PCASTは、16年にオバマ大統領に宛て調査レポート(以下、オバマ・レポート)を提出し、その全文をホワイトハウスが今年1月6日に公表した。そのタイトルは、「REPORT TO THE PRESIDENT Ensuring Long-Term U.S. Leadership in Semiconductors」(図3)。
このオバマ・レポートは、「18兆円のIC基金でM&Aを行い、世界半導体のリーダーを目指す中国の野望が、米国にとって脅威となる」ことを指摘している。その上で、「半導体のイノベーションを阻害する中国のM&Aを阻止すること」「米国の半導体企業のビジネス環境を改善すること」「次の10年間の半導体技術を変革させるようなイノベーションを促すこと」を提言している。
実際にこのオバマ・レポートに従って、16年12月にオバマ大統領は実力行使に打って出た。中国のFujian Grand Chip Investment Fundが、ドイツ半導体メーカーAixtronの米国子会社を買収しようとしていた。しかし、買収の対象に軍事用技術が含まれている可能性があることから、米国の安全にかかわるとして、オバマ大統領が「大統領令」を発令して買収を却下した。
また、米クアルコムが16年10月、オランダのNXPを約4.9兆円で買収したのは、米政府の後押しがあったからだという観測がある。NXPのNFC(近距離無線技術)を入手し、IoT(モノのインターネット化)や自動運転車で米国企業の地位を向上させる目的であるという。
トランプ氏の米大統領
1月20日、オバマ氏に代わってトランプ氏が新大統領に就任した。そして、トランプ大統領の指先一本、つぶやき一言に世界中が揺さぶられている。産業界では、特に自動車業界が右往左往している。日本を代表する自動車メーカーのトヨタ自動車は、トランプ大統領に「メキシコに工場をつくるなんてとんでもない、関税をかけてやる」とツイッターで名指しで批判され、豊田章男社長は「今後5年間で米国に100億ドルを投資する」と対策にてんてこ舞いとなっている。
これが半導体やIT業界にいつ飛び火するのか、半導体やIT業界はヒヤヒヤしているだろう。米半導体業界誌「EE Times」の吉田順子記者は、「トランプ大統領は、政治と経済をごちゃまぜにしている。米国第一主義(アメリカ・ファースト)と言っているが、その実は“トランプ・ファースト”だ。歯向かうヤツ、気に入らないヤツは、とにかく攻撃する」と述べた。筆者もまったくその通りだと思う。
そこで問題は、トランプ大統領が「オバマ・レポート」をどう扱うかである。特に中国の紫光集団が東芝メモリを買収しようとした際、トランプ大統領がどんな反応をするかということに注目している。
トランプ大統領は「オバマ・レポート」をどう使うか?
これについて、米半導体業界では2つの意見があるという。そのひとつは、トランプ大統領は、対中政策を強めたい。というより、中国が気に入らないので、攻撃したくてウズウズしている。その際、「オバマ・レポート」は、中国を攻撃するための絶好の武器になる。したがって、より一層、強力に中国による世界半導体企業のM&Aをぶっ潰そうとするだろう、という意見がある(筆者もそう思っていた)。この意見の通りなら、紫光集団による東芝メモリの買収は、トランプ大統領が得意の「大統領令」を発令して、断固として阻止することになる。
しかし、もうひとつ別の意見がある。トランプ大統領はオバマ前大統領の政策を、ことごとく否定し続けている。TPPからの永久離脱を決め、医療保険制度改革(オバマケア)を撤廃する「大統領令」にも著名した。
つまり、トランプ政権の第一の方針は「否オバマ」だという見方ができる。すると、オバマ前大統領が調査を指示し提言されたレポートを、内容いかんにかかわらず、一方的に否定するという可能性がある。米国の半導体業界関係者には、こうした懸念を抱いている人たちが少なからずいるという。そして、吉田記者も「そうなるのではないか?」としている。トランプ大統領がこのような方針を取るとすれば、紫光集団による東芝メモリの買収は、見て見ぬふりをすることになる。
結局、トランプ大統領の行動は、予測できないのである。果たして、中国の紫光集団が本当に東芝メモリを買収にくるのか。そして、そうなったときトランプ大統領はどんな反応を示すのか。今後の動向から目が離せない。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)