悪いですね」
先日、取材したアパレル企業の経営者から、こんな話を聞いた。同社は東京・渋谷や新宿、さらに多摩地区の商業施設にも店舗を構えるが、郊外店よりも都心店の業績が振るわないという。
8月は好天が続いたにもかかわらず、新型コロナウイルスの感染が再び拡大したことで、多くの人が遠出や旅行を自粛した。8月下旬に渋谷の商業施設を視察した際も、館内は閑散としており、同行のカメラマンは「まるで地方の駅ビルみたい」と話していた。
だがこの時期でも、都心の商業施設に新規出店したブランドがある。今回はその舞台裏を紹介し、ウィズコロナ時代の出店戦略を考えたい。
上質な革製品と、じっくり向き合える店
8月1日、土屋鞄製造所が新店をオープンしたのは、六本木・東京ミッドタウン(以下、六本木店)だ。高額だが品質の良いランドセルで知られる同社が、六本木店では大人向けのカバンを中心に、財布や定期入れなど多くの革製品を揃える。
「昨年秋にコレド室町テラスや渋谷スクランブルスクエアに出店したのに続く、都心の商業店舗への出店です。当初、5月オープン予定だったのが延期となりましたが、この店ならではの特徴があります」
執行役員・KABAN事業本部長の丸山哲生氏は、こう説明する。建築設計事務所を経て2012年に土屋鞄に入社。店舗開発や人事総務、販促企画などを担当後、現職についた。
オープンして1カ月、来店状況を聞いた。
「平日は、近くのサントリー美術館などに来た際に立ち寄られる方が目立ち、土日祝日は、ご家族連れも多いです。ただ、コロナ禍の影響で近隣の方が目立つ印象です。
六本木店では、オリジナルの革製ハイチェアに座り、商品を選べる『個別接客カウンター』があります。当社商品の修理やメンテナンスサービスを行う『クラフツワークスタンド(CRAFTSWORK STAND)』も備えました。革製品のお手入れ方法もご案内でき、『販売』だけでなく『使う』にも寄り添えます。末永く革製品と向き合っていただける態勢にしました」
大人向け商品の売れ筋に「大人ランドセル(OTONA RANDSEL)」がある。1965年にランドセル職人が立ち上げた工房を発祥とする歴史にちなみ、創業50周年の2015年11月に記念商品として発売後、販売を続ける。現在の価格は13万2000円からと高額で、A4サイズのファイルやノートパソコンが入り、ビジネス用の使い勝手も追求する。
「スイカ専用バッグ」もつくった
もともと土屋鞄は職人気質の会社で、小学校入学から卒業までの6年間で身長も体格も変わる小学生が背負うランドセルづくりで培った技術や、その応用が持ち味だ。
一方、大人向けの顧客は世代別では40代が目立ち、男性約6割:女性約4割だ。ビジネス経験を積んだ世代の支持が高く、消費者意識を踏まえた商品提案も行う。
「六本木という場所柄、ブリーフケースなどビジネスシーンで使うカバンの需要が高いと予想していましたが、現時点では、丸みを帯びた背負うタイプ『ヴァイノ(Vainno)』など、オン・オフで兼用できる少しカジュアルなタイプが人気です。カチッとしたスーツより、ソフトジャケットを着る人が増えたように、職場のカジュアル化もあるのでしょう」(同)
時には、遊び心を持ったモノづくりも行う。今回は8月のオープンに合わせて「スイカ専用バッグ」(非売品)も製作。「都心の夏」を彩るディスプレーの役割も果たした。
製作者は鞄職人の門井祐典氏だ。
「運ぶを楽しむ」をテーマに夏らしいアイテムを選び、カバンとしての美しさ、スムーズな出し入れと運びやすさ、底面の仕上げなどにこだわったという。メインの素材はイタリアの高級革「バケッタミリングレザー」だという。
「リモートワーク時代」にどう訴求するか
そうはいっても、ウィズコロナの現在は、外出も慎重に行う状況だ。働き方もリモートワークが中心となるなかで、外出時のアイテムであるカバンをどう訴求するのか。
「自宅で過ごす時間も多くなり、革カバンや小物の『お手入れ』を楽しまれる方も増えました。また、出かける機会が限られるようになったため、『お気に入りのもの』『流行にとらわれずに、長くしっかり使えるもの』への関心が高くなっていることも感じます」(丸山氏)
