ワタミの時間外労働上限は月120時間だった
――過労死防止法や大綱、「過労死等防止対策白書」(以下、白書)の効果については、いかがでしょうか。
玉木 過労死防止法は理念法なので、個別の労働時間を規制する法律ではありません。しかし、この法律が制定されたことにより、白書や大綱が策定され、国が「長時間労働には大きな問題がある」と提起したことは大きな前進です。今後はさらに踏み込むかたちで、「働き方改革」によって労働時間の上限を規制する個別法も制定されることでしょう。企業の経営者は、時代が変わっていくということを自覚しなければなりません。
時間外や休日労働に関する「36協定」があります。36協定によって、ワタミは過労自殺事件の前までは、繁忙期などの特別な場合の時間外労働の上限を1カ月120時間までと定めていました。しかし、事件後は時間外労働の特別条項の上限を75時間に改訂、過労死の労災認定基準である80時間以下にしています。過労死の労災認定基準が、36協定の上限時間を抑制する効果はあると思います。
その一方で、高収入で専門的な業務について労働時間規制から除外する「高度プロフェッショナル制度(残業代ゼロ制度)」の導入の動きもあります。同制度の制定は残業の上限規制から逆行しますが、長時間労働や過労死に対する批判が高まっている中で、「長時間労働を是認するような政策は悪いものだ」という認識が広まりつつあります。
長時間労働なのに生産性が低い日本企業
――日本企業の過労死を生み出している原因は、いったいなんでしょう。これだけ仕事をしているのに労働生産性は世界的に見て低いというのは、おかしいと言わざるを得ません。そして、どうすれば過労死事案はなくなるのでしょうか。
玉木 経営者は、長時間労働をなくすために各従業員の仕事を減らすしかないです。経営者は、最初から時間外労働ありきで経営をしているのではないでしょうか。私は、最初に過労死問題に取り組んだとき、「日本は長時間労働によって利益を上げている」と考えていました。
しかし、調査を進める中で「必ずしもそうではない」と思うようになりました。さまざまな事案の代理人として事実関係を調査して感じたのは、「日本では無駄な仕事が多いのではないか」ということです。
たとえば、平日は長時間労働で忙しいのに土日も出勤して会議の資料を作成し、月曜日の早朝会議に提出するという事案もありました。それを聞いて、「その会議が本当に重要なのか」と懐疑的になりました。目的が曖昧で効率の悪い会議が多く、一方で発生する無駄な業務を従業員に行わせている。それが、今の日本企業であり、日本の労働生産性が低い原因ではないでしょうか。
事務職、営業職、管理職の方々については、管理監督者やみなし労働時間、裁量労働制や管理職手当などが適用されるため、経営者が固定の賃金で労働力を使い放題というかたちになりやすいのです。仮に長時間労働の実態通りに残業手当を支払う義務があれば、そうはならないでしょう。
「残業をしないと国際競争に負ける」という意見についても、疑っています。たとえば、ドイツはユニオンが強く、労働時間を週35時間に限定されていますが、日本よりも労働生産性は高いです。経営者は、業務を厳選して労働生産性を上げていくという方針に転換すべきです。
日本全体のシステムにまで踏み込んで議論しなければ過労死問題は解決しない、というのが実情です。大手企業の過労死防止の意識は高まっているとは思いますが、問題はそれが中小企業にも浸透するかどうか。課題は山ほどあります。
(構成=長井雄一郎/株式会社フォークラス・ライター)