9月29日、NTTは上場子会社のNTTドコモの完全子会社化を発表した。それに伴い、NTTは約4兆2500億円を投じてTOB(株式公開買い付け)を実施する。その狙いは、NTTグループ全体の新技術開発のための経営資源の効率化によって、かつてのNTTの国際競争力を取り戻すことだ。世界市場で取り残されつつあるNTTグループにとって、世界市場で生き残りを目指すほとんど最後のチャンスとの強い危機感がある。
わが国では、人口の減少もあり経済が縮小均衡に向かいつつある。一方、海外では米中が先端技術を激烈な競争を展開している。そこにコロナショックが発生し、人々の生活と経済活動のためにデジタル技術の重要性が急速に高まった。NTTは今、自力で必要とされる高付加価値のモノやサービスを創出しなければ、世界市場で生き残りが難しくなるだろう。それはNTTグループだけではなく、IT後進国と揶揄される日本の事情にも当てはまる。
今後、NTTグループが糾合することで、かつての競争力を取り戻すことができれば、国内産業界にとっても一つの柱ができる。経済にも大きなベネフィットがある。NTT経営陣が、ゼロからスタートする気概を持ち、旧来の慣習や発想にとらわれることなく積極果敢に改革を進めて組織を一つにまとめ、ひたむきに成長を追求し、実現することを期待したい。
コロナショックはほとんど最後のチャンス?
NTTがドコモとの経営統合を発表したのは、現在の事業環境が国際市場における生き残りを目指す数少ないチャンスとの認識がある。最も重要なことは、コロナショックによって、NTTグループ全体が事業環境の変化に遅れていることがはっきりしたことだ。そして、これ以上遅れると、世界の先進企業に追いつくことがほとんど難しくなる。その意味では、コロナショックは、NTTグループと日本にとって、ほとんど最後のチャンスといえるかもしれない。
これまで、NTTは日本の通信技術の総本山の役割を担ってきた。一つの例が「iモード」だ。1999年に始まったiモードは「モバイル・インターネット(好きな時に、好きな場所でインターネットにアクセスすること)」を可能にし、世界の通信業界に衝撃を与えた。
しかし、NTTはiモードに続くヒット商品を生み出せなかった。その一方、海外では米国でアップルがiPhoneを開発してITデバイスの革新が急速に進み、SNSプラットフォーマーの登場などによって経済活動に与えるデータの影響力が高まった。金融分野でも、スマートフォンを用いた決済などのサービスが拡大した。
ある意味、NTTグループはiモードの成功体験に胡坐をかき競争に遅れた。それは、コロナショックの発生でかなり明確になった。コロナ禍の中で日本の企業が導入したテレワークの多くが、Zoomやシスコシステムズのビデオ会議システムやグーグルやアマゾン、マイクロソフトのクラウドコンピューティングサービスなど海外の技術に依存している。その状況にNTT経営陣が「このままではいけない」とかなりの危機感を持ったことは想像に難くない。
また、コロナショックの発生を境に、世界経済の環境変化のスピードは加速化している。特に、DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速は鮮明だ。EC、クラウドコンピューティング、IoT、5G通信機器などDXを支える分野で米中大手企業の寡占化が進んでいる。
NTTがそうした変化に対応するためには、グループ企業が個別に意思決定を下し競争に対応するよりも、グループの総力を結集したほうが効率的だ。反対に、そうした取り組みが遅れると、NTTグループ全体の競争力低下はさらに深刻化するだろう。
各国企業が迎える“スピード命の時代”
今後、NTTにとって意思決定のスピードの重要性は格段に高まる。なぜなら、コロナショックがDXの加速化に加えて、各国の経済運営の価値観や理念をも変容させたからだ。各国経済において、短期的な株主などへの価値還元よりも、長い期間にわたって社会に貢献する企業が重視されている。つまり、企業の持続的な成長力の重要性が増している。その実現には、シンプルな意思決定体制の確立とスピードアップによってより多くの付加価値獲得を目指すことが重要だ。
それに加えて、米中の対立の激化が、技術の賞味期限を短期化させている。中国共産党政権は海外企業に技術の移転を強要しつつ、補助金政策を強化してファーウェイなどの成長を支援した。それによって、中国企業は土地取得にかかる費用などを圧縮し、高付加価値のIT関連製品を低価格で世界に供給する力をつけた。それが中国企業の研究開発体制の強化と特許件数の増加を支えている。
中国に対抗して、米連邦議会は次世代の半導体開発や製造技術面での競争力向上のために補助金政策を検討し始めた。コロナショックが発生するまでの米国であれば、補助金よりも企業の自主的な営みを重視しただろう。しかし、米国はIT先端分野における中国企業のソフトウェア開発や製造技術の向上を食い止め、覇権を守らなければならない。コロナショックによって米国世論が対中強硬論に傾いたことも重なり、米国は世界経済から中国の技術を排除し、孤立させようとしている。
その圧力をはねのけようと、中国政府は国家資本主義体制を強化している。中国は補助金政策などを強化して宇宙開発や海底ケーブル網の敷設を進め、高速通信網のシェア拡大を目指している。米国ではトランプ政権が中国アプリへの規制強化を目指すなど、米中間の技術の奪い合いが鮮明だ。
競争が激化する中でNTTが長期の視点で成長を目指すためには、設備投資などに必要な資金力や研究開発体制を中心に経営体力を強化することに加え、意思決定のスピードを高める必要がある。それが、成長期待の高い分野により迅速、かつ相応の規模感をもって経営資源を再配分し、先行者利得を手にすることを支える。
NTTに期待する情報インフラ企業としての成長
今後、NTTに期待したいのは、スマートライフなどを支えるITインフラ企業としての役割を発揮することだ。高齢化が進む日本においてNTTが人々の安心かつ快適な生活を支えることは、同社の持続的な成長の起爆剤になり得る。
日本では高齢化が深刻だ。地方に行くと、公共交通機関の運行削減などによって日々の買い物や医療へのアクセスが難しい地域もある。その改善に向けて、一般的にはスマートシティの整備が重視されている。しかし、多くの人にとって生まれ育ち、長年愛着を持って暮らした場所を離れることは容易ではない。不便さを感じながらも、自宅に居続けたいと思う人は多い。スマートシティ構想が人々の共感と賛同を得ることは難しいだろう。
求められるのは、IoTの機器などを用いてより安心かつ快適な生活を実現することだ。そう考えると、NTTには自動運転車両や介護ロボット、さらには高齢者が一人で安心して暮らすことのできるスマートホームの創造などを目指す発想があってよい。そうした発想の実現に向かってスピーディーかつオープンな姿勢で研究開発を進めることが、中長期的なNTTの競争力を支えるだろう。
それは、同社が世界に先駆けて高齢化社会のモデルを示し、海外の需要を取り込むことにつながるだろう。少子化や高齢化は日本だけの問題ではない。中国では、一人っ子政策の影響などによって少子化と高齢化が進行している。韓国では日本以上に少子化が深刻だ。NTTが日本の問題を解決することは、中国など世界各国が人々の安心した暮らしを目指すために重要な役割を発揮するだろう。
世界に冠たる情報インフラ企業としての地位確立に向けて、NTTの経営陣は組織全体が積極的に新しい発想の実現に取り組む環境を整備し、情報インフラ企業としてのビジネスモデルを確立しなければならない。ドコモとの経営統合を境に、同社の経営改革は加速化するだろう。その中で経営者に求められることは、組織全体の不安心理を解消し、一人ひとりが集中して、能動的に研究開発や新しいサービスの創出に取り組む環境を整備することだ。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)