六本木店の来店者は、新規のお客が6~7割、これまでの顧客が3~4割だという。「購入されるのが初めてでも、ウェブで当社のことをご存じの方も多い」と話す。
土屋鞄の商品は上質だが高額だ。コロナ禍で収入減となった人も多いが、「高くても長持ちする」商品を支持する層に支えられているようだ。
また、現在のカバンは軽くて安価な布製やナイロン製が主流だが、土屋鞄は徹底して革製にこだわる。その“生き残り策”として「AだからB」とならない商品も開発する。
例えば、水に強い「プロータ (Plota)」(男性向け)や「ヒノン(HINON)」(女性向け)という商品だ。一般に革素材は水に弱い。濡れるとシミになったり、水ぶくれしたりする。
「『防水ファインレザー』という素材を取り入れ、革の表面にコーティングするのではなく、強力な防水材を繊維にまで浸透させました。防水や防油性を持たせつつ、天然皮革が持つ質感を保つようにしています」と、広報担当の前田由夏氏は説明する。
ビジネス現場では重要な役職を担う女性も増え、かつて「プレゼンテーションの場でも持参できるカバンが欲しい」という要望も寄せられた。「ヒノン」はそれに応えた商品だ。
もともとオンライン販売が4割を占める
コロナへの感染防止として非接触の気運が高まり、オンライン販売の重要性がさらに増してきた。だが、土屋鞄は以前から「オンライン販売が4割」だったという。
「ランドセルも、この数年は実店舗で背負って、ご自宅で最終決定をし、オンラインで買われる方が増えています。商品の全ラインナップを公式サイトで発表し、店舗とオンラインショップで同時に注文受付を開始します。大人向け商品にもその傾向があり、オンライン・オフラインそれぞれの特色を生かした訴求や交流に力を入れています」(丸山氏)
同社の公式サイトには「読み物」というコーナーがあり、多彩なコンテンツを公開する。六本木店のオープン前日(7月31日)から公開されたのが「運ぶを楽しむ」だ。
前述のスイカ専用バッグが、一枚革からパーツをくり抜き、つくり上げられる過程を1分30秒の動画で紹介している。
オンライン情報の発信に積極的な同社だが、当初から綿密な計画を立てたのではないだろう。多くの小売業と同じく、「営業自粛」中は実店舗の売り上げがゼロとなった。
「運ぶを楽しむ」も、「新型コロナウイルスの影響で、心休まらない状況が続く今だからこそ、ものづくりを通した『わくわく感』や『ときめき』をお伝えしたい、という思いから誕生した」という。
オンラインに注力する会社を取材すると、「走りながら考えた」という例が多い。「先の見えない閉塞感の中で、できること」を考え、取り組んだ結果だ。
「実店舗だからできること」を再認識した
現時点では「コロナの収束」に期待するのも希望的観測となっている。となれば、実店舗の場合は「こんな時期に来店してくれたお客」への寄り添い方がポイントとなる。土屋鞄はどう考えているのか。
「六本木店を営業して、通りがかりでブランドを認知される機会も増えたと感じています。そこで、例えば『革の質感』や『背負い心地』などを試していただく。サイズや重さなどのスペックはオンラインでも表示できますが、『意外に軽い』『チャックの出し入れがスムーズにできる』などの使い勝手を感じていただけるのは、店舗ならではです。コロナ以前から、店舗がブランドのショールームのような位置づけになってきたのを感じます」(丸山氏)
土屋鞄のように六本木の一等地に店舗を出せるかはさておき、小売りを行う企業で、「実店舗」と「オンライン」の相乗効果を考える会社も多いだろう。そんななかで取材して感じるのが「オンラインが好調な会社は、実店舗の信頼性もあってこそ」だ。
わざわざ外出するご時世の「来店客」とどう向き合うか。ビジネス用語でいう「消費者コミュニケーション」を深めた企業こそが生き残れる、と感じている。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)